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○星野家・自室(夜)


   丈感が変なTシャツを着ている星野。

   段ボールの中に入っている、着れなくなった大量の服。


星野N 「僕は小学5年生になった。あの郡司涼太を演じて以来、毎年ドラマか映画に出演し続けていて、仕事面ではとても順調だった。役の幅も広がって、健康な少年から、病気を患う少年、変わった嗜好の持ち主、少年キラー……などを演じてきた。仕事が楽しくて仕方なかった」


○小学校・5年B組教室(朝)


   賑やかなクラス。

   掲示板に貼られた運動会に関する張り紙。

   

星野N 「ただ、やはり子役として活動している以上、参加できない学校行事もあった。例えば、運動会や文化祭」


   9月から11月行事予定と書かれた紙。

   それをくしゃくしゃにする星野。


女子児童C 「星野君、運動会来るの?」

星野 「ごめん。その日、撮影があるから」

女子児童C 「そっか。残念だなぁ」

女子児童D 「撮影なんてすっぽかして来たらいいのに」

星野 「行きたいけどね、お母さんに反抗できないから」

女子児童D 「星野君がいないなら、つまらないね」

女子児童C 「だね。がっかり……」

星野 「(苦笑いを浮かべて)ホント、ごめん」


   女子児童の間に割って入ってくる男子児童D。

   星野の顔を覗き込みながら聞く。


男子児童C 「でも、文化祭は出るんだろ?」

星野 「(惚けながら)えっと、何やるんだっけ?」

女子児童D 「楽器演奏だよ」

男子児童D 「星野は木琴だったはずだけど」

星野 「(呟く)そっか」


   女子児童2人と会話し始める男子児童C。

   内容は文化祭の話。

   星野、適当なタイミングで相槌を打っている。


星野N 「本当は周りの子たちと同じように、グラウンドを駆け回ってみたい気持ちもあったし、クラスごとに披露する劇や楽器演奏など、子役としての力を発揮して会場を盛り上げてみたいという気持ちもあった。でも、その本当の気持ちを言えなかった僕。反発することで、母親を悲しませると、当時はそう思っていたから」


○星野家・リビング(夜)


   カレンダーに予定を書き込んでいく喜代。

   1月のところに記載されてある、”昇多修学旅行” の文字。

   1人で夕食を食べる星野。


星野N 「そんな僕にも、楽しみにしている行事があった。それは、修学旅行。今まで一度も家族以外と夜を過ごしたことがない僕にとっては、少し大人になれるチャンスだと考えていた。しかし、そんなチャンスはいとも簡単に奪われてしまう」


星野 「お母さん」

喜代 「何?」

星野 「修学旅行は、参加できるんですよね?」

喜代 「……」

星野 「(少し強めに)行っていいんですよね?」


   階段を駆け下りてくる泰輔。

   パンパンのリュックを背負っている。


喜代 「これ、お弁当ね」

泰輔 「ありがとうございます」

喜代 「行ってらっしゃい」

泰輔 「行ってきます」


   リビングから出て行く泰輔。

   星野、肉を口いっぱいに頬張る。


○同・玄関(朝)


   靴を履く星野。

   ダイニングから声をかける喜代。


喜代(声) 「今日、仕事の日だから、現場1人で行って」

星野 「分かってます」

喜代(声) 「くれぐれも、失礼なことはしないでよ」

星野 「はい。行ってきます」


   玄関ドアを開けて出て行く星野。


○小学校・5年B組教室


   黒板に漢字を書いていく担任。

   国語の授業を受けている児童。

   星野、グラウンドをぼんやりと眺めている。


○同・校長室


   ソファに座っている喜代。

   その前に座る校長。

   緊張した面持ちでいる。


校長 「えぇっと、改めて確認させていただきたいのですが」

喜代 「えぇ」

校長 「息子の昇多さんは、2泊3日の修学旅行へは参加される方向でよろしいですか?」

喜代 「すみません。それがですねぇ、実は撮影が入ってしまって」


   喜代、顔色一つ変えずに校長を見る。

   口元を頻りに触り出す校長。


校長 「あの、途中で帰るということは――」

喜代 「(被せ気味に)無理ですね。朝も早いですし、みなさまにご迷惑をおかけするだけですから」

校長 「そ、そうですか。残念ですが、では今回も参加は見送りということで」

喜代 「申し訳ございません。どうぞ、よろしくお願いしますね」


○同・職員室(夕方)


   教職員たちが出入りしている。

   その一角にある椅子に座る星野と担任。


星野 「山田先生、僕に話って何ですか?」

山田 「校長先生とお母様が、修学旅行のことのお話しをされたみたいでね。それでお母様が、撮影が入ったから参加できませんって伝えたようなんだけど」


    星野、生唾を飲み込む。


星野 「え、そう母が言っていたんですか?」

山田 「その様子だと、知らされてなかったのね」

星野 「(静かに)はい」

山田 「じゃあ、もう一度お母様に確認してくれるかしら? 今週までに参加・不参加の返事をくれたらいいから。そしたら、預かっている旅行費もお返しできるから」

星野 「分かりました」


   壁にかかっている時計を見る星野。

   時刻は、16時ちょうど。


山田 「あ、これからお仕事だったわよね。ごめんね、時間取っちゃって」

星野 「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。失礼します」

山田 「はーい。また明日ね」


○星野家・リビング(夜)


