3-5(3-4続き)

○同・庭


   風が吹く。

   雑草やら花やらが風に靡いている。


○同・リビング


由紀乃N「星野君と別れて一日。私は、ついつい固定電話の前でうろうろとしていた。富子に関する話が1秒でも早く訊きたい、という気持ちと、1日で見つけ出すことはないだろう、という気持ちが交叉して、やりたいことがあるのに、電話の前から動けないでいる。この歳にもなって恥ずかしい、と思いつつも、まだ胸がときめく瞬間があるとは思ってもみなかった」


   立ち止まる由紀乃。

   深呼吸を繰り返していく。


由紀乃N「しかし、ずっとこのまま、いつ電話がかかってくるのか、そもそも電話が掛かって来るかも分からない状況の中で待っているわけにはいかない。手入れをしなければ花が悲しむだろうし、掃除してあげなければ、綺麗な空間を保つことができない。富子のことは、きっと探し出してくれる。いつも通りを心がけよう」


由紀乃「さあ、掃除でもしようかね」


○同・洗面所


   掃除道具が入ったカゴ。

   手を伸ばす由紀乃。


由紀乃「あイタタタ……」


N「掃除道具を手に持った瞬間に突如感じた激しい痛み。高坂は腰を擦る。悶絶しながらも、心の中で「大丈夫」と言い聞かせる。落ち着かせる一心で」


○同・庭


   茶色くなった雑草類。

   縁側に座り、眺める高坂。

   分厚いアウターを着ている。


○同・縁側


   お盆に乗せられた湯呑と饅頭。

   高坂の手には健蔵の写真。

   仏壇に置かれているものとは別の写真。


由紀乃N「11月6日。転生を明後日に控える中、今日は、私にとって大切な日。弟が死んだことを、富子は知っているのかしら。それとも、その知らせを聞く前に、もしかして先に妹に会いに行っていたり……、そんなはずはないわよね。いくら音信普通だったとしても、親には連絡がくるものよね。いや、そもそも病死やらそういう感じで死んでしまったのなら、連絡がくるわけないのかしら。なんて悲しいことなの……。そんなこと考えている暇があるなら、気分転換に散歩にでもでかけようかな」


