第9話 一夜限りの夜
「……シィーン……?」
まさかの声に、マキラは驚く。
「ふふ。ひどいな、開けてはくれないのか」
「あ、待って!」
慌ててドアを開ける。
「マキラ」
顔を隠すようなターバンを巻いていたシィーンだが、口元を見せて微笑んだ。
大きくて、豪華な花束を渡される。
「わ、綺麗。ありがとう」
「マキラ」
花束を抱えたマキラは、シィーンに抱きしめられる。
一瞬心臓が跳ね上がったが、彼のぬくもりとシトラスの香りにホッとするような気持ちになった。
「今夜も綺麗だ」
「……来てくれたのね」
「約束しただろう」
「……うん」
まさか本当に逢いに来てくれるとは――。
一体どうやって……?
シィーンは不思議なことばかりの謎の男だが、マキラは何も聞かない。
逆にマキラの秘密を、聞かれても困るから……。
「ほら、今日も美味い酒を持ってきたぞ」
優しい抱擁から解かれて、シィーンが酒瓶を見せた。
「わぁ、嬉しいわ。おつまみ用意するわね! 座ってて」
マキラが部屋の奥にあるソファへ案内する。
いつもマキラが座るソファは二人掛けだが、大柄のシィーンが座ると一人掛けに見える。
シィーンは嫌いな食べ物などないと言っていたので、サッと燻製肉を焼いてサラダとナッツを用意した。
「おお、美味そうだな。ありがとう」
「大したものじゃないけど」
「マキラが作ってくれたっていうのが大事だ。ほら、こっちへ」
「私が座ったらソファが狭そうよ」
「此処に座ればいい」
腕を引かれて、シィーンの膝の上に座ってしまう。
彼の筋肉質な足の感触が伝わって、ドキリとする。
「も、もう、これじゃ飲めないわよ」
「ははは、俺的には最高なんだが」
膝の上でマキラも笑う。
まだ再会して、少しの時間。
なのにいつもこうしていたかのように、二人で抱き合い笑う。
シィーンはマキラを膝に抱いたままで、グラスをマキラに渡した。
「乾杯だな」
「うん、乾杯」
「もう、ベールも顔を隠す必要はないだろう」
「……そうね」
ふわりとベールとフェイスベールを取ってマキラは一口、酒を飲んだ。
それを見てシィーンも微笑み、酒を飲む。
「綺麗だな」
「シィーンは、お世辞ばかり言うのね」
「世辞じゃない。事実だよ。……口づけてもいいかい?」
「……恥ずかしいわ。聞かないで……」
「マキラに泣かれたくないからな……」
「ちょ、ちょっとだけ……よ」
「あぁ」
触れるだけの優しい口づけ。
それを二度、三度される。
そのたびに胸がドキリとするが、幸せも感じる。
こんな幸福感は初めてだ。
「賭けに勝ち続けてきたが……今回ばかりは負けるかと思った」
「……でも、今回も勝ったわ」
「まだわからないさ」
彼の賭けの最終結果は、マキラを自分のものにすること?
シィーンに、おつまみが食べられないからと言って笑って膝から降りて横に座った。
それから肩を抱かれて、くだらない話をして、笑う。
緊張も解けたし、心に居座っていた不安も今は忘れた。
ふっとシィーンが黙って、太陽の瞳に見つめられた。
「シィーン?」
「君といると、本当に楽しい。時間があっという間に過ぎていく」
「……えぇ。私もそう思うわ」
「君のことをずっと考えていた。また逢えて、確信したよ。やっぱり俺は君に惚れている」
「……シィーン……」
「君を俺のものにしたい」
「……私……」
マキラも、ずっとシィーンのことを考えていた。
出逢ってまだ少し。
彼と一緒にいたいと思ってしまう。
でも自分は、もうこの土地を去る。
「こ、今夜だけなら……」
「今夜だけ?」
「……えぇ……でも、あの私は……その」
「わかっている。君が俺をもてあそぶ気持ちで言っているわけではない事くらい」
真剣な目で見つめられ、マキラも見つめ返す。
「君がそう、望むなら」
一夜限り……それがマキラの願い。
シィーンはそれを受け入れた。
「好きだマキラ」
「……シィーン……私も……」
二人の唇が近づき、重なる。
ぐっと強く抱かれて、舌が絡む。
マキラも拒まずに、熱い口づけが続く。
「今すぐ、君を俺のものにしたい……」
マキラも頬を染めながら、頷いた。
シィーンはマキラに言われて、彼女を抱き上げ二階の寝室へ行く。
灯りは付けないでと言うと、優しく彼は微笑んだ。
月明かりの照らす二人だけの――甘く熱い夜が始まる……。
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