1-9
○居酒屋・外観(夜)
赤提灯が下がっている居酒屋外観。
その前を歩いている星野と田辺。
店内からは、大声で騒いでいる男性たちの声が聞こえている。
星野N 「僕が15歳のときに気付いた、ちょっと変わった能力についての興味が尽きない田辺は、息継ぎをする間もないほどに、次々に質問を投げかけてきた」
星野 「始めての転生先は、裏返ってた蝉。すっげぇ短い命だった」
田辺 「(揶揄い)なーんで蝉と通じ合ってんだよ」
星野 「分からないよ。でも、感じちゃったんだよね、テレパシー的な?」
田辺 「それを言うなら、シンパシーじゃねぇの?」
星野 「あ、それだ。ッアハハハ」
田辺 「よく笑ってられるよ」
星野N 「あっけらかんとする僕に対し、田辺はまじめな性分からか、間違いを突っ込まずにはいられないみたいだった。でも、それが田辺のいいところでもある。間違いは指摘してもらわなければ、なのだから」
田辺 「あのさ、さっきから無視だの動物だのに転生した話ばっかしてるけどさ、人間に転生したことはないわけ?」
星野 「あるよ。能力を唯一信じてくれた、僕のおばあちゃんに。一度だけね」
田辺 「じゃあ、もしかして死――」
星野 「え、死んでないよ?」
田辺 「(隠せない驚き)え、は? 死んでない?」
星野 「(真面目に)うん。90歳になった今でもピンピンしてる」
田辺 「(動揺して)あ、へぇー、そーなんだ。うん、あ、へえ」
頭を掻いたり、ポケットに手を突っ込んだりする田辺。
動揺から明らかに落ち着きがなくなっている。
その田辺を見ながら笑う星野。
田辺も、そんな星野につられて笑いだす。
○河川敷(夜)
懐中電灯を手に持ち、歩いている星野と田辺。
星野 「田辺、真剣な話、してもいい?」
田辺 「何だよ、急に」
星野 「僕の能力は、人の役に立つと思ってるんだ」
田辺 「どういうことだ?」
星野N 「僕は田辺に対し、将来に描いている、自分の能力を活かしたビジョンについて、田辺の相づちを聞きながら語り続けた。そして、僕はその話の最後に、少し格好よく、クールな口調でこう言った」
星野 「僕、何度死んでも、その度に星野昇多として戻って来られるからさ」
顔をクシャっとさせる星野。
呑気に笑い始める。
田辺、頭を両手で抱えて悶絶し始める。
星野 「でもさ、結構人の役に立つと思わない? まぁ需要は少ないかもしれないけど」
田辺 「星野はさ、例えば、どういう場面で役立つと思ってる?」
星野 「そうだなぁ、うーん、うまく言葉にはできないかもだけど、なんで自分がこんな病気になって、こんな辛い思いをしなきゃいけないの? って思ってる子の元に僕が行って、その子に転生すれば、その子供は自分が願う幸せな生活が送れるんじゃないかなって。まあ僕は場合によっては死ぬかもしれないけど、さっきも言った通りで、何度でも生き返ることができるからさ。だから、役に立つのかなって」
田辺 「なるほどな」
星野 「うん……、まあ、そういう感じ」
田辺 「っていうことは、そういう能力を活かして、その、人助けも含めた企業を立ち上げる……ってことでいいのか?」
星野 「つまりは、そういうことっ!」
星野は天真爛漫な様子で田辺の顔を見る。
田辺 「(納得)なるほどな」
星野 「そういうことだから、ねぇ田辺、僕と一緒に起業しない?」
○アパート・中(夜)
テーブルの上に置かれたパソコンとタブレット端末。
画面を交互に凝視している田辺。
星野は缶ビールを手に、田辺に話しかける。
星野N 「能力について話をした翌日から、帰宅後、僕らは会社設立に向けての話し合いを始めた。夢はでっかく、をモットーに、今の社会では到底実現が難しいであろうことも、ノンアルビール片手(田辺は頑なにノンアルチューハイを片手)に、熱く語り合った。絶対に単位を落とせないという中で、経済学部で学ぶ僕が会社全体の問題について考えを練り、情報学部で学ぶ田辺がシステム関連の問題について頭を捻り続けた。そして、一切の妥協を許さない僕らは、時にはいくつもの意見を真っ向から対立させ、理想に近い会社を起業させるべく、コツコツと勉強に励む毎日を送っていた」
○大学・講義室
後ろの座席に座る男女グループ。
就活に向けての話をしている。
その横を通り過ぎる星野。
拳を胸に当てる。
星野N 「大学3年ということもあり、ちらほらと周りの学生らが就活生として動きを強める中、僕と田辺は、全くそういう周りの環境に飲み込まれず、自分たちのペースを貫き通しながら、夢の実現に向けての動きを強めるばかりだった。もちろん、将来に全くの不安がないわけではない。ただ、僕は田辺となら絶対に起業できると信じていたからこそ、頑張れていた部分もあった」
○アパート・中(朝)(大雨)
床に散乱している資料。
開いたままのパソコン。
計算ソフトの画面が開かれている。
