第4話 情報屋のいるクラス

 自己紹介の後は、今後のカリキュラムや提出書類に関する説明を一通り受けて終了した。


 先生が教室から出ていくと、クラスメイト達は部活動や帰宅と各々の予定で動き始める。


「よぉ、泉で合ってるよな」


 そんな彼らをハルはぼんやりと眺めていると突然、後ろから声を掛けられる。


「俺は井上隆則。折角同じクラスになったんだ、仲良くしようぜ」


「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」


 井上は右手を差し出してきてハルもそれに答えた。


「クラスのメンバーちゃんとみたか? 今年のF組はなかなか面白そうだぞ」


「悪いけど——知らない人が多くてね」


「お前たちほどの有名人は他にはいないな。それよりさ、今年のF組は落ちこぼれ集団というよりはアーティスト気質のE組に似ている。ルールに従わない個性の塊みたいな奴が多いだろ?」


 俺は正真正銘の落ちこぼれだけどね、と井上は自虐的に補足する。そして、クラスの一人一人を指さしてどんな人間なのか、自己紹介で知ることのできなかった情報を教えてくれる。


「まるでクラスのメンバーを元々知っていたみたいな説明だな」


「俺はそういうのに強くてね。つい、この癖が治らなくてF組って訳さ」


「マジかよ。なんか情報屋みたいでかっこいいな」


 素直に思ったことを口にすると、井上は少し照れる。


「おーいハルー。帰ろうぜ」


 荷物を纏め終えてた二人がハルの席に来る。


「急がないと郵便物の指定時間に帰れない。早く準備しろ」


「今、話してんだよ。それに絵里、急いでるんだったら先に帰ればいいじゃん」


 相変わらず絵里は、自分の都合で動いている。ハルが話しているのは見ればわかる事なのに。


「紹介するよ。俺の幼馴染で大きいのが英雄で英雄じゃない方が絵里だ」


「おう、これからよろしくな。……って、俺らの紹介雑すぎじゃね?」


「うん、よろしく」


 井上は爽やかな笑顔で二人に挨拶をした。この二人にここまで自然体でいられる奴は珍しい。


「昇降口で待ってるぞ。あたしは腹が減ってんだ」


「さっきは、郵便物がーとか言ってたじゃん」


「そうだった。どっちも解決したいから急げよな」


 絵里は英雄を連れて教室から出ていった。井上はそんな二人の背中を目で追いながらこう言った。


「君ら三人は悪い意味で有名人だからね。不良の敷く圧政の下で一年間生活することになるのではなんて、今朝はその話題で持ちきりだったけど、案外血の通った人間で安心したよ」


「俺らが圧政を敷く? なんだよ、その物騒な話は」


 ハルの反応が面白かったようで井上は可笑しそうに笑う。


 このクラスは朝からそんな話題で盛り上がっていたのか……。


「もしかして俺も含まれてんの?」


 当たり前だろと、井上は頷く。そもそも、個人の情報に詳しいんだったら、今朝の話題が間違えだって訂正してくれればいいのにな。


「因みにだけど。高田と宮田の喧嘩を一番近くで楽し気に眺めている泉が一番の危険人物だって、それが世間様の評価だぜ」


「はははっ」


 笑っちゃうよ、とんでもない評価だ。実際はハルが間に入ったところで二人の喧嘩が収まらないから近くで見ているだけだった。


「ともかく、君らが本当の悪党じゃなくてよかったよ。正直、声かけようか悩んでいたんだ。気負けしないように強気に出てさ」


 井上はまた爽やかに白い歯を見せて笑った。


「なんでだよ。俺は少なくともあの二人よりは無害そうだろ?」


「それが逆に不気味に映るんだよ。無害そうな君が二人を統率しているとか、漫画だったら絶対強キャラじゃん」


 なにそれ、かっこいい。ハルは自分に強キャラの要素があることを内心で喜んだ。


「まったく……勘違いも甚だしいよ……。そうだ、これからあいつらとちょっと寄り道して帰るつもりだけど、井上もどう?」


 井上——面白そうな奴だ。彼をもっと知りたいと思っての発言だ。


「悪いな。俺はこれから部活動なんだ」


「それは残念。何部なの?」


「映画部さ。うちは部員が少ないから、これから新入生を捕まえるために作戦会議だよ」


「それは大変だ。まあ、頑張れよ」


「ありがとう。改めてこれからよろしく」


 二度目の握手。今度は一度目よりもしっかりと井上の手を握った。


 井上か、早速面白そうな奴と知り合えたな。昇降口で靴を履き替えて外に出ると、花壇に二人は腰を掛けて座っていた。じっとした目で、膝を支えに頬杖を付いている絵里の顔には待ちくたびれたと書いていた。

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