第23話 二人の愛は強さに変わる


 シィーンに、いつも寝顔を見つめられていたマキラ。

 そして、今日も優しい瞳に見つめられて目を覚ました。


「シィーン……」


「おはよう。俺のマキラ」


「……おはよう……私のシィーン」


 マキラの答えに、シィーンは嬉しそうに笑って抱き締めてくれる。

 じんわりと滲む……幸せ。

 しかし、マキラの心に影を落とす心配事があった。


「マキラ、少し前に連絡が来たんだ」


「なにかしら」


 どのことについての連絡だろうか、とマキラは少し緊張する。


「ウィンタールに襲われた侍女だが、近くの人がすぐに助け、救護院の者が手当をしたおかげで助かったようだ」


「ほ、本当!? 良かった!!」


「彼女も体術を学んでいたから急所も避けていたし、傷も浅かった。救護院の手当も迅速で、もう大丈夫だ。赤ちゃんと旦那さんと病院で一緒に過ごしているようだよ」


「あぁ……よかった……一緒に苦労を共にした大事な友人なの……赤ちゃんからお母さんを奪うことになるのかと……怖かったわ」


 マキラは力が抜けたように、安堵する。

  

「彼女は手厚く保護していくよ。安心してほしい」


「ありがとう……! でもキュウゴインってなに? それによく周りの人も助けてくれたわね」


 戦乱の時代では、血の流れた怪我人でも助けるものなどいなかった。


「救護院は国民からの税金で建てた病院だ。傷病人を助ける医者がいる。身動きのとれない人を助けて運ぶこともする。城の周りにはいくつかあるんだが、まだマキラの住む近くまでは整備されていなかったか……急がねば」


 マキラは自分の聖なる力で、小さな怪我なら治癒することができる。

 占いの相談も若い女性が多いので、健康に関する悩みは少なく、救護院の存在は知らなかった。

 

「まぁ素晴らしい試みね……! だから周りの人も助けてくれたんだわ」


「そうだ。今までは皆が生きるのに必死で、誰かを助ける余裕もなかった……でも国民同士で支え合って、少しずつでも、みんなで助け合う世界にしていきたいんだ。国民が納めてくれた税金は、王や貴族が贅沢するためのものじゃない、みんなの生活をよくするために使う」


「……シィーン……」


 彼の言葉を聞いて、マキラの瞳が熱くなる。


「貴方は本当に素晴らしい人だわ……」


 シィーンは微笑みながら、マキラを強く抱き締めた。

 侍女が助かったことで、マキラは安心してシィーンの抱擁を受けることができた。


「そういえば、エリザ姫はどうなったの?」


「まだ迎賓館にいるよ。なぜだか自分の領地へ帰ろうとしない」


「彼女はきっと貴方が好きで、貴方と結婚したいのよね……」


 愛するマキラにそんな風に言われて、シィーンは渋い顔をする。


「俺に惚れているとは思えない態度だがな……何故だか彼女から最近ずっと、強く婚姻を求められていてね。彼女も反乱軍の一味で、それの焦りなのか? 無断で宮殿に来た事も叱責はしたんだが、俺が自分を抱かない不甲斐ない男だからだと反省する様子はない」


「まぁ……」


 確かにあの激しさは、焦りからきたものだったのかもしれない。

 何か反乱軍の絡みなのか……謎は深まる。


「ハルドゥーンは監視のために護衛として付けていたのだが、俺が思っていた以上に女性の扱いが苦手で小間使いのような事をさせてしまった……彼にも君にも申し訳なかった」


 多忙な覇王を、姫のワガママに巻き込みたくなかったのだろう。

 まさか名誉である城への召喚を、マキラが断ると思わなかったに違いない。


「それはもういいのよ……将軍もお悩みになられたでしょうね……これからエリザ姫はどうするつもりかしら」


「君との婚姻を宣言すれば、さすがに故郷へ帰るだろう」


「それは……みんなへの発表は慎重にした方がいいわ」


「あぁ。俺はすぐにでも婚儀を執り行いたいんだがな」


「将軍達への内密な婚約発表だけでも、私は嬉しいのよ」


「そうだな。必ずみんな祝福してくれるよ」


 シィーンの昔からの側近達だけに、まずは婚約発表と経緯の説明をする事を二人で決めた。

 特にハルドゥーンは責任を強く感じているらしく、マキラも声をかけたいと思っている。


「姫には怪我をさせないように剣を落としたけど、私はそのまま逃げてしまったの。大丈夫だったかしら」


「彼女に怪我はないよ。エリザ姫の剣技は凄まじいものだ。君が無事で本当によかった」


「ふふ、剣技で彼女なんかに負けないわ」


「俺の妻は世界最強だな。でも次からは二度と会わせない、俺がずっと君を守る」


「私も貴方を守りたいのよ」


 健気なマキラの髪を、シィーンは愛しそうに撫でる。


 そして数日後に行われた内密な婚約発表では、将軍たち皆が祝福してくれた。

 

 シィーンの宮殿で、マキラとの再会を喜ぶ仔虎二匹と数日を過ごす。

 ウィンタールから受けた久々の恐怖に悪夢を見ることもあったが、城から逃げ延びた時を思えば大した傷にはならなかった。


 シィーンの業務は忙しさを増して、昨晩は帰ってこれなかったが昼食時に休憩を兼ねて宮殿に戻ってきたくれたようだ。

 手には色々な書類を持っている。


「忙しいのね」


 徹夜明けなんだろうというのが見てわかる。

 しかし、彼は疲れも見せずマキラに口づけた。

 

「あぁ。ウィンタール絡みの調査も続けているんだが……少し確証がもてたことがあってね。君に伝えることがある」


「えぇ。なにかしら」


「……君のお母さんは……トラプスタ女王は生きている」


「えっ……う、うそ……」


「ホマス帝国は、先読みの力を使うために女王を殺さずに、生け捕りにしたようだ。俺が世界統一をしたのは、六年前。まだ十七の俺を世界の王達が認めるわけもない。一番の軍事国だった帝国の者達は、影で反乱を起こす計画を立てていたんだろう。そのために先読みの力をもつ君のお母さんは……皇帝の側室ということにされ、隠されていたようだ」


「えっ……!!」


 生きてることに加えて、まさかホマス帝国皇帝の側室とは……。

 マキラの母は、十七歳でマキラを生んだ。

 マキラに似て美しかったが、マキラの父は子種を得る手段としてだけの婚姻だったようだ。

 だから母が、男と寄り添う姿など想像もできない。

 

「今回の謀反計画については、徹底的に調べ、反乱軍の芽は潰す。反乱軍の中身は自分の権力を取り戻したい貴族や軍人達だろうからな」


「……どうなってしまうの……?」


「まぁ帝国側はウィンタールの勝手な暴走で反乱の意思などないと言うだけだろう。全面戦争など起こり得ない。大丈夫だ」


「本当に?」


「俺は世界の国々の王や皇帝達を、領主として世界平和へ導く仲間として扱っている。何度も会談を重ねて、ほぼ全ての王達が今の現状に納得している。そのなかで謀反でも起こせば、どうなるかわかるだろう?」


「そうよね」


 反乱を起こせば、全世界の領主からの猛攻撃に合う。

 ただ、反乱の芽は確実に摘まなければならない。

 禁魔道具の流通の件もある。

 今後も注意していくと、シィーンは言った。


「母は……酷い仕打ちを受けていないかしら」


「ご存命なのは確かなのだが、子供がいるという話もある」


「え!? まさか……母が……」


 母と皇帝の子供……。

 つまりはマキラのきょうだいという事だ。

 

「酷い仕打ちを受けていたり、命の危険はないように感じるんだ……。あまり世間に知られぬように慎重に調査したいと思っている」


「そ、そうね……」


「マキラ、君にはトラプスタ地域の復興と領主を任せたいと思っている。だから尚の事、お母さんの事は慎重に動きたい」


「え! 私が!?」


「あぁ。あそこの民はやはり帝国に支配されたこともあって、酷く傷つき、六年ではなかなか民の心がまとまらない」


「……生き残りの姫として、領主になれと……」


「そうだ。もちろん俺もみんなも補佐するよ」


 複雑な心境ではあった。

 でも国が滅びても、自国民は生きている。

 彼等のために、できることは元王女としてやらねばならない。

 

「……みんなのために頑張りたいわ」


「君なら、そう言うと思っていた」


 力強く頷くシィーン。

 これからも覇王は、覇王として、世界を守り続けていかねばならない――。


「俺は自分の幸せなど、いらぬと生きてきた。この身を世界に捧げるために産まれたと思っていた」


「……そんな……」


「そんな俺の最大のワガママだ。君だけは離さない」


「シィーン」


「まぁ自分と女性一人を幸せにできないような男が、世界を幸せに導くなんてできないだろうと、今はそう思う」


「ありがとう。私もこれから一緒に頑張っていくわ。貴方と……世界平和のためにね」


「頼もしいよ。俺のマキラ」


 マキラの想いは。もう揺るがない。

 二人の愛は、完璧に結ばれている。

 愛が強さに、変わっていく。


「みんなの、私の覇王様……そして私だけのシィーン」


「愛している、俺の溺愛姫」


 覇王と、亡国の王女。


 運命で結ばれ、愛し合う二人には、まだまだ困難苦難が降り注ぐ。

 だが二人は、手を取り合い、それを強く乗り越えていく。

  

 この物語の続きは、旅の吟遊詩人が歌い、語っていくだろう――。

 

 「元王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に溺愛される」・完


 

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元王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に溺愛される 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU

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