   立ち上がろうとする由紀乃。

   固定電話の着信音。激しく鳴り響く。


由紀乃「はいはい、ちょっと待ってね。今出ますよ」


   写真を置き、少し急ぎ足でリビングに入る由紀乃。


○同・リビング


   鳴り続ける着信音。

   表示されている電話番号。

   由紀乃は驚きと共に、受話器を手に取り、左耳に当てる。


由紀乃「もしもし」

星野(声)「高坂さん、お久しぶりです。代行サービス運否天賦の代表の星野昇多です」

由紀乃「あら、お久しぶりね。元気だった?」

星野(声)「はい。高坂さんはどうですか?」

由紀乃「あぁ、おかげさまで。ふふ」

星野(声)「よかったです。あ、それでですね、今日お電話を差し上げたのは、富子さんに関することです」

由紀乃「は、はい」

星野(声)「落ち着いて、お聞きください」


  声色を変えて言う星野。

  由紀乃は深呼吸をして心身を落ち着かせる。


星野(声)「娘さんの富子さんですが、9日の午後に、お会いできることになりました」

由紀乃「え、ほ、本当なの?」

星野(声)「はい。僕が直接お電話させてもらって、お母様が貴方にお会いしたいとおっしゃっている、というお話しさせていただきました」

由紀乃「あの娘、何か言っていたの?」

星野(声)「そのままお伝えすると、『私も、お母さんに会いたい。会って謝りたい』と」

由紀乃「……」


由紀乃N「まさか、あのとき勝手に出て行った富子が、会って謝りたいなんて……。そんなことあっていいのかしら。何かの間違いじゃ……」


N「高坂は言葉が出てこず、胸が苦しくなっていく。電話の向こうからは、星野がずっと「大丈夫ですか、高坂さん」と呼びかけ続ける。溢れ出す涙。溺れそうになる」


星野(声)「高坂さん、大丈夫ですか? あの、こうさ――」

由紀乃「ごめんね、ごめんね、星野くん」

星野(声)「……、泣きたくなりますよね……」

由紀乃「まさか、この歳になって、娘と会えるなんて。言葉がうまく見つからないの」

星野(声)「そうですよね」

由紀乃「(頭を下げながら)ありがとうね。ありがとう」

星野(声)「お礼を言うのは、僕じゃなくて、友達のほうですよ」


   星野の発言。由紀乃は軽く驚く。


由紀乃「ねぇ、その星野君が言っていたお友達って……」

星野(声)「実は、その地域出身の人間でして。僕の高校と大学時代の友人なんです」

由紀乃「そうなの。それじゃあ、直接お礼言わないといけないわね」

星野(声)「転生する前に、ソイツ連れて行きますね」

由紀乃「ありがとう。ふふふ」


   由紀乃は頭を深々と下げる。

   小さなブタのフィギュアと目が合う。

   由紀乃は思わず口を緩ませる。


星野(声)「それと、このこと、高坂さんにお伝えすべきか迷ったんですが、スムーズにお話ししてもらえるほうが良いだろうと判断したことがあるんです」

由紀乃「何かしら」

星野(声)「言ってもよろしいですか」

由紀乃「えぇ」

星野(声)「実は、富子さんが家を出られて3年後に、一度、警察のほうに逮捕されているんです」

由紀乃「え。富子が、逮捕……、何かの間違いじゃ、あの娘がそんなバカな真似するわけないわよ」


   焦りと驚きと悲しみの顔を浮かべる由紀乃。

   星野は更に声のトーンを落とす。


星野(声)「僕も、何度も疑いました。でも、事実でした。罪名としては、占有離脱物横領。捨てられていた自転車に乗車していたところを、警察官が発見し、そのまま逮捕された、という流れです。それで、刑務所に1年間収容されていました」

由紀乃「まさか、富子が人様の物を盗むなんて。どうしてそんなバカなこと……」

星野(声)「聴取の内容までは、すみません。僕がどうこう言える立場じゃないことは分かっているのですが、そのことは、直接富子さんにお伺いしたらどうでしょうか」

由紀乃「そうね。そうしたほうがいいのかもね。これは、星野君は関係ないんだもん。私がちゃんと育ててあげなかったから」

星野(声)「高坂さんのせいではありません。断じてそう言えます」

由紀乃「でも……」

星野(声)「人間は毎日同じわけではありません。進化ばかりしているんです。ですから、高坂さんの元を離れて3年間で、富子さんは成長されたんです。だから、行動に移ったそのすべての要因が高坂さんにあるとは限らないんですよ。だから、これ以上ご自身のことを傷つけるのだけはやめてください。これは、僕からのお願いです」


N「星野の、電話越しでの訴えは、高坂の負のスパイラルを打ち砕く。歳がいってから、余計に抑鬱状態になっていく自分を変えてくれるのは、星野しかいない。もう子役の頃の星野ではない。今は、立派な社長でもあり、老人一人の思いに真正面からぶつかって、解決してくれ、支えてくれる人物でもある。そして、高坂の唯一の推しでもある。でもこのことだけは変わらない」


由紀乃「ちゃんと、あの娘と向き合う。私が知らない富子だらけかもしれないもの。母親は私ひとりしかいないものね。私までもあの娘の敵になってしまったら、守ってあげる人が誰もいなくなるものね」

星野(声)「そうですよ。高坂さんは、富子さんにとって最高の母親ですよ」

由紀乃「ありがとう。もう、星野君に救われてばっかりね。ふふふ」


  由紀乃は頬を伝う涙を拭う。

  その背後には、いつもと変わらぬ背景が広がっている。


星野(声)「出所されてからは、お菓子の製造会社に就職し、そこで出会われた年上の男性とご結婚をされて、その1年後に男の子を、3年後に女の子を出産されています」


   星野は軽く喜びを含めた感情で伝える。

   由紀乃は頷く。


由紀乃「そう。私にも、孫がいたのね」

星野(声)「はい。それで、富子さんが言っておられましたよ。ぜひ、私の子供達に会ってもらいたいって」

由紀乃「でも、今聞いただけだと年齢は分からないけれど、大きいわよね」

星野(声)「はい。ご長男さんが31歳、ご長女さんが28歳だそうですが、今も4人で仲良く暮らしておられるそうで、いつでも会えるとのことでしたよ」


由紀乃「そうなのね」

星野(声)「よかったですね」

由紀乃「星野君、私のために色々とありがとう。こうして富子のことが少し知れただけでも良かったわ。本当にありがとうね。感謝してもしきれないわね」

星野(声)「いえいえ。僕はただ、依頼者の方のお気持ちにお答えしただけですから」


   インターホンがしつこく鳴る。

   モニターには、近所に住む太田の皺とシミだらけの顔が映る。


由紀乃「あら、ごめんなさい。来客みたい」

星野(声)「分かりました。長々とお電話失礼しました」

由紀乃「ううん。明後日、楽しみにしているわね。それじゃあね」

星野(声)「はい。失礼し――」


   受話器を置く由紀乃。

   慌ててモニターを操作する。


由紀乃「今行くよ」


N「高坂は胸に感じる違和感をよそに、笑顔で来客を出迎えるのだった。

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