第14話 贅沢な時間

 

 次の日には、朝食が寝室前にワゴンで用意されていた。

 美味しそうなパンにスープ、粥や麺までどんな希望にも合うように揃っている。


「やっぱり……使用人の方が沢山いるのよね」


「あぁ。でも最低限の世話だけにしてもらっているし、君が姿を見る事も見られる事もないよ。安心してほしい」


「こんな贅沢して、いいのかしら……」


「俺が君にしてあげたい、さぁ温かいうちに食べよう。じゃあ、ほら俺に食べさせてくれよ」


「ふふ、あ~んしてほしいの?」


「そうだ。粥が食べたいな。ふーふーして、あ~んだよ」


「ふふふ、承知しました。ふーふ……さぁ、あ~ん」


 今日も朝から、甘い時間だ。

 シィーンは逞しく精悍な男だが、マキラにわざとに甘えてくる仕草もマキラは愛しくて堪らない。


 食後は仔虎達と遊びながら、またシィーンに抱き締められる。

 誰もいないので、二人ともまだ寝間着姿だ。

 

「君にプレゼントがしたいんだ。昨日の服も、今の寝間着もとても素敵なんだが……この家にいる時の服は、俺に用意させてくれないかな?」


「あぁ……私が着る服は地味な服ばかりだものね。年配に間違えられてしまうような」


 今着ている寝間着も、薄手ではあるが手首足首までしっかりと包むものだ。

 シィーンは寝間着も着ずに裸で寝て、部屋ではガウンを羽織っているだけ。

 そんな姿がセクシーで、自然に思えるのがすごいとマキラは思う。


「絶対に秘密を守る一流の仕立て屋を呼んで、素敵な服を作ってもらおう」


「そんな事言って、セクシーな服を作って私に着せるつもりね?」


「あぁそうだ!」


 シィーンが盛大に笑いながら言う。


「もう、えっちね! でも……そうね……貴方のために、此処で着るだけなら、いいわ」


「やった! 嬉しいな……マキラといるとまるで俺は、恋を覚えたばかりの少年のようだよ」


「私なんて、貴方が初恋で初めての恋人なのよ……子供よ」


「全部、俺が初めてかい?」


「そうよ! 貴女は違うわね」


「俺は世界一幸せな男だよ。更に君に嫉妬までされて」


「し、嫉妬なんかしてないんだから!」


「ははは! マキラ、ごめん。昼間に数時間だけ仕事をしに行く。だから君は仕立て屋に、うんとワガママを言って好きなものを用意してもらえよ」


「意地悪な貴方を散財させてやる! って?」


「あぁそうだ。俺の可愛い恋人……。俺は贅沢が好きな男かと言われると、そうでもないんだ。野宿してトカゲを喰らってボロ布を纏い、木の棒で戦った事もある。だから卵一個食べられて、シーツにくるまって眠れる幸せだけで十分だと思うんだよ。それだけでも、明日への夢は大いに見られるからな」


「……シィーン……」


 そういう旅人を、マキラも護衛を付けた散策中に見かけたことがあった。

 その野原には体力を奪う魔草が生えていて、国外の人間はよく遭難をする。

 慌てて助けた彼らにマキラの水とランチを渡すと、旅人達はすぐに元気になった。  そして輝く瞳で、夢を語って礼を言い、去っていった。

 幼い頃の思い出だ。

 

「でも俺が慎ましくしている事がよくない場合もあるからな! だから周りに従って豪華絢爛を楽しんでもいるんだが……君には、それ以上になんでもしてやりたい」


 優しく強い男の瞳。

 謎の恋人の謎は深まるばかりだが、深く愛されている……それはすごく伝わってくる。


「……私にそんな価値があるのかしら」


「当然だよ。君は俺をこれほどまでに魅了する。愛しているマキラ姫」


「も、もう!」


 時に、自分の正体を知っているのでは? と思うようなドキリとする事を言う。


 シィーンに『いってらっしゃい』の口づけをして、彼は仕事へ行くと出て行った。

 

 綺麗な庭と屋敷、いつのまにか中庭に用意されていたティーセット。

 美味しいデザートと、紅茶のセットだ。

 一人になったマキラを慰めるように、仔虎のティンシャーとバグガルもやってきた。

 本来は猛獣であるはずの二匹なのに、マキラには子猫のようにじゃれてくる。


「うふふ。本当に可愛い」


 その後は、シィーンの言ったように超一流の仕立て屋が来て、マキラに似合う服を見立ててくれた。

 仕立て屋はマキラを見て、美しさに大興奮したようだった。

 何度も何度も褒められながら、素直に採寸や試着に応じた。

 

 化粧品や、クリーム、香水。

 下着や宝石まで、色々なアドバイスを受けたが、マキラはシィーンが喜びそうなものを最小限選んだ。


 熱い国での若い女性が着るような一般的な服だが、お腹が出て胸元も強調されるような服は初めてだ。

 仕立て屋には、採寸もされて次はマキラのために服を作ってくると言って去って行った。

 

 そして気づけば、昼食も用意されている。

 仔虎達と遊びながらなので、寂しくはない。

 

 何もかもが夢のような、贅沢な暮らし。


「王女の頃に戻ったみたいね……」 


 ……もしも、祖国がまだあって、自分が王女だったら……。

 この情熱的な覇王の国で、地位ある男との恋に流されることなどは……。


 「王女のままだったら……シィーンに出逢う事もなかったわね……」


 マキラの周りは侍女や女教師達に囲まれて、同年代の異性と触れ合う機会など一切なかったと思う。

 彼女にも、婚約者がいたのだが数回会ったことがあるだけの、年上の従兄弟だった。

 

 いやらしい目で見てくる従兄弟は苦手で、母にも何度か婚約破棄の申し出をしたのだが、戦争の混乱で有耶無耶になってしまった。

 

「私が誰かに愛される……こんな運命が訪れるなんて」


 昼過ぎに、一旦シィーンは戻ってきたが本当に忙しいようだ。

 それでもマキラに愛おしそうに口づけて、新しい服を着た彼女を抱き締める。


「なんて綺麗なんだ……まだまだ仕事が残っているのに、また君が欲しくなる」


「素敵な服、ありがとう」


「俺の恋人は女神かな……」


 お腹が露わで胸元も強調される服は、恥ずかしかったがシィーンが喜んでくれるのは嬉しかった。


「私もこれから自分の家に戻るわね」


「夜には……此処に戻ってくるか?」


「……戻るわ……私も貴方と一緒に眠りたいもの」


「そうか、嬉しいよ。マキラ……この時間、あと少しだけでも君を愛したい……」


 シィーンがマキラの胸元に口づけて、口づけの花が咲く。

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