1-6
○中学校・体育館
入学式が行われている。
新入生として座っている星野。
真新しい制服に身を包んでいる。
後ろには2、3年生と、新入生の保護者たちが座っている。
担任 「では、新入生の名前を呼びます。呼ばれたら返事をしてその場に立つように――」
担任の男性教員が一人ずつ名前を呼んでいく。
指示通り、返事をして立って行く新入生たち。
担任 「星野昇多」
星野 「はい」
一部生徒たちから巻き上がる歓声とどよめき。
星野、頬をぎゅっと引き締めている。
星野N 「中学校へ入学して早々に、ドラマへの出演が決まり、初めての中間試験が終わった6月から、僕は本格的に撮影期間へ入った。放送開始は秋だったが、撮影に時間がかかる内容だった。そのために、初めての期末試験期間と撮影スケジュールが重なってしまい、勉強ができるほうの僕でもかなりの苦戦を強いられたが、それでも、1年生の間は、学業よりも芸能活動に力を注いでいた」
○同・1年1組教室
星野 「おはよう」
クラスメイトたち 「おっ、久しぶり!」
星野 「久しぶり」
男子児童A 「あれ、ノート見れたか?」
星野 「うん。いつも送ってくれてありがとう」
男子児童A 「あぁ、全然。気にすんな。ノートぐらいならいつでも見せてやるから。あ、その代わり、もし星野が有名になってテレビに出るようになったら、俺に助けられたって堂々と言ってもらっていいから」
星野 「(戸惑い)あ、ははは。うん、そうするよ」
星野N 「撮影が続くと、どうしても学校には行けない日々が続いたが、それでも、小学生のときよりはクラスメイトたちが助けてくれていたために、学業ではそこまで点数が落ちるようなことはなかった」
女子生徒A 「星野君、星野君! ドラマ観たよ!」
星野 「ありがとう」
女子生徒B 「最後ってどうなるの? 星野君の役って、死んじゃう感じ?」
女子生徒A 「(笑い)何聞いちゃってんの」
星野 「ネタバレになるから、言えないよ」
女子生徒A 「だよね! 言えないよね~」
女子児童B 「え~、めっちゃ気になるのに!」
星野 「ぜひ、最終話まで観てね」
女子児童AとB 「はーい」
星野N 「僕は、日本を代表する俳優との共演(連ドラ)やら、映画では主人公の子供時代を演じたり、お菓子メーカーのテレビCMに出演したりするなど、忙しくも充実した日々を送っていた」
○同・校門(夕方)
校門前に群がる女子生徒たち。
星野が通う中学校の制服を身に纏う女子。
違う中学校の制服を身に纏う女子。
中には、近隣高校の制服姿の女子もいる。
星野N 「そんな僕には、学校内外を問わずたくさんのファンがいて、そのちょっとした迷惑行為には頭を抱えていた。その発端になったのは、誰かがSNSのアカウントで呟いたコメントと、集合写真に載っていた僕の制服(体操服)姿が流出してしまったこと。その一件が原因で、他校の生徒たちまでもが、星野が通う中学校周辺に集まってくるようになってしまったのだった」
玄関から出る星野。
黄色い歓声が浴びせられる。
女子たち 「星野君!」
星野、軽く手を振る。
再び沸き上がる黄色い歓声。
教員が玄関から出てくる。
そして、拡声器を使って、
男性教員 「君たち、ここは学校だよ! 周りのことも考えて――」
星野の先輩女子 「先生のほうこそ、注意する声量考えてよ!」
同情する声が上がる。
星野、教員に深く頭を下げる。
教員は頭を抱えて、中へ戻っていく。
星野N 「ただ、こういう事態が起きてもなお、僕は転校を選択することもなかった。いつかこうなるはずだと、分かりきっていたことだったから。そして、そうなったときの対応策についても母と相談してあったから。母親から行事への参加が認められなかったり、母親の指示に従うのが正しいと思っていた僕は、仕事とか会社行くから等と適当な嘘を言い続けて、集合写真などを撮影するタイミングではサッと抜け、常に自分の身を守り続けていた。だから、SNSに載せられても全く関係なかった」
○星野家・リビング(夜)
星野 「ただいま帰りました」
キッチンで料理中の喜代。
星野、静かに荷物を置く。
喜代 「昇多、SNSで大変なことになってるじゃない」
星野 「すみません」
喜代 「どうするつもり?」
星野 「と言うと……?」
喜代 「まずは校長先生たちにお詫びしに行かなきゃでしょ」
星野 「はい」
