1-3

○撮影スタジオ(朝)


   組まれている教室のセット。

   集まっている生徒役の子役たち。

   子役同士で群れている。

   周りと離れて立つ星野。

   台詞をぶつぶつと呟いている。


星野N 「オーディションで勝ち取った役柄は、何事にもやる気を見せず、誰とも干渉しようとしない問題児、郡司涼太。この郡司は、怒らせると学年の中で右に出る者はいないという、そういう一面をもち併せている、普段の星野とはまるで違う性格の持ち主。郡司は小学2年生の設定で、実年齢より1つ上になるが、台詞の言い回しなどを練習すれば、どうにかなると思っていた」


   監督がジェスチャーを交えて指示を出す。

   それを真剣に聞く子役たち。

   星野も、姿勢を正して話を訊く。


監督 「じゃあ、とりあえずマトバの台詞から――」


   撮影が始まる。

   子役たちは自分たちの演技をする。


    ×    ×    ×


監督 「じゃあ次、郡司の――」


   合図を受けて、星野は演技をする。

   しかし、すぐにカットがかかる。


星野N 「しかし、なかなかそう簡単にはいかなかった。僕が悩んだのは、怒らせると怖いという点。演じる僕自身、(自分で言うのもアレだが)とても穏やかな性格で、誰かに対して怒ることはなく、しかも烈火のごとく怒ったことは、人生で1度もなかったから」


   頭を下げる星野。

   監督に喝を入れられる。

   そして撮影が再開する。


○車内(夜)


   運転する喜代。

   後部座席、俯いて座る星野。


喜代 「何落ち込んでんの。しっかりしなさい」

星野 「ねぇ、お母さん」

喜代 「(怒り)何?」

星野 「どうやったら、怖いの男の子に見えると思いますか?」

喜代 「あー、そうね、例えばさ――」


    ×    ×    ×


喜代 「(怒り)だから、昇多がどこまで郡司になりきれるかが問題なの。分かった?」

星野 「(小声で)分かりました」

喜代 「声が小さい」

星野 「分かりました」


○撮影スタジオ(朝)

   教室のセットに座る子役たち。

   星野は小声で台詞を呟いている。


スタッフA 「それでは、これから――」


   午前9時過ぎから始まった撮影。

   星野にカメラが寄る。

   相手児童を演じる子役の胸ぐらを掴む星野。


星野 「(静かな怒り)お前、今度先生にチクったら、許さねぇからな」


   そして手をパッと離す。

   相手児童が星野のことを睨む。

   その瞬間、軽い蹴りを相手児童の腹に一発食らわせる星野。

   よろけて咽る相手。

   カットがかかる。

   星野、相手子役に頭を下げる。


星野N 「普段なら絶対にやらないような行為や言葉遣いに、やはり申し訳ないというか、胸が締め付けられるような感じがしたが、その一方で、なぜか清々しいとも思ってしまった」


○同・控室(夜)

   スタッフ、演者たちが出入りする。

   星野、荷物をまとめる。


星野N 「丸一日を費やして行われた撮影。母のアドバイスのお陰なのか、それとも、何度も台本を読み直して、分からない・知らない言葉の意味をタブレット端末で調べ、自分なりに解釈をした成果なのか不明だが、撮影終わり、直々に監督から演技を褒められた僕。別れ際には、次回作のオファーまで受けてしまうほどだった」


○車内(夜)

   後部座席で音読の宿題をやる星野。

   それを聞きながら運転する喜代。

   終わったタイミングで、星野に話しかける。


喜代 「今日の演技良かったじゃない。昇多も、やればできるのね」

星野 「(戸惑い)ありがとうございます」


   星野、教科書を閉じてリュックサックに入れる。

 

星野N 「初めて母に演技を褒められたこの日を機に、僕は一から演技に、子役という仕事に向き合おうと決めた」


○撮影スタジオ(小雨)


   撮影が行われている。

   星野、郡司になりきって怒鳴り散らす。

   周囲は驚いたり泣いたりといった演技をする。


○星野家・リビング


   ダイニングテーブルに宿題を広げている星野。


喜代 「お昼にするよ」

星野 「もう少しで終わるから、待って欲しい」

喜代 「駄目。ご飯はできたらすぐに食べないとでしょ」

星野 「嫌だ」

喜代 「(呆れて)いい加減にしなさい」

星野 「……ごめんなさい」


星野N 「僕は撮影が休みの日でも、できる限り郡司涼太になりきっていた。例えば、普段なら怒るほどのことでもない、小さなことに対しても苛立ちを見せたり、両親や兄に向って刃向かってみたり、と。でも、いつもと変わらない態度で接してくる家族。残念に思えていたが、これもまた、家族からの愛だと考えるようにしていた。当時の僕は、都合がいい男だった」


○撮影スタジオ(朝)


   ぞくぞくとやって来る子役。

   主演の男性俳優と戯れる。

   星野は1人で突っ立っている。


星野N 「どこまで郡司という役を落とし込めているか。このことにちゃんと向き合えた約4か月間は、あっという間だった」


○同・控室


   テーブルに並べられた多くの弁当。

   紙には、祝クランクアップ、の文字。


星野N 「撮影最終日、何があっても絶対に泣かないと決めていたのだが、やり切ったという感情からか、ただ単に撮影が終わることに対しての寂しさからか、コメントを求められたタイミングで大粒の涙を流してしまった僕」


○同・外観(夕)


   撮影を終えた子役たちが続々と歩いて出て行く。

   車が何台も停まっている駐車場。

   赤い軽自動車の助手席に乗り込む星野。


○車内(夕)


   俯いたままの星野。

   喜代、運転席から星野の顔を見る。


喜代 「昇多、泣いたんでしょ」

星野 「(小さな声で)……はい」

喜代 「もう、泣くなんて恥ずかしい。周りにみっともない姿晒してどうするの」

星野 「(呟く)ごめんなさい」

喜代 「でも、よく弱音も吐かずに頑張ったわね。そこだけは褒めてあげる」


   運転席から腕を伸ばす喜代。

   そして星野の頭を撫でる。

   星野、少しだけ微笑む。


星野 「ありがとうございます」

喜代 「じゃあ、帰るよ」

星野 「はい」


   車が動き出す。

   星野、リュックサックをぎゅっと抱きしめる。

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