第16話 絵里の春休み④
おっちゃんから頂いたメロンパンを頬張りながら、宛もなくプッシュした。
空腹時にメロンパン甘味たるや、強烈だった。口に入れると頭の上からつま先まで、電流が通ったような感覚になった。糖が速やかにエネルギーとなり、補充・充電されるみたいだ。糖でイキかけたのは、あたしだけの秘密。
いつか、ハルは人の本性は善だと言った。
その時あたしは、英雄を指さして「こんなんがいるんだから、その説は間違ってる」なんていったけれど、考えを改めるいい機会になった。
最後の一欠片を口の中に放り込むと、遠くに学園の時計台が見えてきた。
今のところ人に会うたびに食料を恵んで貰えている。学園に向かえばもしかしたら——なんて期待して目的地を定めた。
春休みでも、部活動は普通に行われているので、学園に入るのは容易だった。 生徒とすれ違う度に視線を感じた。何か変だろうか……。そっか、あたしが私服だからか。
私服姿でスケボーを片手に学内を徘徊する。何も言われない訳がないか。教員との接触は避けるべきだな。
あたしは人通りの少ない廊下を選び、くノ一よろしく自分の教室に向かった。
何度か危ない場面はあったものの、無事に辿り着くことができた。しかし、自分の教室の机は教室の後ろ側に寄せられていて、どれが自分の机かわからない状態になっていた。
それもそうだ、休みが明ければこの教室はあたしの教室でないのだから。手前の机の中をいくつか確認したが、埃の一つもなかった。次に使うクラスの為だろう。
期待していただけに落胆する。踵を返して、入った時とは別の扉から出ようしたが、何かに引っ掛かって十分に開くことが出来ない。僅かな隙間に身体を滑り込ませてる。頭が出ると、引っ掛かっていた物の正体が廊下に放り出された個人ロッカーであると知る。数は三つ。あたしは三という数字が引っ掛かりを覚えた。
あたしは三という数字に敏感だ。とある芸人のように阿保になるわけではない。幼い頃から三人で一セットにされることが多かった。自分の教室に三つのロッカー。確認しない訳にはいかない。
……まぁ、これはどう考えてもあたし達のだな。終業式の日にロッカーの片づけをした覚えもないし。ダメもとで自分のロッカーを開ける。パスワードは自分の誕生日。
簡単なパスワードは安全性が低くなるから避けたほうが良いって聞くけれど、セキュリティについて考えるようになったのはつい最近のことで、幾ら危険だろうが今さらパスワードを変更しようとは思わなかった。
中を開けると教科書とよれて皺だらけのレジュメが一杯で、扉を開いた瞬間に雪崩れてきた。
結局のところ、ロッカーの中に食べ物は入っていなかった。代わりに、失くしたと思っていたルービックキューブと指スケを発見する。このまま収穫が無いのは寂しい。あたしは二人のロッカーも確認することにした。
「まずはハルだな——」
二人のパスワードは知らないが、長い付き合いだ。性格も考え方もよく知っている。だから手探りでも開けられる自信があたしにはあった。
ハルの場合、あいつは面倒くさい性格をしている。捻くれた変なパスワードにしてるに違いない。たとえ、盗まれて困るような物が入っていなくたって、きっとパスワードはこだわる。ハルはそんな男だ。
なんの意味があってか、ハルのロッカーは改造されていて、既にみんなと同じ四桁ですらなかった。
裏の裏を読もうとする男。六桁の暗証番号。これは一周まわって同じ数字なのではと直感した。「こういうのは、あえて危険で誰も選ばない数字の方が案外安全だったりするんだよ」なんてすまし顔で言ってる姿が目に浮かぶ。
考えが浅くて最も危険な六桁。あたしはダイヤルをすべてゼロに合わせてみた。
「フッフッフッ。そんな手はあたしには通じないのだよ。ハルくん」
自分で言って、なんのセリフだか思い出せなかった。ワトソン君って誰だ。電気の人かな。コナン君の登場人物だっけ?
扉は抵抗なく開いた。埃の一つなく綺麗に整理されていた。科目別に大きな教科書から小さい教科書へ、左から順に右に向かって几帳面に並べてある。
「やった」
二本のミネラルウォーターと三つのバランス栄養食が入っていた。
ふふふ、まさか春休みの間に自分のロッカーが開けられるとは思ってもいないだろうな。某王道RPGにありがちな、他人の家の宝箱を開く感覚で、アイテムを頂戴した。
次は英雄か——。
英雄は単純で馬鹿だ。今のダイヤルのまま開いても開くんじゃないのか? しかし、さすがの英雄も最低限の防犯意識はあるようだ。成長したなと感心する。
さて、今の四桁の数字は『4546』。
「はぁぁー」
前言撤回。あいつの脳ミソは中学生から進歩していない……。ため息も付きたくなる。
最後の一桁を5に変更すれば、呆気なく扉は開かれた。きっとこの後に三桁を続いたとしたら『072』にするのだろう。
パスワードを解除できてしまった自分が恥ずかしい。でも、こんな下品な男の食料を奪わなければ、生きていけないあたしはもっと下品だ。
惨めな気持ちで戦利品の特盛のカップ焼きそばとスナック菓子をバッグパックに入れた。
賞味期限の切れたおにぎりと牛乳はそのままにしておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます