第11話  ただの休み時間②

「授業中は静かに寝て、提出物の期限は守る。それくらいならお前でも出来るだろ」


「さすがハル。それなら俺でも出来そうだ」


 新しいことを学んだみたいな顔をしていた。ハルは賢い事なんてひとつも言っていなかった。


「ハルが仲間で心強いぜ。……ってか、それくらいならもっと早く教えてくれてもいいだろ⁉」


 ハルがバツの悪そうに視線を逸らすと、英雄は肩に掴みかかり「なにか言ってくれよ」と強く揺らした。


「今回は旅行が掛かってるからね。特別だ」


「ちくしょーーー!」


 ハルの不器用なウインクが英雄の心に傷として深く突き刺さると、英雄は頭を抱えておんおんと泣いた。


「うっさいぞ、馬鹿が」


 ツキポの話題になってから静かだった絵里が、ロッカーから降りると英雄の脛を爪先で蹴飛ばす。


「痛えな!」


 英雄が絵里を睨みつける。目尻には情けなく涙が見えた。


「たかだかポイント如きで、ぴーちくぱーちく騒ぎやがって」


「なんだとぉ?」


「そんなにポイントが欲しいのなら、さっさとそのロッカーから降りろ」


「……ふん。人の事を馬鹿呼ばわりするってことは、さぞご立派な絵里様は、沢山のポイントを貰っているんだろうな」


 英雄はロッカーの上に座ったまま、絵里を挑発的に威嚇する。互いに臨戦態勢だった。


 どうしてこうも急に喧嘩が始まるのだろうかとハルは頭を悩ませる。もし現国の試験で、『 英雄と絵里が喧嘩を始めた理由を答えなさい』なんて問題が出題されたして、ハルに解ける自信はなかった。


「……あ、あたしはお前よりか多く貰っている!」


 自分から喧嘩を売った割には、絵里の答えは随分と弱弱しかった。大方、英雄と少ししか変わらないのだろう。


「えー、なんだってー?」


 英雄は耳に手を置いて絵里に顔を近づけ、畳み掛けるように挑発する。


 止めておけ英雄、お前は何度同じ失敗を繰り返してきたはずだ。ハルは危険を感じて一歩下がる。絵里の様子を伺うと、拳は強く握られていて、微かに震えていた。嫌な予感は確信に変わり、ハルは更に一歩下がる。


「……お前よりは多く貰っている」


 なおも絵里の声は小さく震えていた。何を根拠に勝機とみたか、英雄は勝ち誇ったように白い歯を覗かせた。


「んー、聞こえないなぁ」


「…………お前を殺すと言ったんだ!」


 乾いた松の木のように、絵里のボルテージは燃え上がる。絵里から溢れ出す強烈な殺気に、遠目にやり取りを傍観していたクラスメイトも怯まずにはいられなかった。


 中学時代に絵里が悪鬼羅刹と恐れられていた過去をハルは思い出していた。そんな事を考えていると、狙いを定めた鷹のように絵里の瞳がきらりと輝いたように見えた。

 

 絵里は初動なしでジャンプすると、片足をロッカーの上に掛ける。そして、そこを踏み台にして更に身体を引き上げる。


「ん?」


 絵里は英雄の首を両足で挟み込んだ。一瞬の出来事に英雄は反応が遅れる。絵里は自分の落下する勢いを利用して、対格差のある英雄を巻き込みながらそのまま後ろに回転。英雄は頭から床に叩きつけられる。


「フッ、フランケンシュタイナー⁉」


「しかも雪崩式だぜ」


「大丈夫かな⋯⋯、すごい音がしたけど……」


 絵里の繰り出したプロレス技に驚愕して、クラスメイト達は思い思いの感想を口に出す。中には感心したように腕組みして頷いている者までいた。


 肩ほどの高さのあるロッカーの上から転落した英雄はピクリとも動かない。いくら身体が丈夫な英雄とはいえど、マットなしのグラウンドに叩きつけられても問題がないほど、頑丈には作られていないようだ。


 一息ついた絵里が、満足げに汗を拭う。


 楽観的だったクラスメイト達も、ピクリとも動かない英雄の背中に座る絵里の異常性を理解したのか、口を閉ざし固唾を飲んで固まっていた。


「はっはっは! クラスを平和を脅かすモンスターはあたしが倒した。今月は追加報酬、間違いなし」


 息を整えた絵里は立ち上がると、天にVサインを掲げて大袈裟に勝利宣言した。遅れてぱちぱちと拍手の音が聞こえてくる。すっかり調子づいた絵里は「あたしの勝ちだよな」と聞いてくる。いったい何の勝負をしていたんだろうと、ハルは分からないままとりあえず頷いた。


 ——君らは悪い意味で有名人だからね。


 ハルは井上に言われたことを思い出していた。周りはどんな顔しているのだろうか。ハルは内心不安になりながら教室を見渡した。


「……さすが宮田さんだ」


「高田の奴、死んだのか。さっきから全く動かないぞ」


「宮田さんって、結構際どい下着を履いてんだな」


 悲鳴のひとつもないとは、流石はF組だとハルは率直な感想を持った。


「泉、審判はお前だろ。結局どっちの勝ちなんだ?」


 どこからか井上の声がした。探せばあっという間に見つかった。その際、クラスの視線はハルに向けられていると気が付く。


「……わかったよ。一分三十秒、雪崩式フランケンシュタイナーによるスリーカウント、宮田絵里選手の勝利!」


 ハルは絵里の腕を上げて、勢い任せにそう言うとわっと盛り上がる。クラス中の視線が再び絵里に集まると、恥ずかしくなったか顔を真っ赤にして教室から飛び出してしまった。

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