第8話 三人が打ち込めるもの③

「あたし達がそのうち出場して負かしてやろうぜ」


「いや、あいつは俺たちに任せろ。絵里は女の方でレ〇ィシアを倒してやれ」


「あたしのライバルは男が多いんだ。だからそっちで出たいな。パンツに綿でも入れれば、エントリー出来るっしょ」


 にしし、と笑う絵里にあきれ顔で英雄は息を吐いた。そして続けて、


「まぁ、お前みたいに胸がなくて愛想のない女はノーメイクノーチェンジで紛れ込めるだろうよ」


「なんだと! こんなにスタイル良くて美人な男がいるわけないだろ」


 絵里は自分の胸を揉みながら英雄に食いかかる。


「ふんっ、どうせその胸にも綿でも入れてんだろ」


 そう言って、英雄は指先で絵里の胸を突いた。


「っ……。そんなわけあるかボケェ」

 

 胸を突かれた絵里は瞳孔を開いて固まった。そして顔を真っ赤にすると、加減無しで英雄の顎を蹴り上げた。英雄の身体は宙に舞い、背中から落ちる。


 「……この力で女な訳がねぇ。踏まれる板も可哀そうだぜ」


 そして英雄は意識を失った——。



「はっ。今、死んだじいちゃんが川の向こうに見えた」


「大丈夫かよ⋯⋯。英雄じゃなかったら救急車を呼ぶレベルだったよ」


「俺が本当にヤバいとき、誰にも救急車を呼んでもらえずに死ぬんだろうな……」


 いつつ、と蹴り上げられた顎を摩りながら英雄は起き上がる。


「絵里のやろう……、本当に相手を考えないといつか人殺しになるぞ」


「まぁ、絵里が暴力を振るう相手は、英雄か喧嘩相手くらいなものだけどね」


 絵里の怒りは収まらず、猫のように髪を逆立てていた。絵里は普段人に危害は加えないが(英雄を除く)、自分に危険が迫った時や喧嘩の時は本当に容赦がなくて、加減を知らない。


 その凶暴性は地元では有名で、高校生ですら当時中学生のだった絵里を警戒していたくらいだ。


「女の胸を触るとかデリカシー無さすぎだし」


「いいじゃねぇか。減るもんじゃあるまいし」


「そんな訳あるか!」



「そういや、青葉ちゃんが入学したんだっけ?」


 二人の漫才のような喧嘩も終わり、雑談をしているとハルはふとその事を思い出した。


 英雄には姉と妹がいて、青葉は一つ下の妹だ。姉の楓さんと比べると思い出は少ないが、小さい頃は一緒によく遊んでいた。


「ああ、バスケの推薦。スポーツ科だ」


「マジ? 去年の女バスは全国で二位だったんじゃなかったっけ」


「兄として誇らしいぜ。でも、あんま自分のこと話してくんないんだよな。こっち来てからも、絵里と飯行ったことしか教えてくれないし」


「あたしがバスケやってた頃の後輩だからね。あっちから連絡がきたんだよ」


「へぇ、二人が飯行く関係だったなんて知らなかったよ。歓迎会でも開いてあげた方がいいのかな」


 こっちに来たばかりで不安も多いだろうし——、そう思いハルは提案した。


「いいなそれ。じゃあハルの家で焼き肉しよう」


「俺んちはぼろいからなぁ。お前らは良いけど、青葉ちゃんに見られるのはなんか恥ずかしいかも」


「でも、英雄のうちじゃ汚すぎるぞ」


「失礼な。今は結構きれいなんだぜ」


「だったら英雄ん家にするか」


「待ってくれ。それはまずい」


「シャレにならないアダルトグッズでも買ったんか? お前らもしかして、あたしの女子寮でやりたいのか?」


「実際、普通に入ってみたいな」


 英雄は女子寮というワードに食いついた。


「うわっ、マジきも……。あっ、青葉? 次の金曜の夜にハルの家で焼き肉しよ———」


 英雄に暴言を吐きつけて、絵里はスマホを耳に当てると、電話を始めた。相手は、青葉だろう。


 会話の内容は聞こえなが、絵里が青葉の予定も聞かないでマシンガンのように自分のペースで話しているのはわかった。


「あっ、そっか。何か食べたい肉があったら言って、英雄に出前させるからさ。コブクロとハート? わかった、用意させておく」


 チョイスが渋いな。


「うん、うん。わかったよ、そんじゃねー」


 スマホを脇のカバンに放り込むと絵里はやりきったような顔をしていた。二人は何か言うのかと絵里を見ていると首を傾げる。


「なに?」


「いや、どうだったんだろうって」


「ああ、それね。推薦組は既に練習に参加しているし、金曜日は練習終わりにミーティングがあるから遅くなるってさ」


「オーケー。部屋を片付けてとくわ」



 三人はまた滑り始めた。それからは会話もなく、疲れ果てるまで黙々と個人練習に励んだ。

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