3-2

○同・外観


   玄関に立つ星野。

   ドアが開く音と共に顔を上げる。


由紀乃「お待たせ。どうぞ入って」

星野「ありがとうございます。お邪魔します」


○同・玄関


   広めの玄関。

   そこに置かれている一足のスニーカー。

   星野はその隣にローファーを綺麗に揃えて置く。 

   際立つスニーカーの小ささ。星野はふっと微笑む。


星野「随分とお綺麗にされてるんですね」

由紀乃「一人なのに、って思ったんでしょ?」

星野「いえ、そんなことはないです」

由紀乃「スーパー以外に行く所もない老人なんて、掃除ぐらいしかやることがなくて暇なのよ。それで、いずれはここも手放すことになるだろうから、せめて売却するまでは、おうちだけでも綺麗な状態にしておいてあげたくてね」

星野「お元気な証拠ですね」

由紀乃「(微笑み)ありがとう」


○同・廊下


   リビングへとつながるドア。

   由紀乃の皺だらけの手でドアを開ける。


○同・リビング


   全体がアンティーク調の家具で揃えられている。

   天井からは一部にステンドグラスが施された照明器具がぶら下がる。

   星野は目尻を垂らし微笑む。


星野「すてきなお部屋ですね」

由紀乃「もう、今はこの空間でしか生活していないのよ。だから、昔よりは散らかってしまってるんだけどね」

星野「そうなんですね」

由紀乃「もったいないとは思っているのよ。でも、この歳になると階段の上り下りが大変でね、月に1回の掃除のタイミングぐらいでしか、行かないのよね。いつか、賃貸でもいいから、だれか使ってくれたらいいんだけどね」

星野「僕、この家住んでみたいなぁ」

由紀乃「住んでくれるのかい?」

星野「はい。ぜひ。いつか、いや、絶対住みます」

由紀乃「ありがとうね」


   テーブルの上に置かれている食パン。

   バッククロージャ―は中途半端に袋を止めている。


由紀乃「飲み物、何がいいかしら?」

星野「何でも飲めます! 好き嫌いないですから」

由紀乃「ふふっ、そうなのね。それじゃあ、レモンティーなんてどうかしら? たぶん、いただきものに合うと思うんだけど」

星野「合いますよ、お渡ししたの、レモンが練り込まれたバームクーヘンなので。それに、店員さんにおすすめされたんです。紅茶と一緒に食べると美味しさが増すんですよ、って、」

由紀乃「あら、そうなの。じゃあ、私はストレートにしようかしら」

星野「それもいいですね」


   星野は小さく頷く。

   ゆっくりと歩き、キッチンに向かう由紀乃。

   振り向き、星野を見る。


由紀乃「そういえば、お名前、星野君っておっしゃっるのよね?」

星野「はい。そうです」

由紀乃「星野君って、子役やられていたでしょ?」


   由紀乃の発言に目を細める星野。


星野「(照れ笑い)ご存じなんですね。ありがとうございます」

由紀乃「もちろん。ふふふ、引退してから、こんなに大きくなっていたのねえ」

星野「(はにかむ)よく言われます。それに、嬉しいです。知っていただいていて」

由紀乃「亡くなったおじいさんと応援していたのよ。我が子の成長を見守っているみたいにね」

星野「ありがとうございます。嬉しい」


   由紀乃は食器棚の中から、お揃いのティーカップを取り出す。

   ゆっくりと歩き、ダイニングテーブルの上に運ぶ。

   沸き立てのお湯をティーバックに注いでいく。


由紀乃「ねぇ、星野君は、今どんなお仕事をされているの?」

星野「実は、今年から社長業をはじめまして」

由紀乃「えぇ、あの星野君が社長さん? びっくり」


   目を細める星野。

   ポケットから名刺ケースを出す。

   そして中から名刺を取り出す。


星野「これ、よかったら。僕の名刺です」

由紀乃「ありがたく、頂戴します」


   星野から名刺を受け取った由紀乃。

   首から吊るしていた老眼鏡をかけ、眺め始める。


由紀乃「代行サービス運否天賦?」

星野「そうです」

由紀乃「どんなことを仕事にされてるの?」

星野「転生を生業にしてます。なかなか依頼が来なくて大変なんですけどね」

由紀乃「転生……?」

星野「はい。驚かれると思うんですけど、僕、人に転生できる能力を持ってて、それを生かして、依頼をくださった方の元に直接お話を聞きに行って、それで僕がその依頼主の方に転生するという、まぁそんな感じですね」

