第15話 幸福に満ちた日々
また仕事へ行くシィーンを見送ってから、マキラは露出の高い服を脱いで、自分の服に着替えた。
馬車の御者は何も言わず、静かにマキラを家まで送ってくれた。
そしてマキラの占いが終わる頃に家の前に来て、またシィーンの宮殿まで送り届けてくれる。
奇妙な送迎時間。
「ありがとうございました」
礼を伝えて屋敷に入れば、お茶が用意されている。
仔虎達と遊びながら、ウトウトと大広間のローソファで眠ってしまっていたマキラを仕事を終えたシィーンが優しく抱き締めた。
誰かを待つ喜び、二人で眠る喜び。
全てが、幸せに満ちた時間だった。
数日経ったある日、シィーンの腕にもたれながら本を朗読するマキラを、彼は優しく見つめる。
「マキラ、その栞は?」
「ふふ、これは貴方から貰ったルビーニヨンよ。
「わざわざ萎れかけた花を?」
確かにルビーニヨンは、少し色の悪い押し花になっている。
「だって、二人の大切な思い出じゃない」
「可愛いマキラ。君の全てが俺の幸せだ。なんて可愛いんだろう」
「大げさね」
クスクス笑うマキラを、感激して抱き締めるシィーン。
あの日、心のままにルビーニヨンを窓辺に置かなかったら、どうなっていたんだろう?
飾ってよかった……今はそうとしか思えない。
そんな穏やかな日々が、また数日続いた。
「仕事で数日、留守にするよ」
「まぁ、そうなのね。ティンシャーとバグガルが寂しがるわ」
「君は寂しがってくれないのか?」
「ふふ、寂しいに決まってる。でもお仕事頑張ってね」
「もちろんだ。本当は君も連れて行きたいくらいさ。でも占いが入ってるね」
「そうなのよ」
「俺の留守中にマキラの家で過ごしてもいいし、家には通って、此処で過ごしてくれて構わないよ。ティンシャーとバグガルと遊んでくれたら俺は嬉しいし安心だけど」
「じゃあご飯は家で食べるけど、夜は此処で過ごそうかしら」
「飯も此処で食べればいいのに」
「貴方がいないのに、そんなの申し訳ないわ。帰ってくるのはいつ? 私、家でココナッツケーキを焼いてくるわ」
ココナッツは故郷でも手に入り、マキラは大好きでよく食べていた。
今は同じレシピで、自分で焼く。
「五日後だ。それは楽しみだな! ココナッツケーキは大好物だ。俺も土産を沢山買って帰るよ。何がいい?」
「貴方の選んでくれたものなら、なんだって嬉しいわ」
別れを惜しむように、二人は情熱的な夜を過ごした。
そしてマキラは自分の家へと戻る。
マキラの占いの時間だ。
「マキラ先生、私すっかり元気になりましたよー! あんなクズのことなんかすっかり忘れて、織物と覇王様に夢中になってま~す!」
織物コンクールに出品する事を勧めた女性が、元気いっぱいの笑顔でマキラに話をする。
「それはよかったわ!」
「先生は覇王様のパレードは、行かれました!?」
「行ったんだけどね~米粒にしか見えなかったわ」
あははと苦笑いするマキラ。
「なんと私! 二日前から席取りをして最前席で見れたんですよぉ!」
「え……すっごい! 覇王様はかっこよかった?」
「もうめちゃくちゃかっこいいですよ! 赤い髪が炎みたいで……瞳は金と紅色が燃え上がる太陽みたいで、オーラがすごいんですよ! 逞しい身体が豪華な衣装に負けてなくて……まさに覇王です! いえ、まさに神!! 最高!!」
「へぇ~覇王様って赤い髪と瞳なの」
シィーンと同じね。と思う。
「実は、覇王様の絵を描いちゃったんですよぉ~!!」
「え、禁止されてるんじゃないの?」
「売ったりしなければ、別にいいじゃないですか~見ます?」
「見たいわ」
「うふふ、私の覇王様ですよ~」
彼女は絵も上手で、マキラも似顔絵を描いてもらった事もあった。
「へぇ……かっこいいわね……」
豪華な衣装に包まれ、民衆に手を振る男の絵。
凛々しく微笑んでいる顔は……シィーンによく似ているように見える。
つい、見入ってしまった。
「マキラ先生?」
「あ、いえ! よく描けているわね!」
「ですよね~覇王様は~今日は~統一国家会議でパルメガ地域へ行くそうですよ」
「すごい情報収集ねぇ」
覇王様も出張か……とマキラは思う。
「覇王様、色気が更に増して……恋人がいるんじゃないかって噂なんですよねぇ。あ~羨ましい!」
「恋人って……覇王様には婚約者がいるでしょう」
「あぁエリザ姫ですか? あれは元敵国の皇帝が無理強いしてるだけで、覇王様にその気はないってのが覇王マニア達の見解です!! だってもしも婚約者ならパレードの時に隣にいたっていいでしょう?」
「まぁ……そうねぇ」
それから彼女は楽しそうに覇王の話をして、コンクールも頑張ると笑顔で帰っていった。
占いも殆どしなかったので、マキラは料金の半分だけ頂いた。
「覇王様かぁ……シィーン……まさか……? なんて! そんな事あるわけがないわ! でもそのくらいかっこいいわよね。オーラがすごいもの……もしかしたらシィーンも覇王の将軍の一人なのかも」
そしてシィーンが留守にして、四日後。
家での仕事を終えて、夜に屋敷に戻ったマキラは二匹の仔虎と遊んでいた。
「あ、バグガル! お庭に行っちゃうの?」
いたずらっ子なバクガルが、羽虫を追いかけて庭へ行ってしまう。
庭に出ることをシィーンに止められてはいないが、広い庭なのでマキラは迷ってしまいそうだし使用人に会いそうだ、と一人で出た事はなかった。
しかし、この広い庭がすべて屋敷の庭だなんて信じられない。
「……これが自宅だなんて本当に信じられないわ……でも支給されているのかもしれないものね。これだけ広かったら使用人の誰かに会ってしまいそうだわ。バクガルー! あ、ティンシャーまで行っちゃわないで~! 追いかけっこじゃないのよ!」
噴水を抜けて、バラの香るバラ園の方へ行く。
「トゲが刺さったら大変だわ。早く二匹を連れ戻さないと……!」
「おい、そこのお前……停まれ」
「えっ?」
突然、怒鳴り声をかけられて驚くマキラ。
振り向くと、一人の女が立っていた。
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