2-5(2-4続き)
椅子に腰かける星野。
小笠原に視線を向ける。
星野 「じゃあ、早速質問して行こうと思うけど、準備はいいかな?」
小笠原 「うん、いいよ」
パソコンを立ち上げ、手短に文字を入力する星野。
星野 「はじめに。どうして、運否天賦のサイトにメッセージをくれたのか、もう一度話してもらってもいいかな?」
小笠原 「はい。えっと、オレ、いま病気のせいで、学校に全然行けてなくて。オレ、こう見えても比較的友達も多いほうだし、先生とも仲よかったんだ。それで、転生して元気になったら、また学校行けるかなって。友達と遊んだり、野球したりできるかなって」
星野 「なるほどね。学校が好きなんだね」
小笠原 「うん。勉強は苦手だけど。みんな面白くて、いい人ばっかりだから」
星野 「そっか。いいお友達と先生に囲まれてるんだね」
小笠原、大きく頷く。
小笠原N 「頷いたが、ただ、今言ったことはオレが思っているだけであって、もしかしたら、友達と言っている中には、実際にオレのことを友達だと思っていない人も多いかもしれない。だって……」
星野 「あと、2回目に送ってくれたメッセージに書いてたけど、野球チームに所属してるんだってね?」
小笠原 「はい。まぁ、チームにオレが居てもいなくても変わらないけど、ただ、オレはプロ野球選手になりたいから、それで所属してるだけだけど、それがどうかしたの?」
星野 「そっか。小笠原君はプロ野球選手になりたいのか。なるほどね」
早いスピードでタイピングする星野。
小笠原は星野の手元を見て、口を大きく開けている。
小笠原 「タイピング、早すぎ」
星野 「そうかな? これ遅いほうだよ」
小笠原 「そうなの?」
星野 「僕の代わりにメッセージ打ち込んでくれた副社長なんて、もう俊敏過ぎて、誰も勝てないぐらい」
小笠原 「すごっ」
星野 「でも、最初からできる人なんていないから。みんな努力してるんだよ」
小笠原 「そっか」
小笠原に微笑む星野。
星野 「ほかにも、転生後にしてみたいことはあるかな? 」
小笠原N 「年下のオレに対して低姿勢を続けつつも、ひとつひとつの話に耳を傾け、頷いてくれる星野さん。砕けた感じの語尾で色々と質問してくれた。最初の頃は表情が強張っていたし、どういう感じで話をすればいいのか迷っていたが、星野さんが醸し出す穏やかな雰囲気に、オレは自然と飲み込まれていた。そして、星野さんもまた、オレのことをナチュラルに悠月と呼ぶようになっていた。嬉しかった」
星野 「次の質問は、悠月のご家族について教えて欲しいんだけど、いい?」
小笠原 「うん。いいよ。えっとね、オレの家族は――」
小笠原N 「家族構成とか、両親と兄姉の年齢とか、両親の仕事について訊かれたオレは、ちゃんと答えた。すると星野さんは唇をぎゅっと噛んだ。意図するところは分からなかった」
星野 「そうなんだ。でも、ご家族は、と言うよりも、医療関係者さん以外は、ここには暫く来ていないみたいだね」
小笠原 「どうして分かったの?」
星野 「ご家族の話をしているとき、どこか寂しそうな目をしてたからだよ。悠月は家族に会いたいって言ってるけど、ご両親やお兄さん、お姉さんが会いに来てくれないのかなって思ってさ」
小笠原 「うっそ、すげぇ」
星野 「それに、悠月が学校の話してるときは楽しそうだったのに、ご家族の話となると急につまらなそうに言うから、お友達とか先生とかも来てないんだろうなって」
小笠原 「探偵みたい」
星野 「僕は探偵じゃないよ。ただの転生好きの社長さ」
小笠原 「何それ、おもろ」
笑い合う星野と小笠原。
太陽が沈みかけている。
小笠原N 「知らず知らずのうちに、星野さんに心を許し、そして自然な笑顔を浮かべられるぐらいになっていた。緊張していたのが嘘みたいに」
星野 「本当は、会いに来て欲しいんでしょ?」
小笠原 「だって、オレ、小3の2学期から今日まで、ずっと学校行ってないから、会えてないんだもん。連絡とってるけど、みんな返信遅いし。まぁだから多分、向こうはオレのこと何とも思ってないんだろうなって」
