2-6
○道路(夕方)
歩道を歩く星野の姿。
すれ違う人と会釈を交わす。
○小笠原の病室(夜)
窓の外を眺めている小笠原。
手にはスマホ。
画面には星野とのメールのやり取りが表示されている。
小笠原N「星野さん最初に会った4月26日以降、オレは星野さんとメールでやり取りを交わしていた。次に会うのは転生のときだって言われていたけど、星野さんがオレに訊きたいことがあるから、と言って、転生前にもう1回会うことになった」
○同・休憩室(朝)
小笠原の隣にすわる塩崎。
折り紙で遊んでいる。
小笠原「楓真」
塩崎「なーに?」
小笠原「今日の午後から帰るんだよね?」
塩崎「うん! 今日の午後帰って、明日丸一日お家で過ごして、それで、6日の午前中に帰ってくるんだよ!」
小笠原「楽しみ?」
塩崎「うん!」
小笠原「そっか。楽しんできてね」
塩崎「うん!」
小笠原N「2回目の面会日は、オレには特に関係がない連休が終わる前の、5月5日。この日は、またまたオレにとって絶好のチャンスだった。なぜなら、楓真の一時帰宅が許されていたから。どうやら、楓真が願ったことではなく、死ぬ前に、家に連れて帰ってあげようという親の願いだったようだが。それでも、この病院にいないということだけで、だいぶ心持が違うように思えていた」
○同・小笠原の病室
ベッドの上にいる小笠原。
椅子に座り、小笠原と目を合わせながら話をしている星野。
笑い合っている。
小笠原N「オレは星野さんとみっちり話をして、未成年だけど親の許可なしでいける契約書にサインをして、転生の日が来るのを、誰にも言いふらさず、ただただ静かに、でも内心ウキウキの状態で待つことになった」
星野「それでは、Let’s meet again on a full moon night」
小笠原「え、い、今なんて?」
星野「へへっ、内緒」
小笠原「ちょっと~」
星野「また会おう、満月の夜に」
軽く手を振って病室を出て行く星野。
小笠原も手を振って見送る。
○同(朝)
薄明りの病室内。
スマホで時間を確認する小笠原。
小笠原N「5月16日、ついに、待ち侘びていたこの日がやって来た。オレは朝から興奮冷めやらぬ状態だった。寝たいと思っても、ワクワクから夜中何度も目が覚めたし、今も胸は常にドキドキと激しく鼓動を響かせている。時刻は午前8時を過ぎたところ」
病室に置かれている棚の上。
小笠原に対して書かれた寄せ書きと共に置かれている写真立て。
その中には、塩崎と小笠原とのツーショット写真が入っている。
小笠原N「この小児科病棟に入院している連中と過ごす最後の日。だからオレは決めたことがある。それは、楓真とだけ、最高の思い出を作っておくこと。もちろん楓真のことは可愛い弟という感じがして好きだ。でも、それ以上に、一番に慕ってくれていたけれど、オレは楓真の気持ちをよく知りもせずに、平気な顔して裏切ったから。だから、夜まで楓真と一緒に、元気に過ごせればそれだけでいい。そう思っていた」
○同・病棟廊下(朝)
病室と廊下を隔てるドア。
そのすぐ横の壁。
ネームプレートに塩崎楓真の文字。
小笠原、少し引き攣った表情でドアをノックする。
ドアの向こうから微かに聞こえる塩崎の返事の声。
顔を両手でもみほぐし、笑顔を作る小笠原。
小笠原「開けるよ」
楓真「いいよー!」
ドアの取っ手に手をかける小笠原。
そのままスライドさせて中に入る。
○同・塩崎の病室(朝)
キャラクターがプリントされたTシャツを着ている楓真。
ベッドの近くで立っている。
手を挙げる小笠原。
小笠原「楓真、おはよう」
塩崎「ゆづ! おはよ!」
小笠原「今日も元気そうだね」
塩崎「元気だよ! ねえゆづ、今日は何して遊ぶ?」
小笠原「楓真がオレとやりたいことなら、何でもいいよ」
塩崎「じゃあ、神経衰弱!」
小笠原「また~? ハハハ、楓真、最近お気に入りだろ、神経衰弱」
塩崎「だって、簡単だもん!」
小笠原「そっか。よーし、じゃあ、他の子も誘っておいで」
塩崎「わかった!」
○同・休憩スペース
歩いて入る小笠原。
スペースの真ん中。
女子3人が着せ替え人形を手に遊んでいる。
小笠原「おはよう」
女子3人「おはよう」
隅に置かれた椅子に腰かける小笠原。
トランプの箱を開け、不器用ながらシャッフルしていく。
部屋に入ってくる塩崎、藤岡、戸田。
塩崎「ゆづ! 呼んできたよ!」
藤岡と戸田「おはよう」
小笠原「おはよう」
塩崎「早くやろーよ!」
小笠原「うん」
