チルとポップとワンエイティ°

夏秋茄っ子

第1話 お騒がせ三人組

 地元を離れ、遠く離れた月城の街に移り住んで約一年。入学してから一年の月日が過ぎたのだと思うと不思議な気分だ。

 

 凍えるような憂鬱とした冬も終わり、日中は学生服一枚で心地のいい陽気も増えてきた。寒々しく揃って裸姿だった桜並木も、春の訪れを知らせるように一面の桜色を見せた。正確には満開は卒業式の頃だったが。町中に咲いている桜も、空の高いところを旋回しているトビも、今では興味も薄れてきた。この町で暮らして体感的には一瞬だった一方で、この街にずっと住んでいたような居心地の良さもあった。

 

 今日は新学期初日。とても目が重たく、休みボケの抜けない身体に鞭を打って、家を出る。昨晩降った雨の、湿った桜の花を踏む感触に泉千春はいささか不愉快だと思っていた。



 千春は友人と談笑しながら歩くいくつかの集団に囲まれながら登校した。

 

 昇降口の前には生徒が集まっていた。掲示板にクラス分けの紙が掲示されているからだ。わざわざ人ごみをかき分けてまで確認したくない。だからは少し離れた花壇の縁に腰を降ろして生徒が少なくなるのを待つことにした。


「よう、ハル。作戦通り同じクラスだぜ」


「おはよう。そうでなければ困るけどね」


 朝から白い歯を見せて、英雄は昼間の太陽みたいに笑いながら現れた。


「それでもよ。やっぱ確認するまでは怖えじゃん」


「あたしらは頭悪いからFクラスで当確だったかもしれないけどさ。ハルはなんだかんだで勉強ができるから、うっかり上のクラスになるかもしれないって英雄が朝から心配していたんだ」


「絵里もおはよう。うちは一応進学校だからね、仮に適当な回答がまぐれで正解してたって上のクラスに行けないさ」


 英雄と絵里。小学校の頃からつるんでいる幼馴染、悪友とも言い換えられる。高校二年生になった今も昔のまま、千春の近くにはずっと彼らがいた。馬鹿だし、いろんなトラブルに巻き込まれてきたけれど、そばに二人がいないことなんて考えられなかった。

 


 英雄たちが先にクラスを確認してくれたので、人が空くまで待つ必要がなくなった。新しい教室に移動して、千春は自分の机にリュックを置いた。この席から新しい生活が始まるのか。時計を見ると始業式まで時間がなかった。三人は急いで体育館へと向かった。体育館には入学式で使ったパイプ椅子がそのまま残されていて、クラスの場所ならどこに座ってもいいようで一番後ろの列に並んで座る。


「知ってるやついるか?」


 英雄は首を動かしながら同じクラスの生徒を見渡す。


 「あんまし話したことはないけど知ってる顔はいくらかいるな」


「あたしも同じだな」



 始業式が始まると一斉に静かになる。司会の先生が式次第に沿って進めていくと、会話も次第になくなっていく。偉いさんのテンプレート的な話は睡眠魔法なのではと思いたくなるほど瞼が重たくなってくる。既に魔法にかかってしまった二人は脇ですやすやと眠っていた。始業式は入学式や卒業式ほど重要な式ではないし、学園長の挨拶以外は比較的事務的な連絡が多く、教師もわざわざ起こしにきたりしない。しばらくして千春自身も目を閉じてしばしのスリープモードに入った。

 

 それから一時間ほど経過して、始業式が終わる。がたがたと椅子のずれる音が聞こえて千春は目を覚ました。


 


 ちらほらと聞こえてくるため息や欠伸に共感を覚えながら席を立つ。次のホームルームの為に教室に戻らなければならない。凝り固まった首と腰を回しながら体育館を後にした。


 この学園の体育館は校舎とは直接繋がっていないので、教室に戻るためには一度表に出る必要がある。外に出ると冷たい空気が服の下に潜り込み、千春はうんざりとした気持ちで背中を丸めた。寒そうにして小走りに校舎に帰っていく女子生徒を見てこんな時、自分は女の子でなくて良かったと思う。いくら寒くてもスカートを履かなければならないなんて可哀そうだ。一方で隣の絵里はスカートの下にジャージを履いて対策をしているが、厳密には校則違反で多くの女子はタイツで我慢している。


 まだ春先で日中の気温もだってあまり高くない。ましてや山の上に建てられている月城学園は周囲をぐるりと木々の囲まれていて体感的に街中よりも一、二度低いような気がする。暖房の効いていない体育館で仮眠を取ったせいで、冷え性の千春の手足は完全に冷えてしまった。教室に戻る途中に自動販売機でホットのコーヒーを購入して両手で包み込んだ。


「あれ? 俺らの教室はどこだっけ」


「いや、知らないよ。お前が覚えているから先頭を歩いてんじゃないのか?」


 先を歩いていた英雄と絵里が立ち止まる。教室を忘れたらしく辺りをきょろきょろとしている。


 一学年で三百人を超えるウチの学園には、当然それだけの生徒を収容するだけの教室がある。普段自分の教室から動く範囲は決まっているし、学年が上がり新しい教室の場所がわからなくなっても別におかしな話ではない。


「こっちだよ」


 F組に帰るための階段を通り過ぎていく二人を千春は呼び止める。


「階段なんて使ったっけか?」


「いやいや……それくらいは覚えておこうよ」


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