第21話 盗ったのはなんてエロ本?

「そういやよ。俺の部屋からエロ本がなくなることがあるんだが、もしかして」


「ああ、あたしが没収した」


 不健全だからなと、偉そうな態度で腕を組んだ。


「なんてひどいことするんだ! お気に入りだったんだ。死んだら一緒に燃やしてもらいたいって遺書に書こうかなって思ってるくらいなんだぞ」


「死ぬ前には捨てておけよ……。家族が悲しむぞ」


 英雄が死んだらきっと家族は泣いて悲しむだろう。それから遺品を整理して、たくさんのエロ本が出てくる。こんな二重に悲しい話があっていいわけがない。


「大切な本だったのか。それはすまん。読み終わったらちゃんと返すよ」


「今、読んでるのかよ!」


 危険とか触るなとか、または不健全とか、駄目と言われると逆に気になるよな。とハルは絵里の気持ちに同感したが、改めて考えるとただのエロに興味のあるだけじゃないかと内心でツッコミを入れた。


「まぁ、エロ本も一概に馬鹿にできないしな。一緒に涙した作品も少なくない」


 最後にいつ泣いたのか思い出せない絵里が、エロ本に感情移入して涙する姿なんて想像したくなかった。絵里は思い出したように顔を赤くして、腕を股に降ろすともじもじする。この変態(絵里)の姿を見て、これからは電子版にしようとハルは思うのであった。


「なんだよ、絵里。わかってんじゃねぇか」


 絵里が理解者であったことが嬉しかったのだろう。歓迎するように満面の笑みで絵里の肩を叩いた。


「汚い手であたしに触るなボケ! あたしは、中にはいい話もあったって言っただけだ!」


「なんだよ、仲間なんだから仲良くしようぜ?」


「うっさい! あたしの身体に触るときは消毒してからにしろ。妊娠したらどうすんだ!」


 二人がわーわーと言い合う姿を眺めながら、ハルの頭に一つの疑問が浮かんだ。


 絵里が風邪で寝込んだ日。ハルは英雄と二人で女の子がいると話しにくい事を語った夜があった。それはエロのコンテンツについてだ。


 英雄は言っていた。漫画やアニメ、ゲームに求めるのは、リアルに持ち込めない特殊なジャンルだと。ただの恋愛やシチュエーションそれは実写で十分。現実に持ち込めないもの、もしくは持ち込んでも違和感しかないもの。それは漫画やアニメーションでしか表現できないと。


 つまりだ。ジャンルを棲み分けている英雄の持っている漫画はあまりまともとは言えないということだ。


 いつか聞いたことがある。女の子は女の子でその目線で観たり読んだりするとか……。


 まさか――


「絵里……。いくら好きでも程々にね。英雄のさ、ほら、バッドエンドがお決まりだし」


 喧嘩中に水を差されて不満げな絵里だったがハルの言葉を理解すると、はっと目を丸くした。


「ちっ、違う。あたしを可哀そうな子を見るような目で見るな。確かに、逆らえない力で蹂躙される女の姿に興奮したけど、あたしはリアルで起こり得ないからこそ面白いと思っただけだ」


「なんだよ。結局、仲間なんじゃねぇか」 


 真面目な顔して英雄がそういうので、ハルは笑いそうになるのを必死に堪えた。


「破滅願望なんかない!」


 絵里は今さら恥ずかしくなってきたのか唇を尖らせてしおらしく身体を縮める。


「なんだよ。さっさと認めちまえよ」


 しつこく絡まれている絵里は小刻みに震えていた。苛立っているのだろう。


 英雄の身に起こることを予想するのはハルにとって難しい事ではなかった。それが起こることで自分も迷惑することも。恥ずかしがる絵里にちょっかいを出して喜ぶ英雄をそろそろ止めてやろうとしたが、その時には遅かった。


「なぁ、不健全だから没収したんじゃないだろ? 本当はお前が夜に――」


 「死ね」の言葉を乗せた絵里の拳は英雄の顎を掠めた。殺し屋のような手際で音もなく、それは一瞬の出来事だった。意識の糸を断ち切られた英雄は力が抜けたように崩れ、食器を巻き散らかしながら机の上に沈んだ。今回は勝利宣言の一つなく、絵里は逃げるように食堂から出ていった。



 やっぱりこうなったか……。ハルは目を瞑り、大きく深呼吸して乱れた心を落ち着かせる。何度か繰り返すうちに心も落ち着いてくる。俺が今やらなければならないことは一つだけ。


 あらためて目に映るのは酷い有様だった。まだ寝ている英雄と散らばった食器、周囲の冷ややかな視線。これらの処理をしなければならないと思うと心底うんざりする。


 ハルは寝ている英雄を起こすと、お昼休みの残り時間をすべて使って清掃した。



 お昼の件は尾ひれを付けながら瞬く間に広まり、最終的には二人して絵里にセクハラをした挙句、食堂で暴れたということになっていた。

 

 午後の授業中。学内放送で生徒指導室に呼び出された。嫌々向かうと、よく世話になる生徒指導の田辺がまた来たかと迎えてくれた。昼休みに関係のないあれやこれやも説教され、罰として放課後にもう一度食堂を清掃することを命じられた。

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