第19話 元婚約者・ウィンタール


 ウィンタールは、命からがら逃げた時に持ち出した、王家の紋章と彼の名前入りの鏡を見せてくれた。

 マキラは持ち出した紋章入りの装飾品は全て紋章を外し、お金に変えてしまっている。

 まぁそんな証拠がなくとも、いやらしい笑みの顔を見れば彼だとわかった。


「個室で話せる酒場があるんだ。もちろん、いかがわしくない上品なお店だよ。この港にはそういう決まりがあるんだ。だからそこへ行って話そう」


「……いいわ」


 マキラは警戒心は解いていないが、血族の生き残りがいた事は喜ぶべきことだ。

 ウィンタールも大層喜んで、上品な個室酒場で、色々な御馳走や酒を頼んでくれる。


「あぁ、なんていう運命の再会だろうか! エフェーミアが生きていてくれて嬉しいよ」


「ウィン兄様も無事でいてくれて嬉しいわ。でも私だってよくわかりましたね」


「もちろんだよ、顔を半分隠していても君の高貴さも可憐さも隠せていない……僕達は婚約者なんだから」


 マキラが10歳の時に決められた婚約者で、ウィンタールはその時20歳だった。

 ただの形式的な婚約で、食事会や茶会は何度かしたが、二人きりになった事も触れた事も当然にない。


「こ、婚約者と言っても、もう昔の話で……ウィン兄様だってもう既に御結婚されているのでは」

 

 マキラが20歳なのだから、今はもう30歳になっているはずだ。


「いや……僕は君が生きている希望を胸に抱いて、君を探すために吟遊詩人として全世界を旅して生きてきたんだよ」


「えぇ!? ウィン兄様が!?」


「あぁ……運命の再会だよ……エフェーミア」


 マキラの額に、嫌な汗が浮かぶ。


「……も、申し訳ないけれど、私はウィン兄様の婚約者という自覚はないわ」


「わかるよ。エフェーミア、君だってあの戦争をくぐり抜けて生きてきたんだ。誰かと寄り添うことだってあっただろう。でも今、君に恋人はいないだろう? 女の一人旅を許す恋人などいるものか」


 『恋人はいない』

 心に突き刺さる言葉。


「……確かに、私は今一人よ……」


「じゃあ」


「でも、私はこれからも一人で生きていくつもりなの。結ばれることはなくても……私の心には死ぬまで……一人の男性がいるわ」


 口に出すと、また痛む心。

 結ばれなくとも、愛する人はこの世でただ一人……。

 

「可愛いエフェーミア。君が少女のように純粋な心のままでいてくれて僕は嬉しいよ」


「そ、そんな乙女の夢なんかじゃないわ。だからウィン兄様との婚約は……」


「あぁ、いいんだよ。僕は血族のお兄さんでいいさ。とりあえず僕もこの街にしばらく滞在するよ。僕達は最後の生き残りだ。仲良くしようねエフェーミア。」


「……えぇ……そうね」


 腑に落ちない返し方をされてしまったが、マキラの心の奥で燃えるシィーンへの愛に気付く者など誰もいない。

 

 真実の愛を囁いてくれたのは、此の世でシィーンだけ……。

 また涙が滲んで、マキラはウィンが注いでくれた酒を飲んだ。


「時にエフェーミア……君の先読みの力は健在かい?」


「それは、もちろんよ」


「あぁよかった!」


 先読みの力は、女性だけが持ち男性には発生しないのだ。

 だからウィンタールにも、先読みの力はない。

 

 その安堵したウィンタールの顔に、ゾッとした。

 そして流れ込んでくるウィンタールが歓喜する未来。

 

 やはり何かおかしい……!

 

「ごめんなさい。私、もう帰ります……! あっ……」


 酷い目眩がして、立ち上がれない。


「ダメだよエフェーミア……やっとやっと見つけたんだ。僕の金づるちゃん……いっひっひっひ」


 あぁ……ここまで努力して生きてきて、こんなところで終わるのか……とマキラは思う。

 混濁していく意識。

 最後に瞼に映ったのは、何度も愛を囁いてくれた優しいシィーンの微笑みだった。


  



 

 

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