3-3(3-2続き)
N「由紀乃はひとつ咳払いをして、目の前に座る推しの星野に、自分の過去の話を語り始める」
由紀乃「改めて、私の名前は高坂由紀乃。先月で82歳になった」
星野「えぇ、82歳! 見えないですね。60代ぐらいかと思ってましたよ」
由紀乃「またまた、お世辞がお上手なこと」
星野「へへへ」
由紀乃「ふふっ」
由紀乃は口元を手で隠し、上品に笑う。
星野「じゃあ次は、転生したらどんなことを一番にやりたいか、お聞きしてもいいですか?」
由紀乃「そうだね、一番と言われれば、まあ叶わない願いだけど、おじいさんと子供たちの5人で、平凡で穏やかな生活を送ることだけどね。それは難しいし、できないでしょう?」
星野「僕が昔に転生できる能力があれば良かったんですが、すみません」
由紀乃「星野さんが謝ることじゃないわ。昔に戻ることなんてできないと分かってて言ってしまったの。無茶なこと言ってごめんなさいね」
星野「い、いえ。お気になさらないでください」
星野は首を横に振る。
由紀乃は軽く俯き、ゆっくりと顔を上げる。
由紀乃「改めて一番にやりたいことは、今のうちに娘、長女に会いに行くことだろうかね。身体のあちこちがもうボロボロでね。先がもう長くないよって言われているの。だからね、できれば病気をする前の身体に戻って会いたいかな」
星野「分かりました。では、次はその娘さんについて――」
由紀乃「(遮って)ごめんね。なんにも知らないの」
星野「え」
由紀乃「娘とは、もう何十年と会っていなくてね」
星野「それは寂しいですね」
由紀乃「仕方ないんだよ。縁を切られたも同然の状態だからね」
言葉に詰まる星野。
由紀乃の瞳には涙。
星野は頭を下げる。
星野「失礼なことを重々承知なうえで訊かせてもらいたいんですが、(顔を上げて)何かそういうことになってしまう原因があった、ということですよね」
由紀乃「あぁ。私の娘はね、これが原因で家を出て行っちゃったの」
由紀乃はテーブルに両手をつき、立ち上がる。
箪笥のほうへ歩いていく。
その様子を星野は見つめる。
箪笥の引き出しに入っている何枚もの紙切れを手に取る由紀乃。
そして、その紙切れを星野の前に並べていく。
星野「あの、失礼ですが、これって……」
由紀乃「そうだよ。おじいさんがね、その昔詐欺に引っ掛かってしまってね。お金も散々持って行かれて、娘が大学を辞めなきゃいけなくなっちゃったの。あの娘、将来は弁護士になるっていう夢を持っていたからね、余計許せなかったみたいなの。それでね、当時付き合っていた彼氏と駆け落ちしちゃってね。それ以来、ずっと会っていないの」
椅子に腰かける由紀乃。
膝を擦る。
星野「そうですか。あの、よろしければ、その詐欺に引っ掛かってしまったことも含めて、過去のお話しも、ぜひお聞きしたいのですが」
由紀乃「話せば長くなるけど、それでも訊いてくれるのかね?」
星野「もちろんです。しっかり聞かせていただきます」
星野はメモを書く手を止める。
そしてボールペンのペン先を戻し、テーブルの上に置く。
N「星野の、こうしたちょっとした行為ひとつひとつが、星野の人の良さを物語っている、幼少期の頃から変わらずそのまま成長してきたのだろうと、由紀乃はひとり、親目線でもなければ、他人目線でもない、ちょっとした知り合いの目線で見てしまっていた」
由紀乃「旦那の勲男さんが引っかかった詐欺は、いわゆる、昔の連れとのお金絡みなの。そのお友達のことは、私も知っている人でね、当時同じ工場で働いていた男性。でね、その方がお金に困ったから助けて欲しいって、泣き付いてきたのよ。それで、勲男さんは人が困っていたら助けてあげなきゃっていう、強い正義感の塊の男だったからね、少しずつお金を渡しちゃったの。気付いたときには、もう手遅れ。子供のためにずっと貯めてきたものも、この家のローンのため用のお金も、すっからかんになってたの」
