第20話 マキラのピンチ


 壮絶な過去を生き抜いて、街の占い師として生きる平凡な幸せを手に入れた。

 それ以上を望んだ事はなかった。


 でも、運命の輪はマキラを飲み込んでいった。

 シィーンに愛されて……幸せの絶頂からの、絶望。


 そして最後は、血族に罠にはめられた。


 きっと命はない……そう思い意識を失ったマキラだったが、柔らかい布……ベッドの上で目が覚めた。


「あ……ここは……」


「エフェーミア」


「ウィンタール!! 離しなさい!! 貴方どういうつもりなの!?」


 両手両足を縛られて、ベッドに転がされていたのだ。


「ん~ふ~? やっと僕にも返り咲くチャンスがやってきたんだよぉ! ありがとう! エフェーミア生きていてくれてありがとう! 僕の妻よ! 一緒に幸せになろうね」


「ふざけないでよ! どういう意味!?」


「ひひ『ホマス帝国』の革命者達がお前を探しているんだよぉ。革命のために先読みの力を持ったお前が必要なんだとさ! お前を渡せば、僕は優遇されるし、お前は僕の妻として殺されることはないよ。いひひ。一生監禁されるだろうけどね」


「……なんですって……革命ってどういう事よ!? 世界は統一されホマス皇帝だって、ただの領主となって世界は平和になったのよ!」


「世界平和だなんて、そんなの覇王の綺麗事だろ! お前は王女でそんな事もわからないのかよぉ!!」


「じゃあ貴方は王族でありながら、何故祖国を滅ぼした帝国の味方をするの!?」


「何が世界平和だよ! くそったれ! あんな覇王なんかに僕の恨みはわからない!! 帝国の方がマシなんだよ!!」


「はっ……」


「お前だって思うだろう! 統一するなら早くしろよ、くそったれ! 無能覇王だ! 滅ぼされた一年後なんかに綺麗事の統一だぁ!? 僕があれからどれだけ苦労したか知らないだろう!」


「覇王のせいじゃないでしょ! 我が国を滅ぼしたのは帝国よ!」


 そう言っても、ウィンタールのように覇王への複雑な感情があったのは確かだ。

 改めて、マキラは自分の心の穢れを恥じた。


「帝国は優しかったんだよ! 捕まったけど手厚い保護を受けてね! 僕は、帝国が裏で流している禁魔道具を売りさばく仕事を請け負っているんだよ。それはそれは儲けさせてもらっている」


「……禁魔道具は帝国が……!?」


 あの狼男になって死んだ男を思い出す。

 ウィンタールは褒められたとでも思ったのか、ニヤリと笑った。 


「あぁそうだ。かなりの世界の闇ルートを僕が広げたんだぜ」


「……犠牲になっている人が沢山いるのよ!? まさか鏡で狼になる……あの禁魔道具も……」


「おお~? お前も知ってるのかい? あれは傑作で最近の人気商品だ! 犠牲って、生きる価値もないアホどもが死んだところでどうだって言うんだよ? それに穢れた死骸はまたいい値で売れるんだよ。一石二鳥だろ」


 あまりの嫌悪感に、言葉も出ない。

 その様子を見て、マキラが何故か泣いていると思ったようだ。


「お前も大変だったなエフェーミア。お前は少しお転婆だが純真無垢で、本当に美しく可愛くて僕はすぐにでも結婚したかったんだ」


 ゾクリとした。


「だけど、女王がまだ触れさせないとケチをつけて……大した戦争もできぬから国を滅ぼしたチンケな女王だったな~~あのババア」


「貴様!! 母上を愚弄する気!? この変態野郎!!」


「おいおい、エフェーミア~? 夫になんていう言葉遣いだよ。成長しちゃって残念な気持ちもあるけど、ちゃんと愛してあげるからね」


「貴様の妻になど誰がなるか!!」


「可憐なエフェーミアが他の男に……僕は信じられない。いつの間にかそんな淫らになってしまったのか……でもまぁ仕方ないね。男に股を開かなければ生きていけない酷い人生だったんだ……」


「そんな事していないわ!! 私達はみんなで頑張って働いて生き延びてきたのよ!!」


「そう! 侍女とたまたま出逢って、ラッキーだった。僕がエフェーミアを助けるって言ったら、お前の居場所を教えてくれたんだ」


「偶然じゃなかったのね……」


 港町にいることを、侍女に伝えてあった。

 きっと侍女が心配していたところに偶然ウィンタールが現れ、善意で居場所を教えたのだろう。

 まさかこの男がこんな凶悪犯だとは思わずに……。


「僕は運がいいんだよね~。あの侍女は運が悪くて、今頃生きてはいないだろうけどね」


「なに……を……貴様まさか! 彼女に何をした!! 赤ちゃんが産まれたばかりなのよ!」


「騒がれても困るからね。心臓を一突きさ。ガキが産まれたから、なんなのさ」


 マキラは、わなわなと震えて涙を流す。

 

「許さない……! 許さないわ……!!」


「はははは! やっと僕の時代がきたんだよ! これくらい憂さばらしさせてくれよな! なぁ!! 淫乱娘よ! お前の初めてを奪うのが僕の夢だったのになぁ!」


「きゃ!!」


 両手両足を縛られながらも、ベッドで起き上がってウィンタールを睨みつけていたマキラの頬をウィンタールが打った。

 そして、そのまま押し倒される。

 ウィンタールは、首までしっかりと隠したマキラのワンピースを切り裂いた。


「僕は、子供の君が好きだったんだけど、今もなかなかだね! おっぱいがデカくても君ならいいかもしれない! ホマス帝国のお偉方が確認しに来るのは明日の昼だ。それまで、しゃぶりつくしてやるよぉ! エフェーミア!」


「わ、私はマキラよ……!」


 強気ではいるが、腰のベルト剣はもう抜かれてしまっている。

 そしてウィンタールに馬乗りにされてしまった。


「ん? なんだこれ? 胸に何を仕舞っていた!! もしかして王族の宝の地図や重要な暗号か?」


 はらりと胸元から落ちた紙。

 ウィンタールは、それを機密的なものだと思ったらしい。


「やめて!!」


 だけど、それはルビーニヨンの栞。


「栞か……ルビーニヨン、忌々しい覇王の国の花じゃないか! これは後でゆっくり分析させてもらう……さぁ、エフェーミア……愛し合おう。僕のエフェーミア……愛しているよ……」


「いやっ! いやぁああ!」


 無理やり、抱き締められて、耳元で囁かれる。

 あの幸福な時間とは、全く違う。


 これは罰だ、とマキラは思った。


 自分の過去を話せないから、彼に本当の事を問えなかった。

 問わない選択肢を選んだのは、自分。

 

 ウィンタールの見当違いの憎しみは、醜く腐った八つ当たりは……自分の胸にも渦巻いていた闇だ。


 シィーン……彼からの愛の囁き……微笑み……抱擁……全てが幸せだった。


 でも、それから逃げたのは自分だ。


 マキラの頬から涙が溢れる。

 拘束されていても、両手と両足で拒絶した。


 ルビーニヨン、一輪の花。


 あの思い出の栞を、持ってきてしまった。

 お守りのように、胸元に大事に仕舞っていた……。


 忘れられない――愛しい人。


「……シィーン……シィーン……!!」


 舌を噛み切って死のうと決めた時、マキラは叫んだ。

 マキラの聖なる力が溢れて光った。


 その瞬間、地鳴りと激しい雷が、この地に響いた――。

 


 

 

 



 

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