第10話 ただの休み時間①
二限目終わりの休み時間。いつもの三人は教室の後ろに集まって他愛もない話をしていた。
「英雄、英雄。見せんの忘れてたけど、ほら」
「なんだ?」
絵里が自慢げに見せつけるスマホの画面をハルと英雄は覗き込む。
「これ、青葉の入学式の写真」
満開の桜の木の下で、青葉は恥ずかしそうに笑顔を浮かべていた。
「制服に合うじゃん。青葉ちゃん少し大人っぽくなったんじゃない」
「だろ? そりゃ、俺の妹だからな」
誇らしげに胸を張るが、青葉に英雄の要素などない。
「今年の入学式なんだけど、これが意外に家族で参加してる子が多くてさ、青葉の奴一人で寂しそうだったぞ」
「いやいや、あいつが来んなって言ったんだぜ。だからその日はうちの家族とハルで焼き肉食べに行ったっけ?」
「ごちそうさまです」
手を振って否定する英雄にハルはお礼を言った。絵里は、置いてけぼりを未だに根に持っているようで悔しそうに顔を歪ませる。
ハルは頭の中でその日を振り返る。英雄の母さんは凄く上機嫌で、たくさんの肉をご馳走してくれた。食べ過ぎなのか生焼けなのか原因はわからないが、次の日はケツから水しか出なかった。ハルの中では最高の思い出として記憶されていた。
「ああ、青葉の奴、学生服と桜が似合っていたなぁ。うっかりダカーポの世界に転生したのかと思ったくらいだ」
「人の妹をでPCゲーのキャラで例えるんじゃねぇ! 確かにあいつは家ではジャージだけどよ……」
うっとりと頬を染める絵里に英雄がツッコミを入れた。絵里の頭の中でどんな想像をしているのか、それはハルにはわからなかった。
「妹はメインヒロインだっけ?」
「いやいや、二は姉だろ?」
英雄と絵里の言い争いにハルは「どっちでもよくない?」と口を挟むと、二人は声を揃えて良くないと言った。
「それよりさ、なんで絵里は入学式の日に学園にいたんだ?」
確かにそうだ。カレンダー通りに登校しない絵里が休日の学校にいることに変に違和感を感じた。絵里が入学式の日を知っているとは考えられない。
「……それは、たまたまだ」
歯切れの悪い返答。
「——まぁいいか。壁紙にするから俺に送っておいてくれ」
「英雄……流石にそれは気持ち悪くない?」
漫画とかだとそんな兄と妹の仲も許されるだろう。だけど、それをリアルでするのは些か問題があるように思える。
「それはウケるな。今送ったぞ」
「おっ、サンキュー絵里」
英雄はすぐさまスマホの壁紙に設定すると、自慢げに見せつける。二人に普通の倫理観はないようである。
「青葉に見つかって、ぶっ飛ばされる英雄が目に浮かぶな」
絵里は意地悪な笑みを浮かべ、ハルに耳打ちした。ホントにいい性格してるよ、とハルは呆れた。
「そういえばよ。ゴールデンウィークも近づいてきた訳だが、お前ら今月はどのくらいのポイントが入る予定なんだ?」
絵里は動揺してビクンとアホ毛が縦に揺れた。ハルはそれを見逃さなかった。
「いつもくらいじゃないかな。先月分のポイントもほぼ手付かずだから問題はないと思うよ」
ハルは答える。三月のイベントと言えば期末試験と終業式くらいなものだ。下旬は春休みで登校しないし、減点される要素など殆どない。
「なにっ? お前、今月は厳しいって言ってただろ」
「正直に答えたらジュース奢れってうるさいじゃん」
英雄の言うポイントとは『月学ポイント』、通称ツキポの事である。
三人はツキポを使って、ゴールデンウィークに旅行に行く計画を立てていた。
月城学園ではその月の最終日に、各学生ごと、月間を通した生活態度やテストの成績、部活動など学園の利益になる功績など、総合的に評価され、その数字がツキポとして付与される。
月城市内であれば、一ポイント一円として使うことができ、市内のお店で利用できる。各社企業が発行しているポイントカードのサービスをイメージしてもらえれば理解してもらいやすい。
また、付与されるツキポには上限がない。学内に換金所も存在していて、貰えれば貰えるほど普段の生活が豊かになるわけで、多くの学生はツキポを少しでも多く貰うために、勉学や部活動に励んでいるのだ。
一般的な生徒でおよそ二万ポイントと言われている。スポーツで日本代表ユースに選ばれたり、学会で発表した論文が評価される。といった功績を残す生徒は一般の平均年収を上回る場合もあるとか。
評価は結果のもとに平等で、手を抜けば簡単にポイントは削られるし、逆に努力が形になればそれだけ加算される。付与されるポイントの格差は激しく、人に収入を聞くのが失礼であるように、月城学園では友達同士であれツキポの話をするのは一種のタブーとなっていた。
それでも三人がその話をするのは、友達とかそんな関係ではなく兄弟というか運命共同体的な関係だからである。また、英雄が場所を選ばずにツキポの話をするのは、単純にデリカシーがないからである。
「三月は九千ポイントだった。今月は遅刻してないし、人並み程度には貰えるんじゃないか」
バイトもいらないかもな、と英雄は能天気に笑う。
「いや、九千ポイントって。今月は節約しておかないとヤバいんじゃないの?」
「少しはしゃいだだけでポイント減らされるとか絶対におかしいよな! 思い出したらムカついてきた。一度学園長のじーさんをぶちのめしてから詳しく聞いてみるとするか」
指の骨をポキポキと鳴らす。英雄はきっと本気で言っているのだろう。アホだ。そもそも英雄の少しはしゃぐは普通の人の少しとは違うんだ。例えるなら、クマが悪ふざけで小突いたつもりでも人からしたら大怪我ものといった感じだ。
「いやいや、そういうこと言ってるからポイント下がるんじゃん。大人しくしてれば普通に貰えるんだからさ」
行き先は決まっているが、宿泊場所や新幹線の予約などはこれからだった。その時にお金が足りないでは困ってしまう。
「嫌だね。周りに合わせて生きるなんて性に合わん」
ロッカーの上にどっしりと座って英雄は言い切った。ハルは昭和の頑固オヤジかとツッコミをいれてやりたかった。英雄と絵里はロッカーの上に横並びで座っている。ハルはそれを下から見上げて、ア○マスのオープニングを連想した。絵面は汚いけれど⋯⋯。
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