第6話 二人の飲み会
「君は俺に秘密を打ち明けてまで助けてくれた。俺も君を秘密の場所へ案内したい。そこで飲もう。美味い酒をご馳走するよ」
「え……」
男は、マキラのベルト剣を拾ってくれた。
「君の強さはわかっている。共闘した仲間として、一緒に飲もうじゃないか」
「共闘……私は何もしていないけど、そうね。秘密の場所? 楽しそう」
「だろう? さっき置いてきた酒を拾って行こう。憲兵がもう来る」
「いやだ! 早く行きましょ!」
大事にでもなって、ハルドゥーンの耳にでも入ると厄介だ。
男は本当に、秘密の場所で飲むため河原に来たようでバスケットを持っていた。
中には高級で有名な酒瓶が二本も入っているし、何やらつまみもあるようだ。
万全の飲み支度。
本当に不思議な男だ。
「……そういえば、貴方の名前は?」
「あぁ、そうだな。なんだか名前も知らない仲とは思えなくて、名乗っていなかったな」
「あ、私もだったわ……」
「いい。俺から名乗ろう。俺は……シィーン」
「私はマキラよ」
「綺麗な名だな」
「ふ、普通の名前よ」
特別な意味も無い、自分でつけた偽名。
ありふれた名前だから選んだ名前だ。
「似合っているよ」
「……ありがと」
男は当然のように甘い言葉を言う。
河川敷は更に暗くなって、シィーンは小さなランタンで道を照らす。
「ここから少し道が悪い。というか道がないんだ」
「だって……私有地なんじゃないの? ここ……入って大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だ」
「えっでも……」
「心配するなマキラ。あぁ君は正義感が強いからな、此処は俺の土地だから大丈夫なんだ」
「本当に?」
「あぁ、安心したろ?」
シィーンがまた笑う。
つまりは観光客ではないということか。
そして、そのまま手を握られた。
一瞬ドキッとしたが、道が悪いから、そのためだ。
「虫が多いが、俺の足元にはたっぷり虫除けをしてきたから、そばにいた方がいい」
「虫除けは私もしてきたわ。この道は草がボーボーで、やだ! 刺さるわ!」
「あの木陰の方に行けば、整備してある」
外から私有地を見て、整備されていると分かれば誰かが入り込む可能性もある。
なので川辺の木で見えなくなる場所までは、わざとに整備せずに草木を生えさせていたようだ。
「うん、いい感じだな」
木陰の先には、大河を眺めながらゆったりと過ごせるこじんまりとした小屋が作られていた。
「わぁ……信じられないわ」
「焚き火をしよう」
「手伝うわ」
ランタンをウッドデッキに置いて、焚き火台にシィーンが火を点ける。
彼より先に誰かが来て、準備していたようだった。
木のソファには綺麗な織り布がかけられ、クッションも用意され、木箱には色々な道具がある。
ウッドデッキは少し河までせり出し、小屋の横にある大きな木にはハンモックもある。
「すごく素敵な場所ね! 焚き火なんて久しぶり」
「好きか?」
「苦手だった時もあったんだけど、なんだか炎には心が慰められる事に気がついて……キャンドルを家では眺めるの」
逃亡してすぐの頃は、山に入り洞窟で暮らした時期があった。
あの頃の絶望を思い出すトラウマになっていると思っていたのだが、占い師としての仕事で飾り付けにはムードを出すキャンドルが必要だ。
なのでアロマキャンドルから始め……自分で話したとおり、今では癒やされている。
「大丈夫か? キャンドルとはまた違うだろう」
「うん、大丈夫」
シィーンは、豪快なように見えて自然に人に優しくする男だとマキラは思う。
ソファにも座るように言われて、グラスを差し出された。
焚き火に照らされたシィーンは、やはりよい男だった。
精悍で、凛々しい瞳に、優しい微笑み。
炎のような赤い髪に、黄金の交じる赤い瞳。
力強い瞳に一瞬見とれてしまう。
「乾杯だ。マキラ」
「えぇ、乾杯」
酒が注がれた美しいグラスを渡される。
先ほどまでの戦いが嘘のように、静かな河辺。
二人で微笑みながら、初めての乾杯をした。
そしてしばらくの時間が経った。
「あっはっはっは!! 美味いだろうー? どうだ飲め飲め!」
「本当に美味しいわ~!! ありがとう!! あは! こぼれるからー!!」
二人の笑い声が夜空に響く。
シィーンは酒が大好きらしく、マキラももちろんお酒は大好きだった。
口元の薄布を少しずらして、酒を飲む。
シィーンも豪快に、何杯めかもうわからない酒を飲み干した。
出逢ったばかりの二人だが、お互いの身の上話など一切せずとも会話が楽しい。
河の魚が跳ねたこと、流れ星が見えたこと、そんな事で二人一緒に笑ってしまう。
「はぁーあ、楽しいな」
「うん、誘ってくれてありがとう」
「いや、誘いにのってくれて礼を言うのはこっちだ」
月を見ればもう、真夜中だ。
大笑いした後に、ふっと二人で焚き火を見つめて沈黙……。
ふっと、自然にシィーンがマキラの肩に手をまわした。
先ほど寄り添った時のように、自然にマキラもシィーンの胸元にもたれた。
沢山飲んで、二人とも酔っている。
「マキラ……もう、あんな危ない真似はするんじゃない。観光客が大勢押し寄せて今は治安が悪い」
「えぇ。夕飯を食べていた店の女の子に嫌がらせしてるのを見て、ついね……でもいつもはあんな無茶はしないのよ」
「あぁ。説教したいわけじゃない。心配なだけだよ」
「もうしないわ」
「遠目から見て、綺麗な女が男達に襲われていると思って駆けつけたんだ」
「そんな遠いとこから見ていたの?」
「覗いていたわけじゃない、かなり遠くで見えたんだ。俺は目がすごくいいからな。急いでも間に合うかと思ったが男達が吹っ飛んでいった! すごいな!! マキラは強くて美しい、いい女だ」
「……もう、私の顔はベールで覆っているわ……綺麗とか、そんなのどうしてわかるの?」
「綺麗に決まっている。俺がそう思うから」
「えっ」
「賭けには負けた事がないんだ、俺は」
「賭け」
「あぁ」
何故か自信満々で、シィーンはそう答え酒を飲む。
「マキラ、賭けに勝てたかどうか……君の素顔を見せてくれないか?」
彼の胸に身を預けているので、頭上から彼の優しい囁きが聞こえる。
先ほどの大笑いの酒飲み時間じゃない。
彼の指先が、そっとマキラの口元の薄布に触れる。
拒めない……。
マキラは思った。
拒みたくない。
そのまま、シィーンはマキラのベールをまず外した。
人前でベールを外したのは、いつぶりだろうか……?
恥ずかしくなって下を向くが、耳にかけた薄布も優しく取られて、顎に手を添えられた。
「シィーン……」
真夜中なのに、太陽のように煌めくシィーンの瞳。
「なぁ俺の勝ちだろう……? なんて綺麗なんだ……マキラ……」
彼の瞳が閉じられて、唇が寄せられた。
肩を抱く手には、優しく力が込められる。
まるで魔法にかかったように、マキラは瞳を閉じてしまう。
二人の唇が合わさり、重なった。
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