小笠原N「結局はいつものメンバーで、代わり映えしない集団の完成だ。みんな、病気を抱えている箇所も違えば、入院している期間も違う。オレが病気になっていなかったら出会うことのなかった人たち。正直同じクラスにいたとしても、仲良くなるかどうかも不明だ。ただ、特にやることがなく、遊ぶ相手もいないから、一緒に居るだけ、という感じでしかない集まりに過ぎない」
トランプを囲むように座る4人。
笑ったり、悔しがったりしながら、神経衰弱を楽しんでいる。
小笠原N「オレたちはずっと、飽きることなく神経衰弱だけを、計5回も繰り返した。いつもなら、一番年上のオレが勝つ率が高いけれど、今日はそれぞれに勝利を譲ってやった。みんなはオレに勝てたことに、純粋に喜びを見せた。これでいいんだ。オレはただ最後に、みんなの喜ぶ顔が見たかっただけだから。これで、特に思い残すことなく転生できるはずだ。この世に生まれてから3637日。オレは深夜0時から”新生 小笠原悠月”として、第2の人生を歩み始める」
藤岡「いえーい! 勝った~!」
塩崎「負けちゃった!」
悔しがる塩崎。
そのまま床に顔を押し付け、苦しみ始める。
藤岡「おい、楓真!」
戸田「先生呼んでくる」
おろおろする小笠原。
目には涙を浮かべている。
○同・小笠原の病室(夜)
空に浮かぶ月を眺めている小笠原。
楓真が作った折り紙を持っている。
小笠原N「澄んだ空に浮かぶ月。『大きなウサギがお餅をついている!』そう楓真が言っていた。それに、『将来、お月様に住むウサギさんと一緒にお餅が食べたい』とも。その当時のオレは楓真に対して尖った態度を見せていたために、楓真を傷つける発言をしてしまったが、今考えれば、楓真は自分の命がもう長くないことに気付いて、それで言ったのだろうと思う。そして、オレは思う。きっと今頃、楓真は月に住むウサギたちと楽しくお餅でも食べているんだろうな、と」
折り紙を握りしめ、涙を流す小笠原。
× × ×
(時間経過)
小笠原N「消灯時間を過ぎると、一気に静かになる。オレはイヤホンを耳に装着して、わざと大音量で音楽を流し、眠らないようにしていた。眠ってしまうことなど、許されないのだから」
廊下から聞こえてくる足音。
少しずつ近づいてくる。
スマホに表示される時計を見る小笠原。
時間を見て、慌てふためく。
小笠原「やべ」
イヤホンを外し、枕の下に入れる小笠原。
目を閉じ、寝たふりをする。
ドアを開け、中に入ってくる看護師。
しばらくして、出て行く。
小笠原はゆっくりと瞼を開ける。
小笠原「(小声)もう大丈夫だよ」
星野「はーい。出るからね」
ベッドの下から身体を少しずつ覗かせる星野。
星野「よいしょ」
小笠原「出られる?」
星野「うん。身長あるけど、細いから」
ゆっくりと立ち上がる星野。
そして伸びをする。
星野「あー、流石に身体バッキバキだ」
小笠原「それで転生できるの? 大丈夫?」
星野「できるよ。心配しなくて大丈夫」
ニコニコと笑い、小笠原にVサインをする。
小笠原N「消灯時間ギリギリに、看護師たちの目を掻い潜ってやって来て、1度目の巡回が終わる時間まで、ずっと同じ姿勢でベッドの下に潜り込んで待っていた。オレなら絶対に待てない時間を、ずっと待ち続けた星野さんの忍耐力のすごさに、正直驚きが隠せなかった」
小笠原「お待たせ」
星野「全然。こんなの待ったうちに入らないから」
笑いながら椅子に腰かける星野。
小笠原は星野のことをずっと見続ける。
ベッドサイドのランプが灯っているが、薄暗い部屋。
星野「悠月、これが最後の忠告だから、よく聞いて」
小笠原「うん」
顔を近づけ、小声で話す星野。
小笠原は真剣な表情を向けている。
× × ×
(時間経過)
星野がスマホで時間を確認する。
スマホの画面。23時59分の表示。
星野「さぁ、時間だ。準備はいい?」
小笠原「うん」
星野「よし、それじゃあ、僕の言う通りに動いて」
小笠原「うん」
星野「まずは目を閉じる」
ぎゅっと瞼を閉じる小笠原。
小笠原「閉じた」
星野「次は、僕と手を繋いで」
小笠原は頷き、力強く星野の手を握り閉める。
小笠原「繋いだよ」
星野「うん。じゃあ、僕がせーのって言ったら、今よりも力強く手を握るんだ」
小笠原「分かった」
星野「準備はいい? いくよ」
小笠原「うん!」
星野、軽く咳払いをする。
そして、目を閉じる。
星野「せーのっ」
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