第13話 シィーンからのプロポーズ
長い口づけを交わして、二人は微笑み合う。
「さぁ今日も飲んで食べて楽しもう。俺は君の笑顔が好きだ」
「ふふ、私も貴方の笑顔が好きよ」
二人では食べきれないような、料理が並べられている。
その真ん中に花が飾られているのだが、見覚えのあるアレンジメントだ。
この豪華なテーブルや豪華な花瓶に比べると、あまりに一般的な花束。
「これ……」
「どうした?」
「覇王様にね、贈った花に、そっくりだなって思ったの」
「そうか……はは、それは素敵な偶然だ。さぁ乾杯しよう」
「うん」
「美しい恋人との夜に、乾杯」
「ふふ、乾杯」
初めて食べるような豪華食材を使った料理。
そして年代物の酒。
どれも素晴らしく美味しい。
シィーンへの謎は、深まるばかりだ。
「あの、シィーン。ハルドゥーン将軍が訪ねてきたのよ。そしてあの話は撤回すると言われたわ」
「それはよかった」
「姫の心変わりと聞いたけど……貴方のおかげなの……?」
「ふふ、心変わりと言われたんだろう? でもよかった。これで君が俺から離れることはないね」
「……えぇ、そうだわ……」
やはり心変わり?
『貴方は一体何者なの?』という言葉が喉元まで出てきそうになる。
でもそれを言ってしまえば、自分にも同じ質問が返ってくるだろう。
それが、怖い。
「マキラ」
抱き寄せられ、優しく頬に口づけされる。
今は、そんな事は考えたくない。
愛に溺れていたいのだ。
「俺は全てに勝ってきた。でも今、一番手に入れたいのは……君だ」
「シィーン……私はもう貴方のものよ」
「まだ……もっとだ。君の全てがほしい。これからの君の未来も」
「私の未来も……?」
「そうだよ」
シィーンがマキラの手に、真っ赤なリングケースを渡す。
「これは……」
シィーンがリングケースを開けると、煌めく黄金の指輪が見えた。
シィーンの瞳と髪と同じ、真っ赤な太陽のような宝石が輝いている。
「俺の妻になってほしい」
「……シィーン……」
「……マキラ、答えを……」
突然のプロポーズ。
マキラは、リングケースを両手で包んだまま何も言えない。
「……君は俺に何も聞かないが、俺は何を聞かれてもいいよ」
「でも、それじゃあ不公平じゃない」
「俺がいいから、いいんだよ。だから俺からは何も聞かない。マキラ、此処で一緒に暮らそう」
「え……?」
「此処は俺の家なんだ。此処で君と暮らしたい。何不自由させないよ」
まさかこの豪華絢爛な屋敷が、シィーンの持ち家だとは。
「……こんな宮殿みたいな家が、貴方の家……?」
「そう。あの家で占いがしたいなら、此処から通えばいい。君を閉じ込めたりしたいわけではないんだ」
「……占いが生きがいなわけではないのよ……ただ生きるための手段で……」
「なんでも君がしたい事を応援するよ。何がしたい? 君の趣味を聞かせてくれ。武芸を磨きたいならそれもいいだろうし、仔虎達とのんびり暮らしてもいい。無理に肌を褐色にさせなくても、此処では君本来の姿で過ごしてくれていいんだ」
「シィーン……」
「今は少し休暇があるが、普段は仕事がとても忙しいんだ。会いに行くのが難しくなる。でも此処に君がいてくれれば、夜は一緒に過ごせるし何より励みになる……」
マキラの戸惑いを、シィーンは気付いている。
「わ、私は……そんな……甘やかされて、求められるような存在じゃないのよ」
「何を言っている。俺は君を見た時から、心を奪われ君に夢中なんだぞ」
「そ、それは……そんな風に言ってもらえて嬉しいけど……」
「そして君も俺を愛しているだろう。俺達はもう離れられない。ならば夫婦になるべきだ」
「私が……誰かの妻になるなんて」
「マキラ、愛している」
「シィーン……でも」
「俺を前にして、迷うのかマキラ」
このプロポーズを断れば、恋人関係も解消されてしまうのだろうか。
「私……」
マキラは答えられず、沈黙が続く。
「……俺は、君を苦しめたいわけじゃない」
「シィーン、愛しているの……でも」
そんなマキラの手を、シィーンは優しく握った。
「とりあえず、少しの間一緒に暮らしてみないか? 馬車は好きに使って出かけていいんだ」
「でもプロポーズの答えを先延ばしするなんて……いいの?」
「俺は君に世界一優しく、甘くするさ……でもそろそろ我慢できないな」
「えっ……あんっ……シィーン……」
そのままローソファに押し倒されるマキラ。
揺れるキャンドルの灯り、香る花――シィーンの吐息に、愛の囁き。
マキラの戸惑いも受け止めて、シィーンはマキラを情熱的に愛した。
そして抱き上げられ連れて来られたのは、大理石のジャグジー。
香油が香って、キラキラと煌めくたっぷりのお湯。
上質な石鹸で汗を流せば、褐色にした肌がマキラの本来の肌色になっていく。
「褐色の肌もいいが、マキラの本当の肌はすごく綺麗だ」
「……本当に?」
「当たり前だ。俺は世界中を見てきた。この世には様々な人種がいるが、全ての人間がそれぞれ美しい」
「世界中を……」
シィーンは軍の人間なのだろうか?
それも相当な高い地位の……ハルドゥーン将軍様にも引けを取らない程の……。
それに比べて自分は、亡国の王女。
結婚すれば、子供も望まれるだろう。
この血を残して、いいものなのか。
気楽に恋人気分を味わっていたかったわけではないが、マキラの心に暗い影が落ちたのも確かだった。
「マキラ、俺は自分の真剣さを伝えたかっただけだ」
「えぇ。わかっているわ。私のせいなの……」
「君のせいである事など何もないよ。君の美しい肌を見ていたら、また愛し合いたくなってきた。魅力的すぎて困るな」
「えっ……また……あっ」
「俺達は全ての相性が最高だ。どうして今まで離れていたのか、わからないくらい……」
「シィーン」
未来が読めない男。
とても強くて、とてもお金持ちで、権力もあるに違いない。
彼の腕に抱かれて、何不自由なく甘やかされて生きることを、何故素直に受け入れられないのか……。
それでも彼から愛されると、マキラの心も身体も、喜んでいるのが自分でもわかる。
今日も真夜中まで愛され続け、眠るマキラ。
寝息を立てる彼女の髪を、優しく撫でるシィーン。
「ありのままの俺を見てほしかっただけなんだが……言う機会を逃したか。でも、今……君は俺から逃げようとしている……? この状況で俺の正体を知ったら、どうなるだろうか。でも俺は君を離さないし、今回の賭けも必ず俺は勝つよ……」
シィーンの囁きが、夜に溶けていった。
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