3-7
○遊歩道(夕)
歩いている星野。
リュックを背負っている。
左手には紙袋を提げている。
N「一度目の転生が中止になってからちょうど1か月。時刻は16時30分手前。本来なら転生する時刻の1~2時間前頃に現地に到着できるようにしているが、今回は高坂たっての希望で、夕食の時間から一緒に過ごすべく、星野は15時に退社し、最初に尋ねたときと同じ店のバームクーヘンを手土産に、由紀乃の退院祝いとしてティーバックの詰め合わせを持ち、再び由紀乃の家を訪れた」
○高坂の家・外観(夕)
インターホンを押す星野。
星野の髪が風に靡く。
由紀乃(声)「はーい」
星野「こんにちは。代行サービス運否天賦の星野です」
由紀乃(声)「はいはい。ちょっと待ってね、今開けるから」
星野「ありがとうございます」
星野、少しだけ不安な表情を浮かべる。
N「インターホン越しに聞く由紀乃の声は、少し元気がないように思えた」
玄関ドアが開くと同時に、由紀乃が顔を覗かせる。
ダウンジャケットの下にも服を着重ねている。
首にストールを巻き、温かそうな生地のスカートを履いている。
N「知り合って数か月の星野が見ても分かるほどに表情が乏しくなり、全体的に肉がなく、骨が目立つようになっていた」
由紀乃「来てくれてありがとう。どうぞ、上がって」
星野「お邪魔します」
○同・玄関(夕)
靴を揃えて置き、足を踏み入れる星野。
由紀乃は嬉しそうに微笑んでいる。
スリッパを履かずに歩く星野。
由紀乃はスリッパを履いている。
星野、軽く身震いをする。
由紀乃「(振り返って)ごめんね、まだお夕食の準備をしている途中でね」
星野「いいですよ。あ、何かお手伝いしましょうか?」
由紀乃「ううん。大丈夫。それに星野君にはお料理の内容、内緒にしていたいから」
星野「そうですか。では、すみません、お言葉に甘えさせていただきます」
由紀乃「すぐに作るからね、ちょっと待っていてね」
星野「はーい。ふふっ」
歩く由紀乃の後ろをついていく星野。
由紀乃の歩幅は小さい。
転ばないように一歩ずつ確実に歩いていく。
○同・リビング(夕)
N「部屋に入ると、ストーブならではの暖かさで包まれていて、どこかホッとするような感じに包まれる。キッチンへと向かって歩き出す由紀乃に、星野が後ろから呼び止める」
星野「高坂さん」
由紀乃「はーい。何かしら?」
星野「退院、おめでとうございます」
星野、紙袋の中から小包を手に取る。
そして、それを由紀乃に差し出す。
由紀乃「開けていい?」
子供のような笑みを浮かべて星野を見る。
星野もニコニコと笑いかける。
星野「もちろん。気に入ってくださるとうれしいのですが」
包みを開ける由紀乃。
中身が見えた瞬間に、パッと顔色が明るくなる。
由紀乃「これ、高級店のティーバックじゃない。いいの?」
星野「えぇ、是非お飲みください」
由紀乃「ありがとう。転生から帰ってきたら、楽しみに飲ませていただくわね」
星野「はい」
由紀乃「でも、もうこの歳でおめでとうなんて、なんだかむず痒い」
星野「そんなこと言わないでくださいよ。まだまだお祝いさせてください」
由紀乃「ふふっ、本当に星野君はお優しくていい方ね。よかったわ、あの頃と変わっていなくて」
星野「え?」
由紀乃「あ、ううん。何でもない。お料理できるまで、待っていてね」
星野「はい」
星野は少しだけ頭を下げ、会釈する。
星野「あと、よかったらこれ、富子さんへのお土産にお使いください」
由紀乃「あら、いいの?」
星野「はい。今回はお抹茶のバームクーヘンです。富子さんの居場所を突き止めた友人が、富子さんがお抹茶を好きでいると聞いたようで」
由紀乃「そう。もう富子も子供じゃないものね。抹茶ぐらい、好きよね」
洟をすすり、涙目になる由紀乃。