星野 「そっか。そうだよね、難しいよね、相手が自分のことどう思っているかなんて」
暗い表情を見せつつも、小笠原にはにかむ星野。
小笠原 「まだ質問ある?」
星野 「あるよ。たくさん」
小笠原 「じゃあ次の質問もしてよ」
星野 「いいよ」
小笠原N 「それからも制限時間いっぱいまで、オレは星野さんに投げかけられる質問に、誠心誠意、嘘偽りなく答えた。オレの話にちゃんと耳を傾け、頷きながらも、スピーディーに文字を打ち込んでいく星野さん。かっこよすぎて、男として惚れそうだった。そんな星野さんが最後に訊いてきた質問は、これだった」
星野 「悠月は、転生するの怖くない?」
小笠原 「え、それ今ごろ聞く?」
星野 「(惚けて)いや、聞き忘れてたから」
小笠原 「オレ、転生したい。早く元気になりたい」
星野 「そっか。分かった。じゃあ、今日は時間だから、あとはサイトのメッセージ機能でやり取りしよう。僕もまだ悠月に訊いておきたいことあるし、悠月も転生に関する質問とか、訊き足りてないことあるだろうからね」
小笠原 「え、あのさ、今ここで訊きたいことあるんだけど、駄目?」
星野 「1つだけなら、いいよ」
小笠原 「星野さんは、オレに転生したら、死んじゃうの?」
真剣な眼差しを星野に向ける小笠原。
吹き出すように笑い始める星野。
星野 「ははは、心配してくれてるのか?」
小笠原 「べ、別にそんなんじゃないから!」
星野 「大丈夫。確かに僕は君の病状をそのまま受け継ぐ形になるけど、死にはしないから安心してくれ。それに、転生が完了していることは僕が出す手紙でしか証明できないから、詳しくは突っ込まないでくれよ」
小笠原 「その辺の仕組みはよく分からないから、そのまま放っとく。でも、死なないなら良かった」
星野 「おう。じゃあ、残りはサイトの――」
小笠原 「ごめん、最後にこれだけ、ほんと最後だから!」
星野 「特別。何が聞きたい?」
小笠原 「あのさ、転生がお仕事なんでしょ? お金ってどれぐらい払えばいいの?」
腹を抱えて笑う星野。
小笠原の耳が次第に赤くなっていく。
小笠原 「ちょっと、笑わないでよ」
星野 「ごめんごめん。転生が完了したって手紙と振込先の詳細を書いた紙を一緒に送るから、自分で通帳を持って、お金にも余裕が出てきてから支払ってくれたら、それでいい」
小笠原 「え、だいぶ先になるけど、いいの?」
星野 「じゃあ、転生したこと、親御さんに話して、先にお金払ってもらう?」
小笠原 「それは……、できない」
星野 「そうだろ? だから、今はお金のことは心配しなくていいから。それに、仕事の依頼をくれたのは、悠月が初めてなんだ。だから、特別サービスでお安くしておくから。ふふ」
小笠原 「なにそれ、めっちゃ怪しい」
星野 「怪しくないよ。それに詐欺じゃないから。僕が欲しいのはお金でも仕事でもない。僕が転生した人たちが幸せに暮らせる状況だけだからさ」
小笠原 「カッコいい」
星野 「ははは。って、こんな時間。行かなきゃ」
小笠原 「いっぱい質問するから!」
星野 「うん。待ってる」
鞄にパソコンを入れる星野。
瞬時に椅子から立ち上がり、笑顔を見せる。
小笠原 「今日は来てくれてありがと。楽しかった」
星野 「楽しかったなら何より。急に押しかけてごめんな」
小笠原 「全然。また来てよ」
星野 「もちろん。次会うとしたら、転生のときだろうけど」
小笠原 「いいよ。それまでオレ、治療頑張るし、楽しみに待ってるから」
星野 「うん。じゃあ、またね悠月」
小笠原 「バイバーイ!」
星野は小笠原に手を振りながら病室を出て行く。
小笠原も手を振り返す。
ドアが閉まる前、星野は一礼する。
小笠原 「(呟く)めっちゃ丁寧な人」
スマホの電源を入れる小笠原。
太陽は山の向こうに隠れている。
小笠原N 「急に静かになった部屋。寂しさを紛らわすために、あのサイトを開いた。そこには、既にオレ宛てのメッセージが送られてきていた。アイコンは、満月が浮かぶ夜空を切り取ったものだった」
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