由紀乃「へえ、面白そうね」

星野「まだ依頼としては1人しか来てないんで、まだまだですけど」

由紀乃「そうなの? でも、いつか人気が出るんじゃないかしら?」

星野「そうだと良いんですけどね」


    由紀乃は冷蔵庫から瓶を取り出す。

    シロップ漬けになったレモン。

    箸で掴み、紅茶の中へ入れる。


由紀乃「お待たせ。お口に合うかしら」

星野「ひとくち、飲ませてもらってもいいですか?」

由紀乃「えぇ、どうぞ、どうぞ。あ、バームクーヘン、さっそく切らせてもらうわね」

星野「僕がやりますよ」

由紀乃「大丈夫よ。星野君はお客さんなんだから、ゆっくりしてて」

星野「すみません、ありがとうございます。お先にいただきます」

由紀乃「どうぞ」


   星野はティーカップを口に付けて、味わうようにレモンティーを飲む。

   その様子を微笑ましく見る由紀乃。

   白い箱の中からホールのバームクーヘンを取り出す。


由紀乃「あら、美味しそう」


   包丁で切り込みを入れていく由紀乃。


由紀乃「断面も綺麗」

星野「僕、お店の常連ではあるんですけど、レモン入りのバームクーヘンは初めて購入したんです。高坂さんのお口に合えばいいなと思って」

由紀乃「レモン好きだから嬉しいわ。ありがとう」

星野「いえ。あ、レモンティー、すごく美味しいです」

由紀乃「お口に合ったようなら良かった」


   由紀乃は微笑みかける。


星野「初対面の人物なのに、ありがとうございます」

由紀乃「ふふふ。いいのよ、気にしなくて。それに、昔から応援していた星野君をおもてなしできて、嬉しいもの。引っ越して来てくれてありがとうね」

星野「これからしばらくの間、よろしくお願します」

由紀乃「こちらこそ」


N「それから2人は紅茶を飲みながら、バームクーヘンを頬張った。由紀乃には分かっていた。星野が、自分に遠慮をして、バームクーヘンを少量しか食べていないことを。そして、紅茶を瞳を輝かせながら美味しそうに、大切に一口ずつ味わいながら飲んでいることを」


由紀乃「ねぇ、星野君」

星野「はい」

由紀乃「お仕事の内容のこと、少しお話し聞いてもいいかしら」

星野「はい」

由紀乃「星野君は、どんな依頼が来ても、その方に転生するの?」

星野「はい。無理難題そうな依頼でも、性別年代関係なく転生できるんです。過去や未来、異世界には転生できないんですけど」

由紀乃「つまりは、現代限定の転生ということなのね」

星野「そういうことです」

由紀乃「じゃあ、こんな老人にも転生できるの?」

星野「できますよ。あ、僕にお仕事、依頼されます?」

由紀乃「折角のご縁だし、依頼させてもらおうかしら」

星野「いいですよ。じゃあ、高坂さんの今から過去のお話しを聴きたいので、準備させてもらってもいいですか?」

由紀乃「もちろん。ふふふ、楽しみだわぁ」


   星野はポケットからメモ帳と3色ボールペンを取り出す。

   そしてテーブルの上に広げる。


星野「では、今から色々と質問をさせていただきます。自然体でお答えくださいね」


   星野はにっこりと微笑む。


N「好青年さが際立つ星野に、由紀乃は再び虜になっていた」

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