第7話 口づけ
優しく触れた唇。
「ん……」
心臓が破裂しそうだった。
「マキラ……」
少し離れた唇から、シィーンの熱い吐息を感じた。
そしてまた重なった唇だったが、舌を絡められる。
「んっ!? ひゃーーー!!」
マキラはシィーンを突き飛ばした。
シィーンがソファでふんぞり返る。
「いてっ」
「ななななな、やややや!! わ、私はそんな尻軽じゃないんだから!!」
実はマキラにとって、初めての口づけだった。
彼女に男性経験など一切無い。
舌が絡んだ口づけなど、この世にあるとは思わなかった。
あまりにも刺激が強すぎたのだ。
少し離れたシィーンだったが、また優しくマキラの肩を抱こうと手を伸ばす。
しかしマキラは、警戒した猫のようにキーッとなっている。
「俺だって、遊びのつもりで口づけしたわけじゃないぞ」
「う、嘘よ。貴方はなんだか、女にすごく慣れている感じがするわ!」
「まぁ、若い頃はそういう遊びもしたさ。お互いに楽しむだけの夜だったりね」
「若いって……あなた今は何歳なの?」
「俺は23歳だよ」
マキラは今年で20歳。3つ年上ということだ。
「まだ若いじゃない!」
「あはは、まぁ過去にそういう事は遊び尽くして、今更そういう
「さ、サイテー!!」
「だから昔の話で、今は遊ぶ気持ちはないんだって」
そう言われてみればそうなのだが、なんだかイラっとしてしまう。
シィーンが女にモテまくるというのは、男性経験のないマキラでも理解できるからだ。
「じゃあ今の口づけは一体なに!? 一緒に戦った仲間だからの口づけ!?」
酔っ払ってはいるものの、いつも冷静で皆のために未来を予知しアドバイスする占い師マキラだとは、自分ですら思えない。
「プンプンしてるのも可愛いな」
「もう、バカにしないで!」
「バカになんか一切していないよ」
自分がバカみたいなのは、マキラ自身がよくわかっている。
それもこれも、何も先が見えない、この男のせいだ。
「じゃあ、ハッキリ言おうマキラ」
「き、聞かせてもらおうじゃない」
「君に惚れて、綺麗な瞳を見たら、口づけたくなった」
「えっ?」
「愛しくて、君を抱きたいと思ったからだよ」
「ひゃーーーー!?」
またシィーンの手がマキラの肩を、抱こうとしたがマキラはバッと立ち上がり、ザーッと焚き火の向こう側に行ってしまう。
「えっ? マキラ」
シィーンにとっても、マキラの動きは衝撃的だったようだ。
「ななななな何言ってるの!?」
「なにって、そんなに変なことか?」
「私に惚れたって……そんな、そ、そんなそんなの……」
「君くらい美人でいい女なら、いくらだって男に惚れられた経験だってあるだろう」
「ないないない、ないわよ……!!」
自分に好意をもった男は、態度ですぐにわかってしまう。
そうなると、どうも距離をとってしまうので男友達すら、いた事はない。
占い師の力が無くなるわけではないが、当然に王女としての純潔さを求められていた立場でもあった。
なのでマキラは、とんでもなく奥手で初心だった。
恋愛相談も、先読むと人の心を上手く読む力でアドバイスをしているだけで、自分の経験はゼロ。
混乱したマキラの瞳に涙が滲んだのを見て、シィーンが立ち上がってマキラに近づく。
「マキラ……泣くほど、嫌だったのか?」
「え……?」
「今言ったように、俺は君を傷つけたかったわけじゃないんだ。でも傷つけたのなら謝るよ」
「……シィーン……」
「すまなかった」
受け入れたのは、マキラの意思でもあった。
無理矢理にされたわけじゃない。
雰囲気をぶち壊して、騒いだマキラの方を非難する男の方が多いだろう。
それを立派な大の大人の男が、シィーン自身も傷ついた顔をしながら、真剣に謝罪してくれている。
恥ずかしさからの興奮も、シィーンのその顔を見ていたら落ち着いてきた。
そして、だんだんとマキラもしょんぼりしてくる。
「違うの……少しびっくりしただけなの。ごめんなさい、驚かせて……」
「マキラ……」
少し安心したように、シィーンが微笑む。
「じゃあ、また楽しく飲み直さないか? せっかくだ。朝まで楽しく飲もうぜ! ……もうあんな事はしないよ」
話を蒸し返すことはせず、シィーンは更に笑顔で言った。