喜代 「学校に電話しなさい。そして、お詫びしに行くこと伝えて」
星野 「はい」
スマホを取り出す星野。
学校の名前を検索し、電話をかける。
星野N 「しかし、中学となれば話は違う。当たり前のように生徒たちはSNSを駆使して情報を検索し、得て、交流して、と実に様々なことを行うようになる。それに、中学生だから、という理由で試験期間になると仕事が休みになり、小学生時代ほど忙しくなかったために、嘘を言って抜けることもできなければ、母が昔のことを妙に反省し始めて、行事が開かれるたびに休むということができなくなっていた。このことも、さらに流出を促す一因となっていたのだ」
○中学校・校長室
校長の前で深々と頭を下げる星野と喜代。
校長 「頭をお上げください」
星野、頭を上げようとする。
すると、喜代が星野の頭を押さえて、再び下げさせる。
しかし、喜代は頭を上げている。
喜代 「いえ、そんなわけには」
校長 「こちら側にも問題があるので。わたくしたちこそ、頭を下げるべきです」
喜代 「いえいえ、校長先生たちは何も悪くありません。悪いのは、許可を取らずに投稿した、その生徒なのですから」
校長 「(戸惑い)そうです……ね」
星野、唇を噛む。
星野N 「SNSに投稿された写真は、体育祭で撮られた全体の集合写真だった。後ろには中学校の名前、そして特徴的な体操服、これが学校を特定される要因だった。と言っても、星野の顔なんて米粒並みの小さなものなのに、第三者がわざわざ拡大して、画像を解析し、そして学校を特定し、僕が公開している情報やらをSNSに載せたようだった」
喜代 「その、無断投稿した生徒の名前は分かっているのですか?」
校長 「(焦り)げ、現在、探しており――」
喜代 「一刻も早く、見つけてくださいね。そして、然るべき対応を」
校長 「はい」
星野N 「学校側への謝罪の内容は、集まった人たちの対応に追われるなどの、業務外の仕事を増やし、迷惑をかけてしまったこと。ただ、学校側も、配慮が足りなかったと言って、この一件は揉み消される形になった」
○芸能事務所・社長室(大雨)
星野N 「2日後、僕は事務所の社長に呼び出され、社長室に足を運んだ」
高級ソファに腰かける社長。
真っ赤なスーツに身を包んでいる。
顔には濃いメイクを施している。
その手前に座る星野。
少しだけ実を縮めている。
星野N 「社長は、蔑んだ目で僕を見ながら、開口一番、こう言ってきた」
社長 「あなたは、俳優として失格ね」
星野N 「想像していた通り、流出に関することで厳しい注意を受けた。自分の不注意だ、浮かれてしまい、SNSのことに気が回らなかった、そう言って頭を下げ続けた。社長に刃向かうことなどはご法度だから、この方法しかなかった。ただ、噂で聞いていた通り、何を言っても頭ごなしに叱ってきた社長。太刀打ちできないまま15分ほどの説教時間を終え、僕は社長室を後にした。最後まで反省の態度を貫いたものの、やっぱり心は嘘をつけなかった。叫んでいた。自分のせいじゃないのに、と」
○撮影スタジオ(夜)
撮影が行われている。
数いる俳優の中、星野は隅にいる。
星野N 「この一件を機に、僕に対して以前ほどの仕事が舞い込まなくなってきていた。ただ、それでもほそぼそと俳優としての仕事はもらっていた。例えば、主人公のクラスメイトとしてその場にいて、台詞も一言二言しか発さない役だったり、集団の中でワイワイと楽しそうにしているだけの役など、、単なるちょい役やエキストラに過ぎないものばかりで、撮影も数日あれば終わってしまうぐらいの、言ってしまえばレベルが下がったような仕事でしかなかった」
スタッフ 「撮影再開しまーす!」
セットに移動する俳優たち。
星野も紛れて入って行く。
星野N 「それでも僕は真摯に仕事と向き合い、主演を支える大事な役どころだろうが、台詞が無い役だろうが、色を自在に変えられるカメレオンのように、星野という人物から離れ、役の人物になりきっていた。世間からは ”天才俳優” とか ”類を見ない俳優” とかと囃し立てられ、多くの女性たちから人気を博していた(自分で言うなと言いたい)のだが、同じ世代の役者たちや、人気が今一つ出ないドラマ制作の関係者(僕の知らない人)などから、度々ねたまれる対象となっていた」
○星野家・自室(夜)
机に向かっている星野。
ペンを器用に回す。
そこには、進学先の高校を書く用紙が置かれている。
