第10話 甘い甘い時間

 

 シィーンの逞しい褐色の腕に抱かれて、マキラは朝を迎えた。

 

「ん……」


 彼に優しく愛されて、情熱的な夜を過ごしたのを思い出す。

 まだシィーンも寝ていると思っていたのだが、優しく髪を撫でられ頬にキスをされた。


「シ、シィーン」


「おはよう、マキラ」


「お、おはようございます……」


 昨晩のことを思い出して、恥ずかしくて顔をそむけてしまう。


「……昨日の君は可愛くて綺麗で最高だったし、今の君も最高に可愛い」


「……シィーン……」

 

 宝物を扱うように、優しい口づけ。

 マキラは愛を囁かれながら、また愛される喜びを知る。


「マキラ愛している」


「……私も……」


 一夜限りと言って、シィーンも同意した。

 だけど彼はこの一夜で、マキラにありったけの愛をぶつけ、優しく情熱的に彼女に自分の存在を


 望むままに一夜でいい……と言って、離れられなくさせる……。


「ずるいわ……」


「ふふ……なにがだ……?」


 そして、ふと彼が太陽の光に照らされたマキラの肢体を撫でている事にも気づく。

 隠していたかった白い肌が顕になっていて、マキラは恥ずかしさもあってすぐに隠した。


「あぁ……まだ眺めていたかった……美しい君の身体を」


「もう! シィーン……貴方って何も……聞かないのね」


「君も俺に何も聞かない」


 そうだ。

 お互いに何も知らない同士。

 それなのに、こんなにも惹かれ合い、愛し合ってしまった。

 

「……シィーン……」


「マキラ……俺達はもう離れられない」


「……でも……ダメなのよ」


「さっき下に水を取りに行った時、君がこの家を離れようとしている気配を感じた」


 荷物を少しずつ処分し、まとめようとしている事にシィーンは気がついたようだった。


「……そうなの……だから一夜限りだと」


「何故、此処を離れる? 君にそんな顔をさせる全てから俺が守るよ」


「シィーン」


「だから、今は聞かせてくれ。何から逃げようとしているんだ……?」


「……それだけ、答えればいい……?」


「あぁ。あとは君が話をする気になった時でいい」


「ひとつ……聞いていい?」


「もちろん」


「この褐色じゃない……白い肌に違和感はない……?」


 遠回しな言い方だが、この地域の生まれではないという事を伝えている。


「とても美しいよ。見ていたらすぐにでもまた愛したくなる……」


「……じゃあご飯を食べてから話をするから……って、もうシィーンったら!」


 それからまた愛されて、二人で風呂に入って、マキラは後ろから抱きしめられながら、食事の支度をした。

 何をするにも、密着して、口づけて、抱き合って、離してくれない。

 

 甘い甘い、恋人の時間。


 だけど心に重く伸し掛かる『城への強制召喚問題』。

 シィーンはどうにかしてくれると言ったが、マキラにはどうにかできるとも思えないような事だ。

 だから、少しでもマキラはこの甘い時間を長く過ごしたかった。


 リビングでマキラは、シィーンにお茶を出す。


「さぁ話を聞かせてくれ」


 この時間には、いつもハルドゥーンが訪ねてきていた。

 しかし今日、彼は来る気配はない。

 

「明日は、覇王生誕祭の前夜祭だから……来ないかな……」


「ん? 覇王生誕祭が何か関係があるのか?」


「……私がここを出る理由が……実はこれなの」


 マキラが事情を説明し、ハルドゥーン将軍からの手紙を見せた。

 ソファで、シィーンが受け取る。


「……これは……」


 名誉な事だろうとか、そんな事はシィーンは一切言わなかった。

 ただ眉をひそめて、ハルドゥーンからの手紙を最後まで読んだ。


 はぁ……と深い溜め息を、シィーンが吐く。


「よくわかった。これが解決すれば君は此処を出なくていいんだろう?」


「えぇ……まぁ……そうね」


「そうすれば一夜限りではなく……君は永遠に俺のものでいてくれるんだろう」


「そ、それは……でも無理よ。相手は覇王の婚約者、いずれは王妃様よ。そんな人に楯突いたらどうなるか」


「覇王に婚約者などはいないんだがな……」


「え? どういうこと?」


「いや……まぁいい。これが解決できれば君は俺のものでいてくれるね?」


「シィーン……えぇ。私も本当は貴方から離れたくない」


「そうなると、わかっていた」


 シィーンは笑ったが、その瞳の輝きは力強かった。


「貴方って人は……また賭けに勝ったのね」


「あぁ、そうだ。これからも勝ち続けるよ」


 離さないというように、情熱的に口づけられた。

 そして優しく、頬を撫でられる。


「またすぐにでも会いたいが、少し仕事が立て込んでね。次に会えるのは1週間後かな」


「そうなのね。覇王の生誕祭があるのに、お仕事だなんて……」


 生誕祭に働くのは飲食店や土産屋で、他の仕事は休暇になるのが一般的だ。

 シィーンは、飲食店や観光業の関係者なのだろうか?


