2-8

○小学校・駐車場(朝)


   入ってくる1台の軽自動車。

   助手席には小笠原の姿。

   車がゆっくりと停車する。


小笠原N「家を出てから5分、学校に到着。朝早くから来る児童たちがチラホラと見える中、オレだけ車で送ってもらっている。周りから変な目で見られるんじゃないか、そんな妙な緊張からか、ドアを開ける部分を握る手が震えて仕方ない」


   小笠原のことを見る真弓。

   軽く怒りを露にしている。


真弓「何してるの。早く行きなさい」

小笠原「うん……」


   落ち着かない様子の小笠原。

   ハンドル部分を触り、音を出す真弓。


真弓「早く降りてくれないと、仕事いけないんだけど」

小笠原「ねえ、お母さん」

真弓「何?」


   顔を背ける小笠原。

   真弓は怒り続けている。


小笠原「オレって、4年何組だっけ?」


   頭を抱える真弓。

   溜め息を吐く。


真弓「あ、え、そこから言わなきゃいけないの?」

小笠原「ごめん。4年になってから1回も行けてないから……」

真弓「3組。同じクラスに海都君と毅彦君がいる。それ聞けば安心でしょ?」

小笠原「……うん。ごめん、ありがとう。行ってくる」

真弓「分かってると思うけど、無理だけはしないで」

小笠原「うん」


   小笠原、ドアを開ける。

   真弓は前を向いている。

   助手席から降りてくる小笠原。

   静かにドアを閉める。


小笠原N「10カ月ぶりに踏む駐車場のアスファルト。遠い昔のような懐かしさがあった」


   颯爽と駐車場を後にする軽自動車。

   小笠原は時折振り返りながら歩いていく。


○同・児童玄関(朝)


   玄関に入ってくる小笠原。

   辺りを見渡しながら歩く。

   女子2人の笑い声。


小笠原N「6年生の靴箱の前で楽しそうに話す女子二人を横目に、オレは4年と書かれた札が置かれた靴箱から、自分の名前を懸命に探した」


小笠原「(小声)あ、ここだ」


   靴箱の扉を開け、中に靴を入れる小笠原。

   手提げの中から古びた上履きを出す。


○同・廊下(朝)


   歩き続けている小笠原。

   時折、眉を顰めたりしている。

 

小笠原N「調理室の前を通り、理科室の前を通り、廊下途中に出てくる段階を3階までゆっくり上り、教室までの道を確かめるみたいに歩いた。でも、階段が続くだけでキツさがあった。それは病気だったせいもあるかもしれないし、久しぶりすぎて感覚が取り戻せていないだけなのかもしれないとも思った」


○同・4年3組教室(朝)


   教室前で立ち止まる小笠原。

   深呼吸をする。


小笠原N「教室には、まだ誰も来ていなかった。机に貼られた苗字だけの名札を頼りに、オレは自分の座席を探した。5月だから、まだ席替えをしていないだろうと思ったが、そんなことはなかった。まあほんの一瞬だけ、オレ抜きで席替えはしないだろうという、淡い期待を抱いていたが、そのこと自体馬鹿らしいことだった」


   教卓前の席。

   机の上。

   小笠原の名札。

   肩を落とし、落ち込む小笠原。


小笠原「え、よりによって1番前とか最悪だろ……」


小笠原N「オレは、勝手な妄想だが、みんなの邪魔にならない後ろのほうに追いやられているもんだと思っていたから、本当に驚いた。ただ、この席は昔から嫌われる傾向があったから、いつ来るか分からない奴にその席を与えたらいいだろう、みたいな気持ちがあったのだろうと思う。なんだか、負け犬の遠吠えになりそうだから言わないけど、心から叫びたかった。席替えしてくれよ! って」


   ランドセルを机の上に置く小笠原。

   溜め息を吐きながら椅子に座る。

    ×    ×    ×

   (時間経過)

   クラス全員が集う教室。

   小笠原の前。

   中年男性の担任教諭が立つ。


担任「みなさん、おはようございます」

児童たち「おはようございます」

担任「えー、今日から、小笠原君がクラスに戻ってくることになりました」


   まばらな拍手。

   小笠原は前を向いたまま、軽く頭を下げる。


担任「では、朝の会を始めます」

生徒たち「はい」


   担任が話し続ける。

   それを聞きながら頷く児童たち。


小笠原N「担任の先生が出欠の確認をしたあと、連絡事項を伝えていく。こんなに淡々と進むものなのか、疑問でしかなかった」


担任「では、今日も歌の練習をしましょう」

児童「はい」


   立ち上がり、歌っている児童たち。

   小笠原は歌詞を見ながら俯いている。


小笠原N「このタイミングで初めて知ったこと。11月の発表会に向けて、週に2度も練習の時間を設けて歌っていることを。こんなの、小3の頃はなかったのに。周りは菓子を覚えていて、口を大きく開けて歌う。なのに、オレだけは曲も歌詞も何も知らない。スタート地点に立ち尽くしている状態。やっぱり、置いてきぼりだ」


   曲が終わる。

   椅子に座る児童たち。

   小笠原は終始俯いたまま。


担任「はい。この調子で練習を頑張りましょう」

児童たち「はい」

小笠原「(囁き)オレは、ずっと一人だ……」

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