第13話 絵里の春休み①
月城学園の敷地は広く、下手な大学よりも施設が充実している。食堂や購買もメニューが豊富で、お昼休みになると大勢の生徒で賑わっている。
昼休みになると、この広大な敷地の至る所で昼食をとる生徒の姿が伺える。
学園中が和やかなムードに包まれる中、三人は食堂に足を運んでいた。
「今日は脂っこいメニューばかりだな。あたしはもう少しさっぱりとしたのがよかったのに」
本日のメニュー表が絵里を迷わせる。スケーターの朝は遅い。なぜなら夜遅くまで滑っているからだ。登校時間のギリギリまで寝ている三人にお昼ご飯を作っている余裕はなかった。
月城学園は生徒が多い。一日に大量の食材を買い込むので安く仕入れる事が出来る。栄養バランスの良い献立を三百円で提供していて、とてもリーズナブルな価格だ。この価格なら下手に自分でお弁当を作るよりも安上がりである。
メニューは日替わりが三種類と定番メニューとなっている。日替わりに比べて定番メニューは安っぽいというか、見劣りする。食堂で日替わりを選ぶのは定石だ。
定番メニューならさっぱりした定食があるのに、絵里が日替わりから選ぼうとするのはこれが理由だ。
絵里がテーブルに帰ってきた。
あれだけ脂っこいのは嫌だと口にしていた癖に、お盆に載せられた料理はゴリゴリの家系ラーメン。玉ねぎとニンニクが増し増しだ。
とても思春期の女の子が学校の昼休みに食べるものとは思えなかった。
「おせぇぞ絵里。麺が伸びちまうじゃねーか」
英雄は意外とそういう所がしっかりとしている男なので、皆が揃ってからでないと食べ始めない。
「メンチカツ定食に焼肉定食、家系ラーメンだもんね。なんでいつも同じ属性の料理が固まるんだろう。数日に分けてくれればいいのにさ」
「ハルの言う通りだ。女も利用しているのに、男が好みそうなメニューばかりじゃないか。あたしは、ふれんちとーすととかぱんけーきとかが食べたいんだ」
「言いなれてない感が凄いな」
「だな、お前がそんなの食べてるところ見たことねーぞ」
「ははっ、それにしても——、意識してみれば今日は男だらけじゃん」
きっと今日のメニューを確認して、女子生徒は購買や屋台のパン屋さんに流れたのだろう。
「確かに、なんかシュールで笑えるな。今日に限って料理人もむさ苦しいおっさんだらけじゃねーか!」
英雄の声が厨房の中まで聞こえたのか。毛深く逞しい二の腕のおっさんらから、包丁のような鋭い視線を感じて寒気が走る。あのごつい腕で一薙されたら、真っ二つになる自信がある。
すごい威圧感だ。優しいおばちゃん達、早く帰ってきてとハルは内心で願った。
「やめとけ英雄。なんかあいつら怖いぞ」
絵里は小さな声で英雄を制止する。
「あ、あぁ。確かに失言だったかもしれんな。よしっ、気を取り直して食事を始めるとしようか」
英雄が気負けする姿なんて初めて見たかもしれない。自分の発言をなかったことにするように、知らぬ顔で麺を啜り始めた。
「なぁハル」
絵里に脇腹を突かれる。見ると向こう側を指さしていたので、その先を目で追う。
食堂の入り口ののぼりには漢祭りと文字が入っていた。こんなのが入り口にあったらそりゃ女子は入ってこないよね。むさ苦しくなるのも当然だ。
絵里は少しワクワクしているように見える。
「そっちに目覚めたの?」
つま先を思いきり踏まれた。
「それにしてもよ。絵里、お前マジで先月何ポイントだったんだよ」
急に思い出したかのように英雄は絵里に聞く。
「しつこい奴だな。ポイントなんてどうでもいいだろ」
絵里は残ったスープをおたまでちびちびと啜りながら、煩わしそうに返事を返す。
「確かに気になるよね。いつもだったら聞かなくても自分から言うのにさ」
絵里は決まりが悪そうな表情を浮かべる。
「笑わない?」
これは英雄くらい悪かったパターンか。馬鹿にされるのが嫌で言い出しにくかったのだろう。
「今の反応で大体察しがついた。俺は同属を嫌悪しない。むしろ両手を広げて歓迎するぜ」
「英雄並が増えたら学校も流石に焦るだろうね」
そんな日がきたら校舎裏にスラム街とかできてそうだよ。
「しっ、仕方ないなぁ。お前らが笑わないなら特別に教えてやるよ」
絵里はオーケーマークのように、三本の指を立てる。
市場のセリで使われる符丁で、八百屋の娘である絵里は時々、数字を指で示す。今の三本は数字の三を表している。
「三、一万三千か?」
絵里は首を横に振って否定する。
なぜ最初に一万3千と聞いたのか。それは三千という数字がかつて聞いたことも無い数だからである。絵里の成績では三万は貰いすぎ、逆に三千では低すぎる。英雄ですら九千となると、それ以上の問題を起こした事になる。絵里とは常に一緒にいるけれど、先月にそこまでの事件を起こした様子はなかった。
待てよ——。ハルは考える。三月、絵里と過ごしていない期間は存在している。春休み期間だ。今年度が始まってから絵里は常にお金が無いと言っていた。これはもしかして……、もしかするのだろうか?
「絵里、三千なのか」
こくん、と小さく首が縦に動いた。
「マジかよ……普通に笑えねぇ。学園始まって以来、最低の数字なんじゃねぇのか」
「うん、そうだって。学園長が言ってた」
絵里は恥ずかしそうに口を尖らせると、身体が小さく縮こまっていく。
適当な言葉が見つかるまで不用意に口を開いてはいけない気がした。ましてや笑ってみろ、きっといつもより強烈なキックをお見舞いされるだろう。
英雄も察した様子で大人しく目を瞑っている。
ゴクリと唾を飲み込む。
しかし、このまま黙っていても蹴られそうな気がする。ハルは脳の処理能力の限界まで思考を巡らせて最適解を探すが、適当な答えは出てこなかった。
「おい」
絵里が低い声を出す。首元にナイフを突き付けられているような緊張感が身体が強ばらせる。
「素直に笑えばいいじゃないか。英雄を超える馬鹿だってさ」
笑えない。どうぞ殺して下さいって言っているようなものじゃないか。そんなハルの気持ちを他所に絵里は自虐的に笑う。
「はっ、ははは」
英雄の馬鹿! 本当に笑ってどうするのさ。
手は出なかった。蹴りもなかった。絵里は深いため息を一つ吐くと、振り返るように先月末、つまり春休みの物語を聞かせてくれた。
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