第6話 三人が打ち込めるもの①

 身体が震えて目が覚めた。この季節はまだ昼と夜の寒暖差が激しい。眠る前、入り込む日差しが暖かかったので窓を閉め忘れた。毛布を一枚掛けていたが、手足は完全に冷え切っていた。部屋の明かりをつけてスマホを手に取る。午後六時、丁度良い時間だ。カーテンの隙間から外を眺めると、辺りは既に薄暗く、沈んだ太陽が置いていった赤色が海の先で混ざり合っていた。


 むくりと起き上がると、シャワーを浴びて眠気を飛ばす。ハルは貧乏性なので、これから汗をかくのにシャワーを浴びるのは勿体ない気がした。


 濡れた髪の毛を乾かしていると、絵里からのメッセージが届く。


「英雄がうざい。早く来い」


 返信はしなかった。スマホを手元の机の上に置いたまま、髪を乾かし続ける。ただ、鳴り止まない通知がただ事でないと予感させた。


「早く来てくれ、絵里の機嫌が悪い」


 今度は英雄からのメッセージだった。どうせまた、しょうもない事で喧嘩したのだろう。


 皺だらけのコーチジャケットを羽織る。そして前髪を掻き上げてからキャップを被った。財布をポケットに入れてイヤホンを耳に突き刺す。お気に入りの曲を流してから家を出た。


 三人には共通の趣味がある。それはスケートボードだ。



 太陽は姿を消して、バトンタッチしたように街頭が灯っている。ハルはスケボーに乗りながら集合場所を目指した。向かっているのは月城半島の先にある小さな島だ。岬島と呼ばれるその島は、名の通りかつて陸続きだったことを表している。何百年も昔の話だが、波に侵食されて、陸地と切り離され現在の島の形になった。


 今では干潮のタイミングか架けられた橋を使わなければ渡ることが出来ない。岬島は一部港として使われているが、その大半は自然公園として利用されている。橋を渡り、両脇を森に挟まれた粗いアスファルトの道を進んでいくと広場に繋がる。


 真ん中の噴水を中心に円形に広がった広場は、地面がタイルで舗装されている。複数のベンチや自動販売機もあり、日中は子供連れや、読書をする老人、犬の散歩と様々な人たちで賑わっている。しかしながら夜は薄暗いし、中心街から離れていることもあって、この時間帯になると誰もいなくなる。この場所はスケボーの練習場所として最適だった。路面が綺麗で滑りやすいし、噴水を囲む煉瓦はボックス系の練習も出来る。


 

 ハルが到着すると、英雄は既に練習を始めていて、絵里はベンチでぐったりとしていた。二人とダップをすると、ハルは絵里の隣に腰を下ろす。


「今日はよく待たせてくれるな」


 疲れきった表情の絵里が顔を上げる。


「沈んでいく太陽の十倍の速さで向かってきたつもりなんだけどね」


「何だっけそれ? どっかで聞いたことのある気がする。……まあいいや、あたしは待ちくたびれて喉が渇きました」


「春休みに帰省したから奢れる余裕なんてないよ」


 ハルは適当に返事をして、靴ひもをきつく結び直す。


「いいじゃーん。春休み中に一人で寂しかったんだぞ。お土産のひとつあってもいいじゃんよ」


 絵里は猫なで声で甘えたようにハルの肩を揺すった。


「それはお土産とは言わないだろ。それに、帰れなかったのはお前の生活態度が悪かったからだろ」


 後先考えずに生活費を使った絵里は、春休みに帰れなかったのだ。ハルと英雄はそんな彼女を置いて故郷に帰り、それをなぜか置いていったみたいな話にされていた。


 絵里の手を振り払うと、ハルは一人で自販機に向かう。冷たく見えるかもしれない、でもこうでもしないと諦めない。そのしつこさときたら原宿の外国人と肩を並ぶとハルは評価していた。


 ハルが自分の飲み物を選んでいると、自販機のアクリル板に絵里の姿映っていて、肩を震わせた。


「……財布忘れちゃったんだよね」


 絵里は小さくしょぼくれた声でハルの背中に語りかける。——ったく、しょうがないな。


「何が飲みたいの?」


 絵里が指さしたエナジードリンクのボタンを押すと、がたがたと乱暴な音を立てて落ちてくる。それをため息交じりに取り出して、絵里に放り投げた。手元が狂ったが、反射神経の良い絵里はそれを難なくキャッチする。そして全身で喜びを露わにした。


「えへへ、ハルはやっぱいい奴だなぁ」


「何やってんだか……。ハル、お前が甘やかすから絵里が調子に乗るんじゃねぇか」


 二人のやり取りを見ていた英雄が呆れてハルに忠告する。


「なんだか可哀そうに思えてさ」


「ハルの男気に嫉妬してんのか?」


 絵里はにまにまと挑発的に笑うとどかっとベンチに座って足を組んだ。


「ほらみたことか……、もう調子乗ってるじゃねーか。教えてやるよ。ハル、お前は優しいからな。上手く利用されてんだぜ」


「うっさい。お前は余計な事いうな」


 プルタブを引きちぎると、絵里は英雄の顔に向かって投げつける。


「あぶね。目に入ったらどうすんだ」


 正確に顔に投げつける絵里も絵里だが、それを軽々とつかみ取ってしまう英雄の反射神経も流石だ。


「さてと――そろそろ始めますか」


 そう言ってからハルが滑り始めると英雄も続いた。二人を見た絵里も最後に一飲みするとベンチの脇に置いてベンチから立ち上がる。


「スケゲーからやるか。じゃんけん――」


 スケボーに出会ってから三人は変わった。今日もこうして日にちが変わるまで遊ぶのだ。

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