星野N 「4年になってから早5か月。完全に周囲の学生らに置いて行かれ、孤立していた僕ら。もし上手くいかなければ、確実に追い込まれ、親からも厳しく叱られることだろう、そんな危機的な状況の中で迎えた運命の日。この日は、近年稀にみる大雨が降り続け、時折台風並みの強風が吹き荒れるという天候だった。まるで神から見放されているみたいな、そんな気もしなくはなかった」
○同・洗面所(朝)(大雨)
スーツ姿の田辺と星野。
鏡を見ながら髪型を整えている。
星野N 「入学式以来のスーツを着用し、無造作に伸びた髪をワックスでガチガチに固めて、身だしなみを清潔に整えた。久しぶりに前髪を上げると、視界が開けて、少しだけ明るい世界を見られるような気がした」
○同・玄関(朝)(大雨)
星野と田辺は、防水カバーを付けたリュックを背負う。
玄関の扉を開ける田辺。
激しい雨音。
玄関の扉が閉め、鍵がかかる。
星野N 「こんな悪天候の中だと、向かうにもいろいろと大変だったが、僕らは、ダイヤが乱れている電車とバスを乗り継いで、目的地へと向かった」
○バス車内(大雨)
バスに乗っている2人。
隣同士の席に腰かけている。
星野 「田辺、今日まで、とりあえず、ありがと」
田辺 「何だよ、急に」
星野 「いや、ちゃんとお礼を言わなきゃって思って」
田辺 「お礼なら、全部が終わってからにしろよ」
星野 「だよね、うん。分かったよ」
バスのアナウンスが流れる。
星野が降車ボタンを押す。
星野N 「それから時間をかけて、すべての手続きを終えた僕ら。代表を務めることになる僕のチェックと、しっかり者の田辺による最終確認をしておいたこともあり、書類の抜かりといった不備はどこにもなく、スムーズに、とんとん拍子で進められた。
○アパート・中(夜)(大雨)
玄関にリュックを置く星野と田辺。
その場でスーツを脱ぎ始める。
星野 「結構濡れちゃったね」
田辺 「だな。さっさとシャワー浴びて行こうぜ」
星野 「そうだね」
星野N 「その日の晩(遠回りのせいで遅くなった)、一度アパートに帰り、重要な書類を置き、シャワーでワックスと汗を流し、ラフな格好に着替え、午前よりも強い雨が打ち付ける中、僕と田辺は久しぶりに、近所にある居酒屋へと足を運んだ」
○居酒屋・外観(夜)(大雨)
雨風に晒される赤提灯。
星野と田辺、入口の前で傘を閉じる。
○同・中(夜)(大雨)
3人しかいない店内。
テレビでは、夕方のニュースが放映されている。
星野と田辺はカウンターに腰かける。
店長 「おう、久しぶりだな」
星野・田辺 「お久しぶりです」
店長 「ドリンクは、いつものでいいか?」
星野 「はい」
田辺 「おつまみは適当に、お願いします」
店長 「あいよ」
星野N 「会社を立ち上げるという夢を掲げてから今日までノンアルのビールで飲酒を我慢していた僕は生ビールを、ノンアルのチューハイばかり飲み続けていた田辺は焼酎の炭酸割り、あとは店長セレクトのおつまみを注文し、運ばれてくるのをくだらない会話をしながら待っていた」
田辺 「星野、飲みすぎんなよ。酔った星野連れて帰るの、結構大変なんだからな」
星野 「大丈夫。飲んでも2杯までって決めてるからね」
田辺 「なら良いけど」
星野 「そういう田辺のほうこそ、飲みすぎちゃダメだよ。どっちも潰れたら元も子もないからね」
田辺 「分かってるって。俺も飲んでも3杯までだから」
店内に入ってくる会社員たち。
疲れ果てた顔をしている。
店長 「お待たせしました――」
料理が盛られた皿からは湯気が立っている。
ジョッキの中で氷がぶつかり合う。
星野・田辺 「ありがとうございます」
店長 「あいよ。ごゆっくり」
星野、ジョッキや皿を前に目を輝かせる。
星野 「美味しそうだね」
田辺 「だな」
星野 「よーし、早速乾杯しよっか」
田辺 「ぬるくならないうちにな」
ジョッキを持つ。
星野は頬を緩ませる。
星野 「ではでは、えー、夢にまで見ていた会社なるものを、無事に設立でき――」
田辺 「(笑う)今はまだそういうんじゃねぇだろ」
星野 「アハハ、まだ早かったかな?」
田辺 「もう、こういうのはパァーッと軽くでいいんだよ」
星野 「あ、そっかそっか。じゃあ、仕切り直しで……」
咳払いをする星野。
星野 「とりあえず、お疲れ~!」
田辺 「お疲れ!!」
飲料を口に運ぶ星野と田辺。
嬉しそうな表情を互いに浮かべている。
○(回想終わり)同・外観(夜)(大雨)
星野N 「こうして、僕と星野は大学を卒業する前に、”代行サービス運否天賦” を立ち上げ、星野が代表取締役社長兼サービスの提供者を、田辺が副社長兼システムエンジニアとして、それぞれ就任したのだった」
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