第7話 三人が打ち込めるもの②
ハルと絵里がグーで、英雄がパーを出した。英雄が先行だ。
因みにスケゲーとは、ゲーム・オブ・スケートの略称だ。スケゲーは世界中で大会が開かれる程、スケーターであれば誰でも知っているゲームだ。ルールは簡単。先行が出したトリックの後、後攻も同じトリックを真似るだけ。
先行の出したトリックを後攻がミスするとS・K・A・T・Eの一文字カウントされ、五回のミス、つまりスケートの文字が完成すると負けとなる。また、先行が失敗した場合は攻守が切り替わる。これを繰り返して勝敗を決めるゲームだ。
一応他にも細かいルールは存在しているが、このルールと成功した同じトリックの禁止さえ覚えておけば、初めて会ったスケーターとも勝負出来る。
ちなみにこのゲームの良いところは、出来ないトリックを近くで見れたり、強制的に挑戦する羽目になるのでそこでヒントを得られたりする。それと、自分の出来るトリックの精度を確認出できたり、負けん気でメイクしたことのないトリックが意外と出来たりする。純粋に楽しいし、学べることも多いのがこのゲームの特徴だ。
「じゃあいくぞ」
英雄が板を走らせる。二人はトリックを見逃さないように英雄の動きに集中した。
テールを弾いた。メインスタンス系のトリック、さて何から始めるのか。英雄はそのまま前足でノーズを摺り上げていき、上がっていく板の邪魔をしないように後ろ足も上げる。
板が頂点に達したところで、英雄は前足を地面と平行に押し出していくことで板の後ろが上がる。英雄はそのままの姿勢を維持して後は自然落下、綺麗に四輪で着地して見せた。——ただのオーリーである。
「うわぁ、だせぇ」
ハルは正直に正直に気持ちを言葉にする。
「でけぇ図体の割に心臓小さすぎ」
絵里も続いた。
「うるせぇ、久しぶりの先行だったから大切にしたいんだよ。それに刺しだからいいじゃねーか」
向こう側で大声を出して抗議する英雄。基礎中の基礎のトリックで始めるのは別に可笑しなことではない。ハルと絵里も同じトリックを続け、勿論こんな初歩的なトリックで失敗を犯すなんて失態は晒さなかった。
勝負はハルの勝ちで終わった。
普段の勝率は三人揃って同じくらい、もしくは英雄が一歩劣っている程度だ。実力の近いもの同時での勝負は、如何に自分のターンを継続できるかが鍵となる。因みに英雄の勝率が低いのは、あいつの得意としているトリックはスケゲーにおいて使いづらいオールド系やグラブ系を得意としているからである。
スケゲーの後は好き勝手それぞれが個人で練習を始める。ハルに負けたことが悔しかったらしく、英雄と絵里は二人でフラットの練習をしていた。
スケボーを複数人で練習するときはスケゲーのように、一人ずつ順番に行うのが一般的。スケゲーと同様に人のトリックを見るのは上達において大切だし、なんだかんだ体力を使うので順番にやった方が長く楽しむことが出来る。
だけどスケーターという人種は集団行動が出来ないし、意地っ張りで負けず嫌いだ。皆でやっていても纏まりのある日は少なく、上手くいかない事に腹を立てて癇癪を起したり、話しかけても返事が無いと思えばイヤホンで音楽を聴いていたりとかなり自由な人間が多い。俺たちに当てはめるのなら、英雄と絵里が不機嫌になるタイプで俺が自分の世界に入るタイプだ。
早くも絵里の機嫌が悪くなっているからだ。
「ちっ、ブッシュが歪んでんじゃん」
デッキを立てトラックを乱暴に踏みつけると絵里は悪態を付く。スケーターなら知らぬ物はいない、かの有名なナ〇ジャがコンテスト中によく見せる姿ではあるが、不機嫌そうにトラックを踏みつける絵里の姿はただの癇癪を起した子供である。
「冬だとゴム固まって、元の形に戻りにくいって聞いたことがあるぜ」
近くにいた英雄がフォローを入れる。
「トレとかバリアル系の後は歪んで、オーリーがズレると本気で腹が立つから嫌だ」
「そうやって雑に踏みつけるとテールが潰れてまた買い替える羽目になるよ」
「おっと、そうだった」
以前も怒りに任せにデッキを投げつけて割った事を思い出したか、頬を自分の指で押し上げると不細工な笑顔を作る。
絵里はフィーリング派というか天才肌だ。新しい技を挑戦するとき、普通の人はハウツーを見て、自分なりのスタンスを見つける為に色々と思考を重ねて土台を作っていくものだが、絵里の場合は頭で思った動きを感覚的にそのまま形に出来る。だから逆に感覚に頼っている分、その感覚が狂うとすべてが崩れてしまう。
絵里は普通の人が通る苦労の道を歩かない分、調子がよくないと何故いつもメイクできるトリックが出来ないのかわからないのである。思えば始めたての頃も、オーリーのコツを掴んだのは絵里が一番早かったし、その後もこんな調子でスキルアップしてきているので、冷静さを欠くと全てが不調になるのだ。
「それにしても、ハルの汚いフェイキーサブロク見て思い出したけど、ホ〇ゴメ君マジで凄くね?」
「俺のどこに連想する部分があったのか気になるけど、確かにホ〇ゴメ君はえぐいね」
ここ最近、世界的な大会で好成績を残す日本人選手が多くなってきた。絵里の話は先日の大会のことで小さいながらネットニュースにもなっていた。
「日本人はまだ世界に敵わないと思っていたけどそんな事ないな。マジで尊敬するし、負けてられない気持ちになったぜ」
英雄はナインクラブを取るのが自分の夢の一つだと言っているくらい大会に熱心だった。だから憧れる一方で、歳もそんなに離れていない日本の新たなスターにライバル意識を燃やしているのだ。
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