「酔いを冷ましたりしなくていいの?」
「あははは! せっかくの酔っぱらい同士なんだ。今更、冷ますものか! 戦いの後は酒を飲み明かすものだ!」
「……ぷっ……うん、私もそう思うわ! じゃあまた飲みましょう!」
男女の空気がなくなって、また笑う二人に戻る。
「あぁ。そうしようぜ! うん。いい酒がまだあるはずなんだよなぁ~~~」
度数の高い酒瓶も、残りあと少し。
シィーンがそれをチャプチャプと揺らしながら顎に手を当てる。
「まだ隠してたの!?」
「あははは! 忘れてたんだ。このハンモックの木の下に……」
「そんなとこに!?」
「ここはなぁ、いい土蔵になってて……あったあった開けるぞ~」
「わぁ……見たいわ!」
また酔っぱらい同士が笑い合う。
二人で土蔵から酒を取り出し、また酒を飲む。
シィーンは言ったとおりに、同じソファに座ってもマキラには指一本触れない。
時に目が合っても、楽しそうに優しく微笑む。
それから笑いながら、あーだこーだとくだらない話を続けた。
彼は、どこかの国の神話や昔話をよく知っていて、マキラが続きを強請るとシィーンはまた嬉しそうに語りだす。
そして焚き火の木がなくなり、ついに朝日が昇り始めた。
オレンジ色の日に照らされたシィーンは、威厳を感じさせる独特の雰囲気をまとっているように見える。
ただ、二人共かなり酔っている。
フラフラしているソファの二人。
マキラは最後の一杯を飲む。
「たくさん……ごちろうさまれした」
元王女も、女も関係ない。
飲みたかったから、たくさん飲んだ。
口づけのあとに、間違った選択をしてしまった……? と何故か迷いが心に残っていた。
それでもどんなに酔っ払っても、ずっと笑ってすごく楽しい時間だった。
腕と腕の間の30センチ。
何故かこの距離が、もどかしい。
でも拒んだのはマキラ自身だ。
今更、マキラからシィーンに触れることなどできなかった。
「あはは、あ~~最高に楽しかったよ」
「うん」
マキラは、この首都を出る。
この男にはもう二度と会うことはないだろう。
シィーンが目を細めた。
優しい、すごく優しい表情だった。
見るとドキリとして、また口づける前触れなのかと思ってしまう。
だけど彼が手を伸ばしたのは、ウッドデッキの脇に咲いた赤い綺麗な花だ。
「なぁマキラ……賭けをしないか?」
「……賭け……?」
シィーンは、手の花をマキラに見せた。
世界統一する前の、この国の国花『ルビーニヨン』だ。
今はこの首都を象徴する花になっている。
花言葉は『愛』
5つの花びらが可憐に赤く、そして甘く香る。
「この赤い花を君に贈るよ。もしも俺にまた逢いたいと思ってくれたら、朝の窓辺に飾ってほしい」
「え?」
「そうしたら、俺は君に逢いに行く」
「逢いにって……私の家は教えられないわ」
「当然だよ。だから賭けなんだ」
「……そんなの、無理に決まってるじゃない……」
この首都に、どれだけの住宅があると思っているのか。
「俺は賭けには負けないんだよ」
シィーンは、自信満々に、でもあどけなく笑った。
「……わかったけど……私の家を見つける賭け?」
「賭けはそっちじゃない」
そしてまた今日のように楽しく飲むのかな? そう思った。
だけど……シィーンの瞳は、急に熱っぽくなってマキラを見つめる。
「もしもまた出逢えたら、その時は君を俺のものにする……それが俺の賭けだ」
「えっ……」
「遊びなんかじゃないよ」
朝焼けに照らされて、シィーンの黄金の瞳も、紅色の髪も燃えるように煌めいた。
マキラの心も熱くなる。
「え……あ……は、はい……」
情けない返事しかできなかった。
「答えを待ってるよ」
シィーンは花に口づけをした。
愛を込めるように……。
そして、マキラはそれを受け取ったのだ。
朝市がもう始まっている人通りの多い通りまで送られて、シィーンとは別れた。
マキラはもうベールをかぶり、口元もいつものように隠している。
だから、彼女が赤い花を胸に抱いてどんな顔をしているかは誰も見ることがなかった。
花が枯れるまで数日、マキラの選択は――。
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