   仕事現場から帰宅してきた星野。

   ダイニングテーブルの上に置かれている4個の高級焼肉弁当。

   それを1つ手にとる喜代。


星野 「ただいま戻りました」

喜代 「おかえり。遅かっ――」

星野 「(被せ気味に)お母さん、ちょっといいですか」

喜代 「何かしら」


   ランドセルを下ろす星野。

   弁当を電子レンジに入れる喜代。


星野 「あの、修学旅行の間に撮影が入ったって、本当ですか?」

喜代 「嘘に決まっているでしょう?」

星野 「どうして嘘なんて……」

喜代 「自分の身分を弁えなさい。イチ俳優なのよ? もしばれてしまったらどうするの? どうやって自分の身を護るの? 周りの皆さんに迷惑かけないわけないわよね?」


   星野、棒立ちしたまま喜代のことを睨む。


星野 「そんなの、行ってみないと分からないですよね」

喜代 「行かなくても分かるでしょ。馬鹿なの?」

星野 「馬鹿じゃない。僕はただ……」


   目に涙を浮かべ始める星野。

   喜代、大きな溜息を吐く。


喜代 「ほらまた。泣けば行かせてもらえると思ってるわけ? 赤ちゃんじゃないんだから、いい加減にしなさい」


   喜代の勢いに負けて口籠る星野。

   電子レンジが音を鳴らす。


喜代 「(弁当を取り出しながら)修学旅行なんて行ったって無駄よ。何の勉強もしないじゃないの。これは修学旅行とは言えません。それに――」


   文句を言いながら食事の準備を進める喜代。

   拳を震わせて涙を堪える星野。

   行先について書かれた紙が宙を舞う。


星野N 「母は歯に衣着せぬ物言いをしてきて、尚且つ色々と決めつけ、行先に対する文句しか言わなかった。刃向かいたかったけれど、母を怒らせる怖さと、自分のボキャブラリーの少なさに虚しくなって、悔しくなって、悲しくなった。そして、結局修学旅行には行けないまま、僕は小学6年生になった」


○小学校・グラウンド


   テントがいくつも設営されている。

   テントの下、椅子が並べられている。

   国旗などの旗が靡いている。


星野N 「修学旅行には行けなかったものの、小学生最後の運動会、文化祭には何とか出ることが許された。運動会では、自分で言うのも変だけど、走る・踊るといった、一挙手一投足に注目を浴び続けたた僕。翌日には全身筋肉痛に襲われたが、それだけ全力を注げた自分が嬉しく思えた」


○同・体育館


星野N 「一方の文化祭では、歌と楽器演奏の発表だったが、それでも人前に立てる喜びを改めて感じ、そして一観客として他クラスの発表もちゃんと見ているつもりだったが、いつの間にか、下級生相手に演技の勉強をしてしまっていた僕。自分でも笑ってしまうほど、身体が前のめりになっていた」


○同・6年B組教室(小雨)


   算数の授業を受けている児童。

   担当教員が教室内を歩き回っている。


星野N 「2大行事が終わってからの学校生活は、あまり楽しいと思えるものではなかった。演技の仕事が入ってくるわけでもなく、そうかといって、勉強に集中することもない生活」


○星野家・自室(曇り)


   タブレット端末で配信ドラマを観ている星野。

   その手元には、1冊のノートが広げられている。


星野N「ただただ平日は学校に行って、土日は配信サイトでドラマや映画を観て、演技の勉強をするだけ。正直言って、つまらなかった。それでも毎日は過ぎていく」


○小学校・体育館(朝)


   パイプ椅子が並べられた体育館。

   ステージには専用の台が置かれている。

   その後ろには「卒業おめでとう」の文字。

   レッドカーペットが敷かれた床。

   それを囲むように置かれたプランター。

   花々が咲き誇っている。


星野N 「そしてついに、小学校卒業の時を迎えた」


○同・6年B組教室(朝)


   スーツ姿の男子児童数人。

   袴姿の女子児童数人。

   それぞれが落ち着かない様子で話している。


星野N 「周りの同級生たちは、先生や友人たちとの別れを惜しんだり、数々の思い出に浸っていたりする中、僕は特に涙を流すようなことはなかった」


○同・体育館


   1人ずつ、卒業証書を受け取っていく。

   名前を呼ばれ、階段を上って檀上に上がる星野。


星野N 「僕は、淡々とした表情のまま卒業証書を受け取った。家族が見に来ているわけじゃないから、別にどんな表情をしていようが、関係なかったのだ。まぁ、他の保護者には見られているから、少しは寂しいといった感情の演技は見せていたが」


○同・6年B組教室


   児童同士、集まって写真を撮ったりしている。

   それを微笑ましく見守る保護者たち。


○同・廊下


   大人と子供とでごった返している廊下。

   その間を抜ける。

   そして階段を駆け下りる星野。

   ランドセルを上下左右に揺らしている。

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