1-10

○アパート中


   散らかっている部屋の中。

   ローテーブルの上には、2台のパソコンが置かれている。


星野N 「会社を立ち上げてからすぐ、僕と田辺は1日でも早くサービスの運用が開始できるようにと、隙間時間を見つけては動いていた。といっても、会社に出向くことはまだなく、ほとんどの作業を家で行っている」


   パソコンを操作していく田辺。

   星野は電卓を使い、お金の計算をしている。


田辺 「なあ星野」

星野 「なに?」

田辺 「代行サービス運否天賦の文字、何色がいい?」

星野 「え、黒って決めなかったっけ?」

田辺 「それでもいいけどさ、もうちょっとこだわらないか?」

星野 「うーん、だったら、月の色がいい」

田辺 「ん、は? 月の色?」

星野 「代行サービスは黒で、運否天賦の文字をお月様の色にして欲しい」

田辺 「あぁ、まあいいけど、星野ってさ、月好きだな」

星野 「名前は星なのにね、好きなのは月なんだ。しかも、満月が、ハハハハ」

田辺 「とりあえず変更してみる。後でちゃんと確認してくれよ」

星野 「了解。任せたよ、田辺」


星野N 「パソコン操作が得意な田辺が、設立前、仮に作っていたサイトをブラッシュアップしていく中、僕は社長としての仕事を、ただ淡々とこなしていく毎日。ただ、社長がやらなくてもいいと思える給料などの金銭管理も、そういう人材がいないために、当面の間は僕がやることになっていた」


星野 「ねぇ田辺」

田辺 「なんだよ」

星野 「大学生って暇なはずなのに、こんなに忙しいもんなの?」

田辺 「さぁな。でも、起業せずに就職してたら、大学卒業とともに就職して忙しくなるんだからさ、これぐらいがいいんじゃねぇの?」

星野 「そうだけどさぁ」


   薄汚れたソファ。

   そのうえに寝転び、欠伸をする星野。

   田辺は2台のパソコンを交互に凝視している。


田辺 「こっちは忙しいんだから、今は話しかけんな」

星野 「ちぇっ。つまんないの」

田辺 「つまらなくて結構。星野もやらなきゃいけないことあるんだろ?」

星野 「あるけど、難しくてさ」

田辺 「(呆れて)社長がしっかりしてないと、後々従業員とか雇ったときに、色々困ると思うんですが」

星野 「(溜息交じり)だよね……」


   星野、大きな欠伸をする。


星野N 「社長と言う立ち位置に慣れなくて、そう呼ばれるのも何だかこそばゆくて嫌だった。ただ、今さらこの立ち位置から去ることは許されない。そもそも自分の能力を活かした仕事がしたくて、でも、そういう能力をフルに活用できるような仕事はなくて、だからこそ一から、しかも友人である田辺まで誘って創ってしまった会社。金銭面のこともあるし、田辺の人生のこともある。逃げるなんて男として格好悪い。そう思ったから、闘志を再び燃やして、仕事に真面目に向き合うことにした」


○商社ビル・外観


   5階建てのビル。

   3階部分の窓、代行サービス運否天賦の文字。


○同・中


   真新しいデスクと椅子が並んでいる。

   そこに星野と田辺以外の人物の姿はない。


星野N 「間で大学の卒業式と言う一大イベントを挟んで、仮のサイト制作から含めると、トータルで8か月の期間を要して出来上がったサイト。3月下旬、自信満々に運用を開始。僕ら2人は、サイト立ち上げ後、各方面から依頼が舞い込んで、従業員を雇わないと大変になる、なんて安易な想像をしていた」


   椅子に背もたれを預けて天井を見ている星野。

   田辺はサイトの画面を開いたまま寝落ちしている。

   壁掛けのカレンダー

   過ぎた日にバツ印。

   大きなホワイトボード

   文字が一切書かれていない。

   パソコンの画面

   新着メッセージ

   0件と表示されている。


○「3週間後」


   壁掛けのカレンダー

   4月になっている。

   過ぎた日にはバツ印。

   大きなホワイトボード

   綺麗なままの状態を保っている。


星野 「(ダルそうに)田辺、メッセージきてる?」

田辺 「(面倒そうに)来てないだろーな」


   田辺、パソコンを操作する。

   画面のアップ

   新着メッセージ

   0件と表示されている。


田辺 「きてねーよ」

星野 「今日もかぁ」


星野N 「運営を開始してから、どれだけ日にちが経っても、依頼や問い合わせの件数はゼロ。雇う人材もおらず、完全な人手不足な現状からすれば、仕事がないのはありがたかったが、やはり、歩合制を採っているために、仕事がなければ給料も出ない。そして赤字だけが並んでいくことになり、最悪の場合、倒産の危機に陥ることとなる。どうしてもそれは避けたい。どうすれば……」


田辺 「なぁ星野、今夜暇か?」

星野 「聞かなくても分かってるだろ、暇なことぐらい」

田辺 「家で呑まないか? あ、もちろんノンアル」

星野 「呑むだけ?」

田辺 「何か不満か?」

星野 「いや、田辺のほうから呑もうなんて、何かあったとしか思わなくて」

田辺 「あるに決まってるだろ。これだけ仕事が来ないんだぞ。何らかの作戦立てなきゃだろ」

星野 「なるほどね。確かに、僕もちょうど田辺と話したかったから良かった」


   パソコンの画面を閉じる田辺。


田辺 「定時じゃないけど、帰ろうぜ」

星野 「仕事、残ってるんじゃないの?」

田辺 「別に家でもできる仕事だし、それに今日は喋りたいから」

星野 「うん。今日は呑んで食べての宴の開催だっ!」


○アパート中(夕)


