第4話 不思議な男

 遠くからの光しか届かない、薄暗い河原。

 そこに響いた声は、まるで花火のように盛大で迫力があった。


「なんだぁ貴様!?」


「あっはっは! こんな大騒ぎしてりゃあ、気になってしまうのが人情だろう? 楽しそうに盛り上がっているなぁと思ったんだ」


 突然に現れた男。

 2メートルはあるのでは、と思えるような長身だ。

 この地域では一般的な男子はターバンを巻き、股上が深いダボっとしたズボンを履いている。

 彼もそうなのだが、少しはだけた胸元の筋肉は逞しく、脚が長いのが見てすぐにわかる。


「しかも、女性一人に対して荒くれ者達が大騒ぎしているなんて……見過ごせないだろう?」


 ターバンを巻き、結ばれた紅色の長髪がしなやかに揺れた。

 褐色の肌は艶があり、健康的だ。

 瞳は精悍にキラキラと輝き、笑顔の歯がまた白く、薄暗いなかなのにまるで彼にスポットライトが当たっているかのような存在感。


 突然に現れた美青年。


 マキラも荒くれ者も、一瞬凝視してしまった。

 

 そしてハッとなる。 


「あ、貴方、危ないからあっちへ逃げて!」


「ん? それは大変だ。それでは君も危ないという事だな」


 巻き込むわけにはいかないと、マキラは叫ぶ。

 だが彼は、当然のようにマキラの方へ近づいてくる。

 シャラシャラと彼のネックレスや腕輪が、揺れる音がした。


「ちょっと! 来ちゃダメよ!」


 しかも男は、帯剣もしていない。

 あらわになっている両腕の筋肉から、鍛えていることはわかるが、禁魔道具に素手で挑むなどもってのほかだ。


「逃げて!」


「ならば君も俺と一緒に逃げねばならない。君を置いてはいけないよ。危険なんだろう?」


「そ、そうだけど……」


 近づいてくるが、彼から危害を加えるような殺気は感じない。

 少し男の正体を見極めようと、未来を見ようとしたが……何も見えなかった。


「え……? 見えない……」


「ん?」


 いや、今は焦りで集中できないからだ。

 マキラが先を見ようとして、見えない相手などいないはず……。

 何故? と思う間もなく、男はマキラの横に立っていた。


「でも、今はいいから逃げて!」 


「だが、俺は逃げるのは嫌いなんだ」


「えっ……」


「君もそうなんだろう?」


 優しく、そして力強い瞳。

 黄金と紅色を混ぜた炎のようにキラキラしている。

 

 知らない男なのに、包みこまれるような不思議な感覚だった。


「えぇ。そうよ。逃げるのは嫌いなの」


 逃げるしかない運命にずっと翻弄されている――だからこそ、逃げたくない!


「何言ってんだ! てめぇら!! でけー図体してたってなぁー俺の前では無力さ!! 死ね!!」


 男は持っていた鏡を、地面に叩きつけ右足で踏みつけた。


「えっ!?」


 鏡から発動されるのかと思ったが、実際は違った。

 これから何が起きるのか……先読みできるほど冷静ではいられなかった。


「ほうほう、これは珍しいな」


 隣の男は、腕組をして観察している。

 でもまだ口元は笑っているし、何やらこの状況を楽しんでいるように見えた。


 そして男は通る声で言った。


「おーい、お前さん、これ以上それに干渉すると死ぬぜ? 使ったら最後。さすがに助けてやれんぞ」


「はははは!! これはなぁ一昔前の劣化物とは違うのさ! 有名な旅商人から買ったもんだ! 高かったんだからな!」

 

「そうか、では自己責任だな」


「八つ裂きにしてやるぜ!!」


 ガラスの欠片から、禍々しい黒い気が溢れ出す。

 男の足が一気に太くなりズボンが弾け飛び、同じように腕も巨大化する。


「お、狼男……!?」


「ふむ……使用者増強タイプか……」


 男の顔も更に凶悪になり、醜悪な……まさに狼男のような牙が剥き出しになった。

 どこからどう見ても、化け物だ。


「ぎゃははははは!! 嬲り殺しにしてやる!!」


 狼男が、太い足で地面を蹴ると二人に襲いかかる!!


「貴方は逃げてっ!!」


 マキラは剣をしならせた。

 しかし狼男の手には、ナイフのような鋭く長い爪が五本生えている!!

 そして分厚い皮膚に守られた手で、マキラのベルト剣は弾かれてしまう。


「くっ……!!」


 自分の力と逆に弾かれれば、その反動はマキラの手にかえってくる。

 激しい振動で、手に激痛が走る。

 たまらずマキラは、剣を手放してしまった。


「ぎゃははは!! 殺してから犯してやるからなぁ!!」


 狼男の牙と爪がマキラを襲う!

 もうダメだ! とマキラは目を瞑った。

 

「おい」


 マキラの前に一瞬で立った男の背中が見える――。

 

「俺を無視するなよ」


 狼男が振りかざした右手を、男は左手で、素手のまま受け止める。

 

「なっ……!!」


 そしてその右手が捻れるように、力を込めた。

 なんと狼男はそのまま右手を掴まれ、動きを封じられたようだった。

 慌てて狼男は左腕も振り上げるが、同じように男の片手で受け止められた。


 二倍以上もある腕の太さなのに、狼男の両腕は彼に拘束されている。

 しかし狼男には牙がある。


「噛み殺すっ!!」


「やめろよ、男に口づけなんかされたくないね」


 軽く笑うと、男はパッと両手を上に離すと、狼男は宙へ舞った。


「きゃ!?」


 気づけば、狼男は地に倒れていた。

 男の背後で見ていたマキラは、見た。

 宙に浮いた狼男を、更に男が一瞬で飛んで狼男の顎を強かに蹴り上げたのだ。


 それでも狼男が立ち上がるのではないか、と思ったが……。

 たったの一撃で、狼男はそのまま気絶したようだ。

 泡を吹いている。


「す、すごい……」


 男の香水なのか、シトラスの爽やかな香りがした。

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