2-9
○同・教室(朝)
わいわいと盛り上がっている教室内。
小笠原は周りを見渡し始める。
小笠原N「朝の会が終わると、みんな一斉に1時間目の授業の準備に取り掛かる。オレは誰からも何も教えてもらえず、とりあえずきょろきょろと黒目を動かして、周りを観察して、それっぽい教科書を取り出していた。どこまで授業が進んでいるのかも、どんな内容を学んでいるのかも、全く知らない状態」
後ろの座席。
海都と毅彦は、クラスメイトの男子と戯れている。
小笠原N「ここでもオレは勝手に、迷っていたり困っていたりしたら、誰か(特に海都とか毅彦とか)が声をかけてきてくれると思っていた。が、オレのことなど見向きもしなかった。オレの左隣に座る女子は読書に集中しているし、右隣に座る男子は熱心に勉強している。結局オレは一切話しかけることはなく、1時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた」
ドアが開く。
担任が入ってくる。
起立するクラスメイト。
遅れて小笠原も起立する。
小笠原N「担任がやってきて、日直が声をかけて……。そこからオレの、授業の内容に関する記憶は薄れていた。知識がゼロ過ぎて、全くと言っていいほど授業についていけなかったから。担任は、授業が始まってすぐの頃は、一応オレのことを気にかけて話しかけてはくれたが、クラスメイトたちが積極的に質問するせいで、終盤になるとオレのことなど忘れて、他の児童ばかりに話しかけていた。やっぱり、オレは捨てられたんだと思った」
休み時間中。
クラスメイトたちは楽しそうに騒いでいる。
小笠原は机に顔を近づけている。
小笠原N「2時間目は国語の授業だった。授業の最初は漢字ドリルをやる流れになっているらしく、周りの状況に合わせながら、読書していて見慣れた漢字を鉛筆で書いた。そこまでは良かった。ただ、そのあとの授業に関しては、1時間目の社会と同じ感じで、どこをどう学べばいいのか分からない状態で、ただ担任の言う言葉を耳に入れるだけの授業。誰も助けてくれない。このまま、オレは誰にも構われずに今日という1日を過ごすのだろうと、寂しくなるだけだった」
授業終了を告げるチャイム。
日直が号令をかける。
小笠原は座ったまま、俯き、涙を流している。
しかし、誰も注意しない。
クラスメイトたちは教室を飛び出ていく。
小笠原N「こうなることは何となく想像はできていた。オレは10カ月間も学校に行っていなかったのだから。オレ自身が、友人を始めクラスメイトたちや先生に、どんなテンションで話しかけていたかを忘れているように、きっと相手も、先生も、オレにどんな感じで話しかけていいか迷っているのだろうと思う。だから仕方ない。今日は仕方ない。誰にも知られないことだけど、今日から、小笠原悠月の第2の人生を歩み始めたのだから。だから、だから……」
小笠原に近づく海都と毅彦の姿。
小笠原は全く気付いていない。
海都「悠月、大丈夫か?」
顔を上げる小笠原。
教科書が涙で濡れている。
小笠原N「男児の声でハッとした。どうやら知らない間に涙を溢していたようで、新品同然の教科書が濡れていた。それに、いつの間にか授業も終わっていて、担任もいなければ、クラスメイトの大半が教室から出ていた」
顔を見ず、頭を下げる小笠原。
小笠原「ごめんなさい」
海都「なんで謝るの? 悠月は悪くないだろ」
小笠原「でも……」
海都「ごめん。悪いのは俺たちのほうだよ」
小笠原は顔を上げる。
海都と毅彦の顔を見てハッとする。
小笠原N「涙で滲む視界。ただ、その中でも瞳がハッキリと捉えた。少しだけ大人な顔付きになった海都と毅彦の姿を」
小笠原「海都、毅彦」
毅彦「久しぶりだな」
小笠原「うん。久しぶり」
海都「よかった、戻って来てくれて」
小笠原「ごめん。心配かけたよね」
毅彦「心配しない奴がいるか?」
海都「そうだよ、悠月。でも、本当に良かった。退院おめでとう」
小笠原「ありがとう」
毅彦「ごめんな、見舞い行ってやれなくて」
小笠原「ううん。忙しかったんでしょ? 野球の試合とかで」
毅彦「まあな」
毅彦は頭を掻く。
少しの笑顔を見せる海都。
海都「ねぇ、悠月。クラブチーム戻って来られるの?」
小笠原「今はまだ難しいけど、徐々に」
海都「そっか。なら良かった」
小笠原「2人はまだ野球続けてる?」
海都「俺はやってるよ。でも、毅ちゃんは辞めてる」
小笠原「え、毅ちゃん辞めたの?」
毅彦 「俺、中学受験することになったから」
小笠原「そうなんだ」
少し間が開く。
小笠原は黒目をキョロキョロさせる。
毅彦 「まぁ、10カ月の間の大きな変化と言えばこれぐらいかな」
海都 「他にもあるけどね」
毅彦 「今はいいだろ」
海都 「じゃあさ、昼休みに話の続きしようよ。俺、悠月の入院生活についての話訊きたいし」
小笠原「うん。いいよ。つまらない話しかできないけど」
海都 「それでもいいよ。俺たちしか知らない10カ月間と、悠月しか知らない10カ月間をつなげよう」
毅彦 「それいいな。俺も混ぜてくれよな」
小笠原「もちろん。あとさ、2人聞いてもらいたい話があるんだ。しかも、1つだけ持ってる面白い話」
海都 「え、めっちゃ気になる!」
小笠原「でも、今は言わない。もうちょっと先に話したい」
毅彦「えー、ずりぃ!」
海都「まあまあ、待ってようぜ」
チャイムが鳴る。
クラスメイトたちが戻ってくる。
小笠原N「中休みの終了を告げるチャイムが虚しく鳴り始めた。オレの気持ちは曇天から快晴に近い状態までに清々しくなっていた。やっぱり、海都と毅彦は変わらず友達でいてくれた。オレは捨てられていなかった。そのことが知れただけで、だいぶ心は軽くなるもんだと、オレは改めて感じた」
給食を食べ終わった児童が教室から去っていく。
食べるスピードが遅いクラスメイトたち数人が残る室内。
その中に小笠原も含まれている。
海都と毅彦が椅子に座り、小笠原と話をしている。
笑い合う3人。
幸せそうな表情を浮かべる小笠原。
小笠原N「海都と毅彦は、10カ月前と変わらないテンションで俺の話を聞いてくれた。でも、転生したという話はしなかった。まだ、星野さんから何の連絡も来ていないから。ちゃんと転生ができたっていう連絡を受けてから、それから海都と毅ちゃんには話そうと思う。きっと2人なら、オレの話を信じてくれるだろうから」
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