第21話 覇王

 激しい地鳴りと共に建物が揺れた。


「な、なんだ!?」


「きゃあ!?」


 この建物がなにかはマキラは知らなかったが、ドォン! という衝撃と共に建物が崩壊するのを感じた。

 バリバリと壁と床が裂けて、ベッドが宙に舞う。


 マキラは今日で何度目かの、死を覚悟した。


 しかも最後は、神が怒り狂ったような天変地異……?


 ウィンタールが吹っ飛んでいくのが見えて、マキラもこのまま瓦礫に激しく叩きつけられる……! と思ったが、ふわりと温かい何かがマキラを抱き止めた。


「……マキラ……」


 恐怖で身体はこわばり、目が開けられなかった。

 でも、聞き覚えのある、優しい声。


 忘れるはずがない……愛する男の……声……!?


「え……」

 

「マキラ」


「シ……シィーン……?」


 手足の拘束が一瞬で千切られ、ふわりと優しく抱っこされる。

 真っ暗闇だったのが、輝いて靡くシィーンの髪と瞳が見えた。

 でも情熱的な赤い髪と瞳が、今はまばゆく青い光に包まれて紫色に見える。


 聞いたことがある――覇王ガザルシィーンは、全ての力、神に愛された男だと――。

 火・水・風・土。

 そして光と闇。

 その全てを操ることができる、唯一無二で最強の男。

 その力を使う際には、彼の髪や瞳の色、肉体も変化し神の姿になるのだと――。


 圧倒的な強さ。


 だからこそ、彼は若干十七歳であらゆる国に打ち勝ち、世界を統一させたのだ。

 

「……あ、貴方……」


「マキラもう大丈夫だ。少し、待っていてくれ」


 シィーンは聖なる光によって、宙に浮いていた。

 マキラを抱きながら、右手には輝く剣を携えている。


 そして足元には、崩れ落ちた建物。


「あっ……」


 マキラは酒場で気を失ったあとに運ばれた先は、どうやら山の奥地にあるウィンタールのアジトのようだった。

 禁魔道具の生成もしているようで、材料が散らばってる。

 男達が慌てふためき、逃げていくのが見えた。


 すぐにそれを馬に乗った男達が駆けつけ、拘束する。

 騎馬兵にハルドゥーン将軍の姿を見つけた。


 上空から見ていると、夢の中で劇でも見ているようだった。


 だけど、この温もりは夢じゃない……。


「怪我はないか? 頬が少し赤くなっている」


「……っ……あ、私……、離して!!」


「マキラ」


「離して! このまま手を離して!」


 そんな事をすれば、上空から地面に落ち死んでしまう。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


「俺は二度と君を離さない」


 崩壊したアジトでの戦いは、当然にハルドゥーン将軍の圧勝だ。

 ウィンタールも拘束されたのを見て、シィーンは上空からアジトの裏にある森に降り立った。


「マキラ落ち着いてほしい」


「離して!」


「だから、それは無理だ」


「どうしてよ! 私が出した答えを知っているでしょ!? 私達は、もう……!」


 何も言わずに、宮殿から飛び出した。

 それは別離の申し出。

 誰でもわかる。


 マキラの頭は混乱している。

 でも、突き放すしかない、それだけはわかる。


「君の答えが、これだよ。マキラ。俺達は離れられない」


「え……」


「やっと、俺を呼んでくれたね。もう二度と俺は君を離さない」


 優しく、そして熱く強く抱き締められる。


「マキラ……絶対に離さない……」


 温かいシィーンの聖なるオーラ。

 その抱擁でマキラの聖なる力が共鳴して煌めいた。

 涙が溢れ止まらない。


「だめよ……だめなんだもの……」


「愛し合う二人に……何がだめなものがある……」


「だって……私は……」


「エフェーミア姫、俺が相手では、貴女にとって不足でしょうか?」


 そう言いながら、マキラの頬を伝う涙にシィーンは口づける。

 

「シィーン……貴方……どうしてその名を……」


 シィーンは優しく、マキラに微笑んだ。

 


 

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る