   ローテーブルの上。

   枝豆が盛られた皿。

   フライドポテトが盛られた皿。

   カット野菜が盛られた皿。


星野N 「僕らは、家でノンアルコールビール片手に、安い冷凍食品をつまみにして、気持ちでカット野菜も食べて、打開策を考え始めた」


星野 「ねぇ」

田辺 「何?」

星野 「従業員、そろそろ雇わない?」

田辺 「は? 雇ったとしても、今仕事ゼロなのに、どうやって金払うんだよ」

星野 「(動きをしながら)自販機の下に、こう手を伸ばしてさ」


   田辺、鼻で笑う。


田辺 「地味だな」

星野 「(悪だくみの表情を浮かべて)じゃあさ、全身黒の服着て、顔も隠して、夜中に金属バットをブンブン振り回して――」

田辺 「ちょ、ちょっと待て。星野、お前さ、まさか本気じゃねぇよな……?」


   手を左右に揺らす星野。


星野 「(明るい笑み)僕は正しいことしかしないから」

田辺 「(拍子抜けして)あぁ、だよな」

星野 「何急に心配しちゃってんの?」

田辺 「(恥ずかしそうに)星野の演技がうますぎだからだよ」

星野 「それは、ごめん」


   両手を合わせ、小さく頭を下げる星野。

   田辺、溜息を吐く。

   星野は上機嫌な様子で笑う。

   枝豆を箸でつまみ、口に運ぶ田辺。


田辺 「で、結局どうすんの?」

星野 「大学行って、手当たり次第声かけてさ、あとは、ビラ配るとかして――」

田辺 「卒業したのにか?」

星野 「まぁそうだけど、でも、同意してもらった人に転生させてもらうとかすれば、それか、SNSで拡散してもらうとかすれば、それなりにお金入るかなって」

田辺 「カツアゲも同然だな」

星野 「でもさ、こうするしかないよ。そうじゃないと、田辺が汗水垂らして作ってくれたサイトも水の泡になっちゃうし、僕の能力だって、使う所が無くて廃れるかもしれない」

田辺 「そうかもしれねぇけど、俺はそこまで汚い手は使いたくない」

星野 「じゃあ、田辺は何か考えある?」


   缶ビールを傾け、飲料を飲み干す田辺。

   空き缶を力強くテーブルの上に置く。


田辺 「ずっと考えてたんだけど、正直言うと、何の方法も思いつかないし、星野が言った案が一番マシかもって思える」

星野 「ほら、やっぱりその方法しかないでしょ?」


   どや顔を見せる星野。 


田辺 「ここまで追いつめられるとはな」

星野 「もうやるしかないよ、田辺」

田辺 「仕方ねぇなぁ、明日とりあえず大学行って声かけてみるか」

星野 「じゃあ、決まり。とりあえず簡単なビラ作ろ」

田辺 「あいよ」


○同(朝)


   スマホの画面

   4月26日9:03と表示されている。


星野 「田辺、今日何着る?」

田辺 「少し綺麗な服。怪しまれたくないから」

星野 「はーい」


   田辺と星野、部屋着から着替えていく。


星野N 「服を着替え、髪をある程度整え、僕は田辺が夜な夜な作った(自分は途中で寝落ちし、手伝わなかった)ビラ50枚が入ったトートバックを手に、田辺は仕事でも使うノートパソコンを入れたリュックを背負い、出かける準備を整えていた」


星野 「頑張ろうね、田辺」

田辺 「おう」


   靴を履いている星野。

   ドアノブに手をかける。

   その刹那、メロディが鳴る。


星野 「(田辺の顔を見ながら)今のって……」

田辺 「(顔を見合わせる)うん」


   取り出したパソコンを立ち上げる田辺。

   星野は画面を注視しようと、首を左右に振っている。


田辺 「あ」


   ノートパソコンの画面

   1件の新着メッセージを受信 の文字が表示されている。


星野 「ん、どうしたの?」


   メッセージ画面を開く田辺。

   星野は不安と興味が入り混じる表情を浮かべる。


田辺 「問い合わせ、来た」

星野 「えっ、どんな?」

田辺 「えっと……」


   画面をスクロールする田辺。


星野N 「送り主は、小学3年生の男の子で、メールの内容は、ざっと要約してしまえば、『今は病気を患っているが、生まれ変わったら元気になれるか』というものだった」


田辺 「悪戯だろうな。小3がこんなちゃんとした文章の内容送ってくるわけ――」


   田辺は画面を閉じようとする。

   その手を止める星野。


星野 「(被せ気味に)いや、待って。これ、ちゃんと話訊いたほうがいいよ」

田辺 「え、何でだよ」

星野 「ほら、3年のときだっけ? 僕、田辺に言ったでしょ? なんで自分がこんな病気になって、こんな辛い思いをしなきゃいけないの? って思ってる子の元に僕が行って、その子に転生すれば、子供は自分が願う生活が送れるって」

田辺 「あ~、なんか言ってたな、そう言えば」


   頭を掻く田辺。


星野 「だから、これは早急に話を訊きにいったほうがいいやつだよ!」

田辺 「(トートバックを指しながら)じゃあ、作ったビラどうするんだよ」

星野 「それは、田辺に任せたっ! 僕、その子に会いに行ってくる!」


   玄関の扉を開ける星野。

   飛び出していく。


田辺 「(叫ぶ)ちょっと、おい! 場所も何も訊いてないぞ」


   星野、振り返り田辺のことを見る。


星野 「あっ、そうだった、アハハハ」

田辺 「ったく……。待ってろ、今コンタクト取ってみっから」

星野 「よろしく、副社長!」


   照れ笑いを浮かべる田辺。

   慣れた手つきでパソコンを操作していく。

   星野は田辺のことを、優しく見つめている。

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