星野「そのことを、高坂さん自身は知っていたんですか?」
由紀乃「私は、あとから知った。泣き付いてきたとき、1度きりだと言ってお金を渡したのは知っていたんだけど、まさかその後もお金を渡し続けてるとは思わなかったのよ」
星野「そのことに気付いたキッカケは?」
由紀乃「通帳を見た時に、あきらかに減っていたからね、そこで気付いたの。それで勲男さんを問い詰めた。『その方に騙されてるんじゃないの?』って。そしたら、『俺はそう簡単に騙される男じゃない』って意地張っちゃって。騙されてるって気付いていなかったのよ」
星野は俯きつつ、瞬きを早くする。
星野「その方とは、その後どうなりました?」
由紀乃「その方とは縁を切った。まぁ、その方は昔の同僚たちから同じようにお金を集めていたみたいでね。嘘言ってお金を稼いでいたから、逮捕されたのよ」
星野「それは良かった」
由紀乃「勲男さんはその当時働いていた会社を辞めて、給料がいい建設業で働き始めたんだけど、肉体労働だったから、次第に体を壊していっちゃってね。だから、私も働かざるを得なくなって。もう今は借金していた分は返済したんだけど、老後の為のお金もないから、一人寂しく年金暮らしをしておるということなんだよ」
星野「そうだったんですか」
由紀乃の目が見れない星野。
一方の由紀乃は紙切れに視線を向けながら語り続ける。
由紀乃「長男は父親が簡単に騙されたことがキッカケとなって警察官になるっていう夢を持ち始めたんだけど、長女はそうはいかなかった。入りたい大学のために、なりたい職業のために、必死に勉強をしていたんだけど、やっぱり将来のために貯めていたお金が無くなったことが、相当許せなかったみたいでね。その反動か、悪い輩と絡むようになっちゃってね、そこの組長だった年上の男性と逃げるように家から出て行った」
星野「そこから、一度も?」
由紀乃「ううん、一度だけね、謝罪の手紙が届いたの。『お母さんを傷つけるような行動をしてごめんなさい』って。それで、謝らなくていいよっていう手紙を、手紙に書かれていた住所に送ったんだけどね、届くことなく返って来た。だからね、その時以来、もうずっと音信不通。今もどこで何をしているのか、まったく知らないの。ごめんなさいね」
星野「高坂さんが謝ることではないですよ。あの、その娘さんから届いたお手紙は、今お持ちですか?」
由紀乃「ええ。ちょっと待ってね」
由紀乃は椅子から腰をあげる。
3段の小さな引き出し。丸い取手を引く。
中から1通の手紙を手に持ち、それを星野に差し出す。
星野はそれを静かに持ち上げる。
星野「(軽く礼)ありがとうございます」
封筒の裏面を見る。
丸文字で、高坂富子と住所が書いてある。
星野「高坂さんは、この地名の場所に、娘さんを連れて行ったことはありますか?」
由紀乃「いいえ。私ひとりでも行ったことがない場所よ」
星野「そうですか。あの、よろしければ、このお手紙、一度こちらでお預かりしたいのですが」
由紀乃「私は別に構わないけれど、預かってどうするの?」
星野「僕の友人の一人が、この地域に住んでいるんです。その人物に聞けば、何か分かるかも――」
由紀乃「(かぶせ気味)そんな都合がいいこと……」
星野「(笑顔)あるんですよ。運命なんです、すべてが」
由紀乃「そうね。運は天に任せる、ものだものね」
星野「(自信満々)はい」
星野は力強く頷く。
由紀乃、穏やかに微笑む。
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