第5話 辺鄙なとこだよ月城市

「遅いぞ……」


「悪いとは思っているけど、そこまで時間かかってないでしょ」


「いーや、待ちくたびれたね。ハル、ジュースの奢りな」


「しょうがないな。適当なのでいいでしょ」


 遠くの文化部棟から吹奏楽部が奏でる音楽が聞こえてくる。


 音楽には詳しくないけれど、吹奏楽は聴いていて好きだった。そういえば前の席の相生さんは吹奏楽部って言っていたかな。


 ベートーヴェンは好きか? なんの台詞だっけ。


 両脇に広がるグラウンドでは、代替わりした運動部が練習に励んでいる。新人確保も兼ねてか、いつもの地味な練習ではなく、派手なメニューを行っていた。


 野球部も普段この時間帯はいつも走り込みをしているが、今日は紅白戦をしている。打席に立つ大柄の野球部員が気持ちの良い金属音を響かせ、遠くフェンスの向こうへボールを運んだ。


「流石だねぇ。随分と豪快に飛ばすもんだ」


 絵里が感心して口笛を吹く。


「あの選手、去年も結構活躍したらしいぜ」


 豪快なホームランを放った選手は特に喜ぶ素振りも見せず、悠々とマウンドを回っている。


「英雄もやろうと思えばいけるでしょ?」


 中学に上がる頃には身長が百七十後半に迫っていた英雄は、地区の中でも突出していて、将来を注目される選手の一人だった。


「どうだろうな。ど真ん中のストレートだったら届くのかなぁ。しばらく野球していないしさ」


 野球部の練習を横目に校門を抜けて、ハンバーガーショップにたどり着くまでの間、俺たちは野球の話をしながら歩いた。ハルも絵里も野球に詳しくない。正直話題はなんでも良かった。だから最終的に、地球を真っ二つに割るには、ボールを思いきり投げるのとバットで叩くのと、どっちが良いかなんて話題に逸れていて、誰もスタートがホームランの話だったことも覚えてもいなかった。



 小腹を満たして店を出る。そこで英雄は別れ、途中までは絵里とハルの二人で帰った。


 帰り道、海から吹き付ける冷たい風が潮の香りを運んできた。海なし県、埼玉出身のハルはこの海の匂いを嗅ぐたびに旅行に来たような気分になった。


 月城市は本州の真ん中に位置していて太平洋に面している地域だ。月城市の範囲は月城半島にイコールだ。周りは山に囲まれていて他の街と切り離されている。陸の孤島のような立地である。


 日本史に詳しくなければ、知る人は少ないが、古くこの地形を活かして戦っていた武将が今の月城学園の敷地にお城を構えていたそうだ。

 

 月城市の人口は切り上げて約二万人。そのうちのおよそ一割が月城学園の関係者だ。この街の主な産業は農業や漁業といった一次産業と観光業。絵に描いたような田舎町である。今では多くの学生の流入によって様々な量販店や娯楽施設が存在するが、ここが田舎であることには変わりなかった。


 多くの月城学園の生徒は親元を離れ、一人暮らしをしている。それは学園の方針で、生徒の自立の為である。生徒は学校指定の賃貸ならどこでも好きに選ぶ事が出来るので、例えば、学校の近くに住みたいとか、海の近くが良いとか、後は女の子に多いセキュリティ面のしっかりしているマンションなど、それぞれの好みのエリアで暮らしていた。


 ハルは海の近くに住むのが小さな頃の夢だった。だから窓から海の良く見える家を選んだ。学園までは遠く、今ではもう少し考えて家を決めるべきだったと少しだけ後悔していた。


 ハルは潮風で真っ赤に錆びた階段をギシギシと音を鳴らしながら上がっていく。鍵を玄関に差し込むと噛み合わせの悪い音がした。玄関のドアも老朽が激しく、角は錆びて削れ、ドアを閉め切っていても風が抜けてくるボロアパート。


 ベッドの上にカバンを放り投げると、すぐに学生服から私服に着替えた。


 夜にまた三人で集まるまで、それなりに時間があった。ベッドの上のカバンを今度は床に置いてハルはベッドに横になった——。

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