第3話 自己紹介②

「宮田絵里。去年は一組」


 絵里の自己紹介は非常にコンパクトだった。これは単純に人見知りだからだ。

 

 絵里は女の子の中では身長が高かった。綺麗な黒髪を背中まで伸ばしていて、普段はポニーテールにしている。絵里は人見知りが故に心を開いた人間以外に余計な事は話さないし、いつもつまらなそうな顔をしているので、常に人を寄せ付けないオーラを放っている。ただそれは、他人に対してであって誰の前でも口数が少ない訳ではない。


 それに、もう一つ人を寄せない原因としてあるのは、その男勝りな口調だ。小さな頃からハルや英雄と一緒に遊んできたし、喧嘩のような荒事にも進んで参加する。その乱暴な性格の一面は英雄に対して度々見る事が出来る。そんなことを学園で繰り返していれば、云わずとも周りが警戒して一線引くのは当然だった。


 そんな絵里の性格は、気を遣わずに適当な会話が出来るので、時間が経てば男とは意気投合するものの、歯に衣着せぬ言動とそもそもの口調が下品なので同性とはなかなか良好な関係を築く事が出来ない。


 去年だってハルが絵里のクラスに遊びに行って、同性の友達と話している姿を見たことがない。重要なのは皆と仲良くしたくないわけではないということ。だから今も何か言葉を探して不器用に前に立っている。


「……って、あたしにも何もないんかい!」

 

 どうやら誰かしらの弄りを待っていたらしい。沈黙にも耐えきれず絵里は叫ぶ。


「いや、だってお前弄るとキレるじゃん……」


 日ごろから絵里のストレス解消用のサンドバッグにされる英雄がため息交じりに返す。


「状況によりけりだ。今こそその時だろ?」


「はぁ? 知らねえよ。自己PRが苦手だからって俺たちのサポートを期待すんじゃねぇよ、かまってちゃんか?」


「なん……だと」

 

 絵里の怒りのボルテージが溜まったのが目に見て取れる。


「正直に言ったらどうだ? 恥ずかしがり屋さんで上手にお友達が作れません。みんな仲良くしてね、ってさ」


 英雄の両手で作ったハートマークと、規格外のマッシュルームの断面のようなアヒル口、極めつけに醜悪としか表現できない女声がクラスのみんなが笑いを誘った。周りを味方につけて、調子づくと英雄の開いた口が塞がらない。


「あたしの趣味はコスプ———っ!」


 絵里の投げたチョークは英雄の口の中に入る。正確に投げ込まれたチョークは口の奥に直撃したか、英雄は苦しそうに咽ている。


「それ以上話したら殺す! そしてお前の肉はそこの海の魚の餌にする」


 絵里は窓から遠くに見える海を指さして言った。


「ちょっと、ちょっと。二人とも落ち着きなさい」


 初めて見る二人の喧嘩に中條は慌てて仲裁に入る。


「大丈夫ですよ。一日に一回あれをやらないと気が済まないようなので」


 目の前であたふたとする中條先生に、俺はいつもの事だと説明した。


「でも、そんなこと言ったって……」


「うげぇ———! てめぇ、何てことしやがる」


 喉の奥までしっかり入ったチョークを指で引き抜いて、英雄は怒る。


「うるさい、キレやすいお前に善意でカルシウムを与えてやっただけだ」


「善意な訳あるか! 気が立ちやすいのはおめぇだろうが!」


 どうしようもなく、くだらない二人の口喧嘩が始まった。英雄も立ち上がり、二人は距離を詰めて手を出せは届く範囲まで迫っている。


「先生、チョークは食べても平気なんですか?」


 二人の喧嘩にも見慣れたクラスメイトが先生に向かって呑気な質問を飛ばした。


「ええっ!  えっと、確証があるわけではないですけれど、一般的にチョークの主成分は炭酸カルシウムなので少量であれば——とは聞いたことがあります」


 もう展開に着いていけていない中條は、慌てふためきながらもこの質問に律儀に答えた。


「だってさ、腹が減ったらそれ食べろ」


 そういって絵里は英雄の肩をポンと叩いた。


「ちっ、また一つ賢くなっちまったぜ」


 きっかけも分からずに終息する二人の喧嘩に、中條はぽかんとした顔で固まっている。


 頑張ってください。これから一年間、こんな喧嘩は日常茶飯事ですよ。とハルは内心で呟いた。


 それにしても英雄の奴も、こうなるとわかっていて助け舟を出すのだから。本当に優しい性格だ。


 それにしても驚いたのは、このクラスは二人の喧嘩が始まってもまるでプロレス観戦でもしているような感覚で見ていたことだ。普通は中條のように突然始まる喧嘩に固まって動けなくなるのが普通だ。流石は問題児の流刑地、F組ということか。


 ハルたちの通う月城学園普通科では、二年生から生徒個人の個性に合わせてA組からF組にクラスを分けられる。クラス分けは、一年を通した成績と年度末に受けるクラス分け試験の結果を基準に選抜される。


 だけど、それで決まったクラスが一年間確定ではなく、救済措置として学期末の試験で良い成績を出せれば上のクラスに移籍することも可能だ。逆にクラスのレベルに着いていけない生徒が下のクラスに送られることもある。こうして一年を通して生徒同士を競わせることで、日々の努力を怠れないようなシステムにしてあるわけだ。


 A組からF組まで生徒の成績に合わせたクラスは、そこで才能を伸ばせるようなカリキュラムも用意されている。


 つまりこのシステムを利用して、三人揃って同じクラスになったって話だ。方法は簡単でクラス分け試験を白紙で出しただけ。そもそも、元からトラブルばかりの英雄と絵里は、真面目にテストを受けたとしてもF組だろう。ちなみにクラス分け試験の行わないのはスポーツ科で、ここは先生たちが生徒ドラフトをして決めているらしい。

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