涙を拭って、笑顔を浮かべる。
由紀乃「ありがたく使わせてもらうわね。あぁ、富子へのお土産ができてよかった。何あげようか迷っていたのよ。本当助かったわ」
星野「いえ、高坂さんのお助けができて良かったです」
微笑み合う星野と由紀乃。
由紀乃「さあさあ、お料理を作ろうかね」
星野「お願いします。フフッ」
N「キッチンに立ち、由紀乃は途中だった夕食づくりを再開する。その間、どうしても星野のことが気になって、チラチラと見てしまう。すると、椅子に座っている星野と目が合い、由紀乃は意を決して口を開く」
由紀乃「あのね、星野君。この前聞けなかったことがあるの」
星野「どんなことでしょう?」
由紀乃「キャンセル料って、どうなっているの?」
星野「キャンセル料……、ですか」
由紀乃「ほら、先月、入院しちゃって一度キャンセルしてプランを変更したでしょう? だから、そのキャンセル料は、どうなっているのかしら?」
数秒の間。
星野、ポケットからスマホを取り出す。
星野「すみません……、キャンセル料のこと何も考えていなくて」
由紀乃「えっ、そうなの?」
星野「至急、同僚と相談するので、少しお時間いただいてもいいですか?」
由紀乃「ええ。その間に夕食を完成させておくからね」
星野「はい」
○同・廊下(夕)
田辺に電話をかける星野。
○同・キッチン(夕)
由紀乃はフライパンで肉を蒸していく。
N「この音を聴くのも、誰かのために料理を振る舞うのも、久しぶりのことで、由紀乃の気分も少しばかり高揚している」
ドアの開閉音。
戻ってきた星野。
星野「高坂さん、キャンセル料のことですが、今回はいただきません」
由紀乃「どうして?」
星野「高坂さんの場合、体調不良でのキャンセルです。致し方ないことと判断しました。なので――」
由紀乃「(遮って)でも、お仕事の予定狂わせてしまったわ。お金、払わせていただけないかしら」
星野「これは僕だけの判断ではありません。副社長と話し合った結果ですから」
由紀の「そう……。それじゃあ、その言葉の意味をそのまま受け取らせてもらうわね。ありがとう」
星野「いえ。こちらこそキャンセル料のこと聞いていただいてありがとうございました。僕も副社長もすっかり忘れてて」
由紀乃「(微笑み)お二人とも、少しおっちょこちょいなのね」
星野「(笑顔)ですね」
N「それから10分。料理を盛り付けた皿を手に、星野が待つテーブルへ運ぶ由紀乃。星野は、料理の匂いを感じ取り、段々と表情を晴れやかにしていく」
テーブルの上にハンバーグが乗った皿を置く。
由紀乃「はい、お待たせ」
星野「えっ、これって」
由紀乃「そうよ。今もお好きかどうか分からなかったんだけど」
星野「(興奮)好きです、大好きです! ハンバーグ、しかも綺麗な円形の!」
由紀乃「良かったわ。昔テレビのインタビューで言っていたものね、お母様が作るお月様みたいなハンバーグが大好きだって」
星野「懐かしい。覚えていてくれたんですか?」
由紀乃「もちろん。富子も健蔵もハンバーグが大好物だったから、ついあの子たちのことも重ねちゃってね」
星野「そうだったんですね。嬉しいです」
由紀乃「さぁさぁ、食べましょう」
星野「はい」
星野はハンバーグを箸で切っていく。
溢れる肉汁。
無邪気な笑顔を浮かべる星野。
由紀乃も幸せそうにしている。
N「由紀乃が数年ぶりに作ったハンバーグ。中にもしっかりと火が通っていて、それなのに噛むたびに肉汁がぶわっと溢れてくる。母が作るハンバーグも好きだが、由紀乃の作るハンバーグも好きだと思えた星野。終始口元がにやけている。そして星野と高坂は、一緒に食べる最初で最後の夕食のひと時を楽しんだ」
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