第23話 罪とカレー②

「インドカレーって、ナンに付けて食べるくらいしかわかんないですけど、大丈夫ですかね?」


 食べ方にルールはあるのだろうか。だいたいこういうカレー屋って本場の生まれって感じの店員が店をやってるから、どうしてもこちらの食べ方を見られている気がして気が引ける。


「それがわかっていれば問題はないさ。あっ普通に米もあるぜ。お前らもカレー食えるよな」


 赤信号で停止すると、田辺は首を捻って後部座席の二人に確認を取る。


「美味いなら文句はないぞ」


「先生のおすすめの店なら楽しみだ」


「そうか、なら問題なしだな。味は保証する」


 田辺は二人の確認を取ると、またタバコを取り出してデバイスに取り付ける。深く吸い込んだ煙は口と鼻から漏れだし、少し開いた窓の隙間に吸い込まれるように流れていく。田辺の煙を吐く音はため息のように聞こえた。


「それにしてもよ。お前らの騒ぎは他人に迷惑を掛けるが、これが不思議と人を不快にさせないんだよな。どこでだって問題を起こすから、俺たちの中でも特別扱いの要注意人物なんだが、ただの不良とは少し違うんだよな」


「まぁ、昔の英雄と絵里なんかは絵に描いたような田舎のヤンキーでしたけどね」


 ハルが言うと、馬鹿な英雄と絵里は照れくさそうに頭を掻いた。スマホに保存された二人の中学時代の写真は、何度見返しても笑いが止まらない。


「頭は悪いが、運動神経はスポーツ科の連中にも引けを取らない才能がある。俺は思うんだ。お前らは運動部に入るべきなんじゃないかって、エネルギーが有り余ってるんだろ? ウチの部活に入らないか。お前らなら結構いい所まで行けると思うし、そうなればたくさんツキポも手に入るぞ。悪い話じゃないだろう?」


 田辺は柔道部の顧問だった。確かに、ハルは微妙だが、英雄と絵里ならパワーがあるし、技術さえ磨けばいい線行くと思う。


 だけど、三人にはスケボーがあった。田辺の提案に誰も答えないのは、全員が魅力的な提案だと思えなかったからだ。


 スケートボードを始めてから、三人はそれぞれが長く続けてきたスポーツを辞めた。あの時から三人は他の全てを捨ててもいいと思えるほど、スケートボードに熱中していた。


「英雄、お前の頭はやっぱり悪いってよ。医者に診てもらったらどうだ?」


 絵里は真面目に答えるつもりが無いのか、ふざけだす。冗談で英雄の頭を叩くと、中が空洞な太鼓のような音が出た。


「痛えな。田辺はおめえのこと言ってんだよ。お前こそ空っぽなんじゃねえのか?」


 仕返しとばかりに頭を叩き返すと絵里からも空っぽな音が響いた。



 二人も田辺の言っている事を理解できないほど馬鹿ではない。ただ、何よりも信頼出来る仲間を大切にする彼らは、まだ田辺を信用していない。だから、本心を見せようとしないのだ。ハルはそんな二人を野生の動物みたいだ。と心の中で笑っていた。


 いつから本気になったのか。二人が車内で取っ組み合いを始めると、走行中の車は激しく横に揺れた。


 焦った田辺が咄嗟にブレーキを踏んで、英雄と絵里の頭がぶつかり合うとクラベスのような音を車内に響かせた。ハルと田辺が笑うと二人の喧嘩はいよいよ激しさを増したのだった。


 

「俺たちも中学の時までは運動部に所属してましたよ。上下関係とかが嫌で、途中で辞めちゃいましたけど。ほら、後ろがこんな奴らじゃないですか、たぶん僕らが今から始めても上手くいかないですよ」


ハルは後部座席に向けて親指を指して言うと、田辺はミラー越しに喧嘩してる二人を見て、またため息をついた。


「知ってるさ、調べたからな。お前らネットで調べれば名前出てくるじゃねぇか。もったいねーな」


「いいっすよ、そういうの怠いんで。……いや、すいません」


 ハルはあまり過去の話をされるのは好きじゃなかった。だから突っ撥ねるようなな言い方になった。謝罪すると、田辺は特に気にしていなかった。


 三人は別に、嫌なことがあって今まで続けてきたスポーツを辞めた訳ではない。ただ、スケートボードの魅力に取りつかれて、その世界に飛び込んだだけなのだから。


「お前たちが何かに夢中になっていることはわかる。ただ、それだけで認めてはもらえない。まだ早いと思っているだろうが、進路の事も考えなきゃいけないんだぞ。進学にしろ、働くにしろ、結局世の中はお前らを成績で判断するんだ。その事を理解しとけよ」


「わかってますよ」


 言葉ではそう言ったが、将来なんてわからない。俺達もいずれは大人になる。だけどちっとも想像が出来なかった。


 車が駅前の商店街近くで停車するまで、それ以上の会話はなかった。



「着いたぞ。悩む様ならAセットにしておけ。お前らでも腹いっぱいになるはずだ」


 田辺も車から降りると、三人を置いて先に店の中に入っていった。店員は田辺の来店を歓迎し、中で楽しそうに会話をしている。田辺は財布からお札を取り出すと店員に手渡し、店のドアを開けて三人を手で招き入れた。


「いいんですか? どうせお小遣い制なんでしょ」


「良い訳ないだろう。今月のタバコの本数を減らさなきゃならなくなった」


 憶測であったが冗談交じりに言うと、どうやら正解のようだ。田辺はまたタバコを手にしていたが、少し考えるとポケットに戻した。


「とにかく、俺はお前らに怒ってばかりだが、一応お前たちの味方のつもりだ。何かあったら何でも相談してこい。出来る範疇なら手を貸してやる」


「ありがとうございます。きっと、相談します」


 ハルが答えると、田辺はこちらを見ずに手を振った。


「あと、飲めるならドリンクはラッシーにしとけ。マジで美味いぞ」


 そう言い残して田辺は店を後にした。



 結果から言えば、めちゃくちゃ美味かった。違う国の料理だし、店員も日本の生まれの人ではなく、初めは強いアウェー感を感じていたが、言ってしまえばナンをカレーに付けて食べるだけでハルが思っていた程、難しいものではなかった。


 奥の席で休憩中の店員が、新聞を片手に食べていたのには驚かされたけれど、もう一度食べに来たい。そう思った。てゆうか、カレーの種類が多すぎて一度では選びきれなかった。


 マジで美味かった。田辺には改めてお礼に行こうと思った。

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チルとポップとワンエイティ° 夏秋茄っ子 @fs180

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