第11話 覇王生誕祭


「ハルドゥーン将軍様……!? 顔を上げてください!」


 ハルドゥーンは訪ねてきて、全ての申し出の撤回と謝罪をしたいと扉の前で言ったのだ。

 マキラが仕方なく部屋へ通すと、突然に土下座をしたのであった。


「大変に申し訳ないことをした。今後一切は貴女のことを制限することなどはない。許してほしい」


「や、やめてください! わかってくださったならいいのです! そんなことをする必要はありません! 将軍も間に挟まれて大変だったって、わかっておりますから」


「マキラ殿……」


「ありがとうございます。色々とお忙しい時ですよね。強制的に連れ出されることがなくなって、今後も此処にいることができるだけで安心しました」


 マキラの微笑みに、ハルドゥーンは一瞬見とれたように見つめてハッと我に返る。


「それでは大変な無礼を続けた事を、改めて詫びに参ります」


 ハルドゥーンは、詫びとして金の他にも、薬草やら宝石や人気店の菓子やらを持ってきていた。


「こんなにも謝罪していただいたのですから、もう大丈夫です。お金なんかは受け取れません! お持ち帰りくださいね! 此処は女性専門の占いですので男性のお客様があまり出入りして噂になると困りますし……」


「む、確かに……私のようなむさくるしい男が出入りしていると見られては困りますな」


「むさくるしいなんて! あの、本当に安心しました。……お尋ねしますが、どなたか……に何か言われたとか、そういったことは、ありましたか?」


「……いえ。姫様の心変わりでございます」


「本当に?」


「はい。私のような武人にはわかりえぬ、貴婦人の心変わりというものがあるようで……」


 生誕祭を前に、婚約者同士で何かいざこざがあったのだろうか?

 先読みなどしなくても、ハルドゥーンの動揺は痛いほど伝わってくる。


「わかりました。それでは……わざわざありがとうございました」


「マキラ様の、寛大なはからいに感謝致します」


「私はただの平民ですから様なんて不要です。……あの、これは覇王様への誕生日祝いのお花なんです。祝いの花台に届けてくださいませんか?」


 昼間に買ってあった花束を、マキナはハルドゥーンにわたす。

 せっかくなので、豪華なアレンジメントをした花束にしたのだ。


「必ず」


「ありがとうございます」


 マキラは、シィーンの名を出して聞くことはしなかった。

 

 本当に姫の心変わりかは疑わしい。

 でもそれ以上の事はわからない。


 だが、首都を離れなくてもよくなったのだ。

 マキラは安堵の息を吐いて、侍女に速達で報告の手紙を送った。

 

 そしてシィーンから貰った金で、食べ物と酒を買い、前夜祭の花火の音を聞きながら部屋でゆっくり夜を過ごすことができた。

 

「シィーンとだったら、一緒にお祭りをまわって、楽しかったかもしれないわね」


 買い物の最中も、恋人達が歩いているのをよく見かけた。

 この燃えるように暑い地域では、情熱的な恋人達が多い。

 手をつなぎ、素肌の腕を絡ませ、道端で口づけたり抱擁したりするのは普通のことだ。


 今までは何も感じなかったのに、シィーンの事を思い出してしまう。


 初めての恋人。

 謎の多い……謎しかない恋人。

 遊び人っぽいけど、それでもマキラへの愛は誠実だと思うし信じている。


「会いたいわ……」


 一週間が長い。

 なんだか人恋しくなってしまって、明日のパレードは行ってみようかなという気になった。


 そして次の日。

 夜のパレードまでに、次に会う時に着ようと素敵な金刺繍のワンピースを買った。

 口紅も買って、熱っぽい口づけを思い出す。


 城へと続く一番の大きな道は、沢山の人で埋め尽くされていた。

 今まで、準備期間と祭りの後しか見たことがなかったので、熱狂さに圧倒されてしまう。


 覇王のファンだと一目でわかる、旗を持った女性達の会話が聞こえてきた。

 

「私は近くで見たことがあるのよー! めちゃくちゃかっこいいんだから!」

「いいなぁ~覇王様のお顔って、絵にもなっていないもんね」

「覇王様が自身のかっこよさを、絵で表現などできないって拒否してるらしいって噂よ」

「そのものすごい自信が、さすが覇王さま~~!!」

「だって神だもんね!」


 キャーッと最後は黄色い悲鳴になった。

 

「すごいわね……そんなにかっこいいんだ……でもシィーンの方がかっこいいと思うわ」


 そう言って、謎の多すぎる恋人にも沢山の女性ファンがいるのではないかと思う。


「……シィーン……貴方の沢山の謎を知りたくなってきた……なんてね」


 覇王物語を歌う吟遊詩人もいた。


「神に愛されし覇王様~♪ しかし彼は最初から王子として生まれたわけではない♪ 彼の生まれは河っぺり~♪ 捨て子の孤児こそ運命の子~♪ 如何にして彼は覇王へと上り詰めたのか~♪ 壮大な物語が始まる~♪」


 初めて耳を傾けた。


「え……覇王って、王子じゃなかったの!? ……どうやって覇王になったのかしら?」


 今まで興味もなかったのだが、つい気になって聞いてしまった。

 覇王は、河辺に捨てられていた、どこの生まれかわからない子供だった。

 そして孤児院で育てられ、仲間たちと出逢う。

 そして抜群の頭脳と才能で、なんと七歳の時にライオン狩りをしていたエイード国王の命を助け、その後に継承権のない養子となった。

 覇王は、ハルドゥーン達を率いて、国々を旅し神に等しい力を蓄えていったという。

 そして新国を立ち上げ世界統一をしたいという野望を持った。

 激化する魔術戦争で、全ての継承者を失ったエイード国王が彼にこの国を基盤にするがよい……と伝えた。

 そして覇王の夢、世界統一は成された。


「捨て子から……? 本当に神の子なのかもね……」


 さすがに脚色はしているだろうが、孤児で平民生まれから成り上がった覇王の人気が絶大なのは理解できた。

 吟遊詩人の楽器ケースに金を投げ入れ、マキラは立ち飲み屋で一杯ハーブ酒を飲んだ。


 皆が大いに盛り上がり、首都は熱気と興奮の夜に包まれる。

 

 そしてパレードが始まった。

 マキラは人混みで一番の遠目から眺めているが、音楽隊に踊り子、花を撒く人、紙の像で覇王の歴史が語られる。

 

 全てが壮大だ。


 マキラが王女だった時も、ここまで盛大ではなかったが、祭りやパレードがあった。

 だから見るのを拒んでいたのもある。

 一生消えない心の傷だ。

 癒そうとも、癒えるとも思えない。


「……余計に寂しくなっちゃうかな……やっぱり帰ろう」


 そう思って去ろうとしたが『覇王様ーー!』と声が一層大きくなった。

 いよいよ覇王が現れるようだ。


 かなり遠い距離だが、巨大に作られた祭壇のような神輿のようなものに覇王が座っているらしい。

 皆が手を振り、花びらが舞う。

 国民達の熱狂的な声が響く。

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