名前のみ書かれた用紙。
それ以外の欄は白紙状態。
星野N 「そんな感じで、俳優 星野昇多として歩んできた人生について、ある瞬間からは、自身の俳優活動に対して気持ちが憂鬱になることが多くなっていた。思春期なども多かれ少なかれ影響しているのだろうが、その主な理由としては、口が悪いことで有名な(母と競り合えるぐらいの)とある大御所俳優が、動画配信サイトにて、名指しで、こう批判してきたことだった」
(フラッシュ)
大御所俳優A 「星野昇多は、両親の七光りでしかない」
星野N 「この俳優には子供が2人おり、2人ともが幼少期から子役として活動していたのだが、上の子供が星野と同学年ということもあり、やはり僕の存在が邪魔に思えていたようだった。そして、あの写真の一件をキッカケに、ここぞとばかりに悪口を言い始めたその大御所俳優。自分の容姿のことを批判するならまだ我慢できたが、何の苦労も知らない、僕の子役時代からの経歴や、親のことを馬鹿にしている発言に関しては、温厚な僕でも許せないものがあった」
シャーペンを机の上に置く星野。
両手で頭を抱え、仰け反る。
星野N 「自分は芸能人なのだから、誰かから嫌われたり、恨まれたりしても仕方ないとは思える。確かに、オーディションを受けていた頃を思い返すと、やはり親の権力などによって受かっていた部分も多いにあるし、父親と親交のある監督とは、仕事の現場で一緒になることも多かった。やはり、自分の力で得た地位ではなく、親の力によって勝手に登らされて、乗せられた地位。そのことを改めて思い返し、考えるだけで頭が痛くなっていた。そして、当面の間は、学業のせいにして以来を断り続けることにしたのだった」
テーブルランプを消す。
そしてベッドに飛び込む星野。
上に置かれたパンがモチーフのクッションが跳ねる。
星野N 「ただ、ずっとそういった嘘をつき続けるわけにもいかず、そうかと言って、俳優の仕事に飽きた、などと柄にもないことを格好つけて言って辞めるのは、俳優 星野昇多という存在から逃げている気がして、どうしようもなくなった僕。気が付けば、連鎖する負のループへと陥ってしまっていたのだ」
○同・リビング(朝)
朝食の準備をする喜代。
ダイニングテーブルに並ぶ料理。
喜代 「昇多、最近仕事受けてないの?」
星野 「学校の授業がなかなか大変なので、ちょっと今は断ってます」
喜代 「いつになったら仕事の依頼を受けるの?」
星野 「どうしてそんなこと聞くんですか?」
食パンをトースターに入れる星野。
喜代、サラダを盛り付けながら、
喜代 「(慌てて)ほ、ほら、番組で一緒になる人たちに聞かれるから」
星野 「あぁ、なるほど。そしたら、当分は受けるつもりがないと伝えておいてください。いつ落ち着くか分からないので」
喜代 「そう」
星野 「(気まずそうに)はい」
星野N 「そして、なぜ仕事を断っているのか、その本当の理由も言えなければ、星野家に関して色々と言われていることに対しても、きちんと相談できない毎日を過ごしていた僕。いつからか、親や兄とも、身体的にも精神的にも少しずつ、距離を置くようになってしまっていた」
○中学校・3年2組教室(朝)
教室後ろの掲示板。
張り出されている、高校入試までの日程。
それをぼんやり眺めている星野。
その背後から、女子児童Cが話しかける。
女子児童C 「星野君、次はいつドラマ出るの?」
星野 「当分は難しいと思う。ほら、一応受験生だし」
女子児童C 「つまらないなぁ。あたし、星野君の演技すっごく好きだから」
星野 「ごめん。でも、そう言ってくれてありがとう」
星野N 「一時は誰に何を言われたとしても、必ず自分の力で得た地位に立ってやるんだ、という強い意志を持っていたが、思っていたよりもはるかにハートは脆弱で、自分の気持ちに打ち勝つことができなかった。そして、結局 ”親の七光りで活躍している” とか、”親の捏ねでしか出演していない人間” とネチネチと悪口を言われ続けるのも、本当のことを知らない世間から、そう悪く思われるのも嫌だ、という結末に着地した僕。両親には相談、社長には直談判したうえで、中学を卒業するタイミングで、俳優業からも、芸能界からも身を引くことにしたのだった」
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