第2話 マキラの災難


 断ったにも関わらず、ハルドゥーンは毎日マキラを訪ね、扉の前で頼み事をしてくる。


「どうか少しの時間でも、姫の相談に乗ってあげていただけませんか」


「無理です」


「マキラ様……エリザ姫は大変お困りで……」


「帰ってください! お願い!」


 マキラは、ハルドゥーンが最初自分の境遇を知っているのでは? 元王女を誘う罠? と思ったがそうではないらしい。


「マキラ様、どうかお願い致します。エリザ姫のワガママ……いえ要望が進まねば……若が……」


「私には無理です! 帰ってください!」


「今日のところは……」


 虎将軍の彼の呟きが扉の向こうで聞こえた。

 ハルドゥーンがエリザ姫の願いを叶えたい理由は、彼が忠誠を誓う若……つまり覇王のためという事か。


「まさか、覇王が婚約者を悩ませて婚約破棄されそうだとか……??」


 マキラにとっては、関わりたくもない人間達だ。

 

「そろそろ此処を離れる時かしら……はぁ」


 命からがら祖国を離れた時は、その後も帝国から命を狙われていた。

 先読みの力を持つ王族は、危険だと判断したのだろう。

 元々、支配した国の王族は根絶やしにしてきた国だ。

 

 なので、木を隠すには森の中。

 そう思い、帝国の敵対国で、人が大勢いるこの首都で暮らす事に決めたのだ。

 一年後に世界統一がされてからも、ずっと此処に住んでいる。

 

 独り立ちできるようになって、マキラは侍女達に自由を与えた。

 彼女達は渋ったが、何かあった時に連絡をとってそれぞれの土地に逃げられる――そう思ったからだ。

 

 今は隣の領地という言い方だが、過去には隣国だった草原の国に、一番気の合う侍女が住んでいる。

 そこへ行こうか……?


 この土地で努力して手に入れた地位だが、いつでも手放せるようにはしている。

 やはり、元王女としていつ何があるかはわからないからだ。


「覚悟はできてるけど……ね。あぁ~またイチからかぁ」


 覇王生誕祭で街が活気づくなか、マキラは溜息をつく。


 今日もマキラの悩みなど知らない女性達の話を聞いて、真剣に相談に乗ったマキラ。

 疲れに疲れて、夕飯を支度する気にもなれない。


「はぁ~あ……飲みに行こうかな」

 

 女一人でも飲みに行く。

 小さな頃からお転婆で、物怖じしない。

 だからこそ、母もマキラが生き残れると信じて逃がしたのだろう。

 

 マキラは質素で身体を全て隠す落ち着いた茶色のロングワンピースに、紅色のベルトを締める。

 そしてベールとフェイスベールは必須だ。

 

 この暑い暑い街では、若い女は色とりどりのパレオなどの露出の高い服を着るのが普通だ。

 ビキニのようなトップスにスリットが大胆に入ったスカートも、皆が着ている。

 

 しかしマキラのような美貌で、そんな派手な服を着ていればすぐに男たちが群がってきてしまう。

 女一人で夕食時に出かける時は、マキラは厳しい国の出身のような出で立ちをして出かけるのだ。


「これで食べ収め、飲み収めなら我慢してた分、いっぱい食べて飲んじゃいましょ!」


 夜でもまだ暑い、赤土の道を歩いて行く。

 人通りが多いが、少し民家の間を抜けた場所に、お気に入りの飲み屋があった。

 気の良い女将さんで、ご飯が美味しい。

 働く店員さんも、みんな元気でいつも笑顔だ。

 隠れた名店からは、今日もスパイスの良い香りが漂ってくる。


「マキラちゃん、久しぶりだねー!」


「最近忙しくって~女将さん、今日のスペシャルメニューちょうだい! ハーブ酒のソーダ割りもお願いします!」


「あいよー!」


 暑い国なので、やはりスパイスの効いた料理が人気だ。

 最初は慣れなかったが、今ではスパイスが効いていないと物足りない! とマキラも思うようになった。

 

 十八歳で成人し、飲んだ酒もハーブがたっぷり入っていて大好きになった。


「はぁー美味しい~!!」


 窯でじっくり焼いたラム肉に、薄く焼いたパン。

 冷たいハーブ酒のソーダ割りには果実も入っている。

 ここ数年で魔術による冷凍冷蔵技術が急速に発達し、氷も庶民が気軽に扱えるようになった。


 これも世界統一して技術を融合されたからだとか……しかし今考えることではない。

 

 好きな料理を食べて、好きなだけ飲む時間。

 マキラを慕ってくれる人は、この土地に沢山いるが、やはり自分の身の上話をするわけにもいかないので人の話を聞くことになる。

 となると、また人生相談が始まってしまうので一人で過ごす方が気楽だ。

 

 新天地でも上手くやれる自信はあるが、当然に不安や慣れた土地を離れる寂しさもある。


「まったく……覇王のせいで……ワガママ姫の手綱くらいちゃんと持ってよ。とばっちりだわよ。やっぱり苦手だわ覇王……」


 もう一杯、酒を頼んでつい一人で愚痴を吐く。

 周りはこれから行われる覇王の生誕祭の話で盛り上がっていた。


 もうすぐ開催される生誕祭。

 年に一回の大きな祭りだ。

 覇王のパレードが盛大に行われるので、世界中の人々が観光にやってきて街は活気づく。

 

 そのせいで大通りの人気酒場が混んでいるらしく、普段はそこそこの人数で賑わう店内が異様に混みだしてきた。


「今日は静かに飲みたかったのに……こんなところまで覇王のとばっちりが……まぁ仕方ないわね。帰ろう」


 会計をしようとした、その時。

 下品な笑い声をあげていた男の一人が、若い女性店員さんに絡み始めた。

 最初は店員さんも苦笑いしながら避けようとしたが、男二人が手を掴み自分達の膝の上に座らせようとする。

 彼女が小さな悲鳴をあげた。


「やめなさい!」


 マキラはすぐに、男達から彼女の手を引いて離し背に隠す。


「なんだぁ? ババア!!」


 地味な身なりで顔を隠しているし、相当に酔っている男に年配呼ばわりされてしまった。

 しかしそんな事は構わない。


「迷惑行為よ。このお店はそういうお店じゃないわ。そういう事がしたいのなら、そういうお店へ行きなさい」


「生意気なババアだな!!」


 女将が慌てて厨房から出てきた。

 マキラは『心配するな』という意味のウインクをする。


「この店に迷惑がかかるといけないから、私が案内してあげる」


「なんだと!?」


 男が五人。

 傭兵崩れのようで、帯剣している。

 一人の男が立ち上がって、マキラに掴みかかろうとしたが、後ろの男たちは楽しそうに止めた。


「いいじゃねえか……お外でゆっくり案内してもらおうぜ」


 男の一人がベロリと舌を出す。

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