「はは、仕方ないのさ。マキラは覇王のパレードは見に行くのか?」


「……みんなに怒られると思うけど、覇王様はあんまり……ね」


「そうなのか。覇王は嫌いか」


「嫌いだなんて……そういう感情ではないわ。ただ色々と複雑なの……」


「そうか。複雑か」


「嫌な気分になった? この国の……この世界のみんなは覇王様が大好きだもの」


 覇王は世界統一で、平和をもたらした存在。

 彼を悪く言う者は、統一で贅沢三昧できなくなった貴族や王族達だ。

 なので一般市民からは、絶大な人気だ。

 だけど自国を滅ぼした帝国の姫と婚約者で、そのせいでこんな目に合っている。

 前より一層、苦手になった。


「覇王の事はどうでもいいさ。君は俺が……好きか?」


「え? もちろんよ」


「それならばいい。マキラ、ここでは指輪を愛する人に贈るんだ。俺も君に贈りたい」


「……えっ……」


「次に会う時は迎えに来る。君と最高の時間を過ごしたいな」


「私は貴方と一緒にいるだけで幸せよ。何も特別なことはいらないわ」


「ふふ、可愛いマキラ」


「……シィーン」


 シィーンは、マキラの細い指を愛しそうに撫でた。

 

「まずは君の不安をどうにかしないとな」


「あの……お願いよ。無理はしないでね」


「君のためなら、どんな無理難題でも解決してみせる……大丈夫だ。心配するな」


 自信に満ちた瞳だった。

 その瞳を見ていると、本当にそうなるかのような気持ちになれる瞳。

 

「えぇ……わかったわ。今日はいつまでいられるの?」


「夕刻までだな。それまで甘い時間を過ごそう」

 

「うん!」

 

 愛する人へ贈る指輪……此処では結婚指輪を意味するのをマキラも知っている。

 

 シィーンは、未来のことを考えてくれている。

 きっと遊びではなく、マキラとの結婚を考えていると伝えたかったのだ。

 そんな未来を、マキラは考えたこともなかった。


 だけど彼の腕の中にいると、彼との穏やかな暮らしをつい思い浮かべてしまった。

 それから口づけをしたり、抱き合い、また愛し合って、すぐに夜になる。

 

「生誕祭の間は、占いはお休みなんだな。これを」


 シィーンの手には紙幣が何枚か握られていて、それをマキラに渡そうとする。


「え? お金なんかいらないわ」


「祭りをゆっくり過ごすために、だよ。可愛い君になんでもしたい」


「だめよ」


「じゃあ、俺のために受け取ってくれ」


 シィーンは押しが強い。

 ニコニコと微笑んでいるが、絶対に財布へ戻すことはしないだろう。


「それじゃあ……ありがとう。美味しいご飯とお酒をいただくわ。あと覇王様へお祝いの花束を買うわね」


 覇王への祝いとして、花束やプレゼントを捧げる場所がこの時期になると用意される。

 そして何度も城へと運ばれるのだ。


「ふふ、それはいい。是非そうしてくれ。……そろそろ行くか。愛しているマキラ」


「えぇ」


 また抱き合う二人。

 寂しさが滲み出る。

 沢山の孤独を味わってきたマキラだったが、初めての切なさだった。


「愛してるシィーン……また会いに来てね」


「当然だ」


 シィーンは微笑むと、ターバンで口元を隠し大通へ去って行く。

 一度振り返って、手を振ってくれた。

 一人が当たり前だったのに、彼のいなくなった部屋はガランとして寂しく感じる。


「……まさか、こんなことになるなんて……でも、シィーンの気持ちは嬉しいけど……すごく頼りになる感じはするけど……解決するなんて無理よね……どうしよう……これから……」


 しかし、驚くことに覇王生誕祭の前夜祭。

 抜け出ることなど無理であろうというような夕方に、ハルドゥーン将軍が現れたのだった。


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