第20話 回想終わって

「……ひどい話だな」


 たわしみたいな坊主頭をじょりじょりと手で擦りながら、英雄は呆れ顔で言った。


 この国に生まれて、本当の飢えを体験する人間なんてそうはいないだろう。絵里だから何となく話を飲み込めてしまったが、実際女の子が体験した話としては、なかなかハードな内容だった。


「仕方ないだろ! ヤバい時にお前らがいない。本当に死ぬかと思ったんだ」


 絵里は当時を思い出してか、ブルブルと震えている。


「お前の貧相な身体でも、使えば金になったんじゃねーの(笑)」


「(笑)じゃねぇー! こっちは必死だったんだぞ。猫は暖かいけどなんか体痒くなるし」


 下品なことを言いながら、他人事のように笑っている英雄に絵里は「シャー」と威嚇し、猫のように髪の毛を逆立てる。どうやら、お友達の猫の仕草がうつってしまったようである。


「まじかよ⋯⋯。それ、ノミじゃねぇの? って、やめろ身体を擦り付けるな」


 うつしてやろうかと、身体を密着する絵里を英雄は手で押し返す。


 それは女の子としてどうなんだ。とハルは呆れてため息をついた。


「そんで、仲良くなった猫とは今どうしてんの?」


 喧嘩になる予感がした。静かな昼食が失われてはかなわないと、ハルは話を逸らす。


「山に帰って行った。でも、あいつらとはたまに会ってるぞ。苦楽を共にした仲だ。これからも友達だ」


 猫の方はきっと苦しい思いはしてなかっただろうけどね。寧ろ暖かい部屋で寝れて心地よかったまであるだろう。ともかく、絵里の中ではつらい経験を共に乗り越えた仲間という認識らしかった。


「よく部活棟の裏に集まってるからいつでも会えるぞ。今度一緒に行くか? あいつらはもふもふしてるし、肉球も最高の触り心地だ」


「それは良いね。今度連れて行ってよ」


「わかった。なんなら今日の放課後にでも寄っていくか、猫缶持ってきてるんだ」


 絵里は制服のポケットから猫缶を取り出すと、見せびらかすように机の上に置いた。



「それにしてもさ、友達の家に泊めてもらうとかできなかったの?」


「無理だ。お前らもそうだが、学外でも遊べる友人がいるか? いないだろ!」


 また怒った……。ハルと英雄まで友達がいないみたいな言い回しが癪に障った。


「いーや。いざというときに頼れる友達くらい、心当たりがあるぜ」


 英雄は絵里のその決めつけた発言に異議を唱える。英雄はあれで意外と人気者だ。絵里と騒いでばかりいて、迷惑がられてるイメージが強いが、持ち前の明るさと、好き好みしない性格で男女たくさんのの友人がいるし、裏では英雄のファンクラブの存在すら囁かれている。


「なに⁉ ハル、お前はいないよな」


 絵里が勢いよくハルに顔を寄る。絵里の言葉にはニンニクの香りがブレンドされて、つい顔をしかめたくなるが、ハルは堪えて答える。


「英雄ほどは多くいないけど、俺にだって心当たりはあるよ」


 人付き合いが得意じゃないが、普通に友達はいる。ハルにも絵里の決めつけに真っ向から反論できるくらいには、学校で上手に立ち回れている自信があった。


「裏切り者め! 固い絆にヒビが入ったぞ」


 絵里は感情的に箸をバキバキと折る。言いがかりも甚だしいが、自分を除け者にして友人関係を広げている。そんな、被害者感の強い言い回しで、絵里は英雄のせいで友達が作れなかったんだと、涙ながらに訴える。


「いちいち騒ぐんじゃねぇ。自分に友達いないからって、俺たちに突っかかってくんなよ」


「そうだよ。絵里にだってクラスでよく話す友達いるじゃん。拓海とか雅也とか⋯⋯いってぇ!」


「全員男なんじゃ! 男の家でなんか安心して眠れるか! それに……も、もし、あたしがそいつらに寝取られたとしても、お前らはそれでいいのか⁉」


 仲の良い男友達の名を指折りながら数えると、絵里にその指をへし折られる。あらぬ方向に曲がった指にハルは涙目になりながら馬鹿みたいな言葉をなぞった。


「寝取られって……」


 馬鹿みたいな発想だ。しかし、笑わせにきていないから気まずい空気になる。


「……違う、言葉のチョイスを間違えただけだ」


 慌てて訂正する絵里の顔は茹でたタコのようにみるみる赤く染まっていく。咄嗟とは言え本人にも失言である自覚があった。


「身体を張ってまで言う価値のある下ネタだとは思えないな」


「あぁ、流石の俺もドン引くぜ。寝取られって、誰にだよ。さっきまでお前に友達がいないって話だったんだぞ」


「違う……そうだ! これは、この前お前の家に行ったときに読ませてもらった本のセリフが咄嗟に出ただけだ。どうだ、嬉しかろう? 好きなエロ本のセリフを女の子に言ってもらうのは」


「絵里⋯⋯。お前それは流石に無理があるだろ」


 英雄らしからぬ真っ当なツッコミに、絵里はぐぬぬと悔しそうに顔をしかめるのであった。

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