元王女の占い師は、情熱の地で若き覇王に溺愛される
戸森鈴子(とらんぽりんまる)
第1話 占い師マキラは元王女
度重なる国同士の世界魔法戦争にも勝ち続け、世界統一を果たしたのは若き覇王だ。
世界統一国を覇王は『ジャバハーザ』と名付けた。
国王達は領主となり、国々は地域という呼び名に変わった。
灼熱の地域『エイード』の首都は、暑く情熱的な街『ボワイージュ』
覇王の出身地であり、軍部である城と覇王の住む宮殿がある街だ。
砂漠に囲まれながらも豊かなオアシスがあり、沢山の人々が生活している。
スパイスの香りと丸いパンの焼ける匂いが大通りに流れ、活気ある露店が並び、弦楽器と太鼓の情熱的な音楽、つられて歌い踊る子供達の笑い声。
土埃の風が吹くなかでも、戦乱の世が終わったことで皆の笑顔が印象的だ。
だが世界統一されて平和が訪れても、日々働かなければ生きてはいけないのは同じだ。
その街のすみっこにある、小さいながらも二階建ての日干しレンガの家。
昼間だがカーテンで薄暗い部屋に、キャンドルが灯り、二人の女の影があった。
「マキラ先生、彼と復縁することはできるでしょうか?」
ハンカチで涙を拭くのは、パレオ姿で褐色肌の若い女。
「貴女が彼と別れた理由を忘れたの……? 酷い暴言に暴力、やっと逃げられたのに復縁を望むの?」
「でも、やっぱり彼がいないと私はダメなんです! マキラ先生、どうしたらよいのか未来を私に教えてください!!」
マキラと呼ばれた女性は、きれいな薄布のワンピースを着て、ベールを頭からかぶり、フェイスべールもして口元を隠している。
水晶玉に手をかざしながら、マキラは泣く女へ優しく語りかける。
「貴女は彼がいなくても大丈夫。今はまだ心が慣れていないだけよ。ねぇ、機織り物のコンクールが開催されるの知ってる?」
「え? 機織り物コンクール? 知りませんでした」
女が反応したことを、マキラは見逃さない。
「貴女の機織り物の技術は素晴らしいわ。優勝すれば覇王様からの褒美があるらしいの。謁見もできるってよ。集中して挑めばいいわ」
「覇王様からのご褒美!? え、謁見まで!?」
「そうよ。貴女は、覇王の大ファンでしょ?」
覇王は、世界平和の象徴であり神の力を得た男と言われている。
彼を神として崇める人までいる今――。
一般庶民が謁見できるなど、夢のまた夢だ。
「大ファンどころか信者ですから!! わぁー覇王様に会えるかも!? 覇王様の生誕祭では、パレードがあるけど、遠すぎていつもお顔は見えないし……えぇーそんなコンクールがあったなんて!!」
「私はパレードは見た事ないけど、ものすごいお祭りだものね。ねぇ? コンクール挑む気になってきたでしょ?」
女の涙が引いて瞳が輝きだしたのも、マキラは見逃さなかった。
「先生……私は、コンクールでの優勝はできますか……?」
「脇目も振らず、一心に取り組むのよ! 貴女の実力ならばきっとできるわ!!」
「やってみます!! それじゃあ糸を選びに行かなきゃ!! じゃあこれ、お代です! いつもありがとうございます!」
「えぇ。頑張って」
泣いていた女は、パッと表情を明るく変えて、天幕のかかった部屋から出て行った。
マキラは、ふうっとフェイスベールを外して頭を覆うベールもとった。
美しい薄紫のロングヘア。
長いまつげに、ぱっちりとした瞳は淡桃色だ。
整った唇で、グラスの水を飲む。
「依存って、依存先を変えるだけで案外すぐに吹っ切れたりするのよね……あんなバカな暴力男なんて、一生懸命に布を織ってたらすぐ忘れるわ」
マキラの占い……先読みの能力は本物だ。
実は彼女は、占術の国『トラプスタ』の王女だったのだ。
この首都から、遠く離れた四季のあるマキラの祖国。
七年前……彼女が十三歳の時、近隣国によって滅ぼされてしまった。
トラプスタは女性優位の国で、マキラの母が女王を務めていた。
母である女王は、先読みの力で城へ攻め込まれる前に、マキラを逃がした。
命からがら侍女達と逃げたマキラが、どれだけ恐怖と絶望を味わい苦労をしたことか……。
その一年後に、覇王はまだ十七歳の若さで、世界を統一した。
覇王はどの国に対しても、王を処刑をするわけでもなく、その国の領主として活かす道を選んだ。
そして一切の争いを禁じたのだ。
マキラを追う者もいなくなったが、国は滅んでしまっている。
王女に戻れるわけでもない。
感謝の気持ちもあるが、色々複雑な心境になる。
「大人気の覇王様だけど、私は興味ないわね……なんか色々思い出しちゃうから、好きじゃない」
生きるためには働かなければいけない。
逃亡生活を終えたマキラは、先読みの能力を使って、占い師の仕事をする事に決めた。
しかし、潜在能力での先読みの力だけでは、何もかも見えるわけではない。
うっすらと相手の未来が、脳内に映るだけだ。
先ほどの相談者は、また男に殴られて泣く姿が見えていたが……彼女が機織りを夢中で励む姿に変わった。
マキラは相手の心情を上手に読み取り、ただ助言だけをする。
未来は自分自身に選択させる――それが自分での決め事だ。
未来が見えるという事よりも、上手に相手の話を聞いて、心に寄り添うマキラの占いは街で大評判になった。
しかし目立つ事が嫌いなマキラは、この首都の外れにひっそりと住んでいる。
ある程度の生活ができる稼ぎで十分なので、一日に数人を見るだけだ。
「今日はもう終わり。あ~冷たいフルーツジュースが飲みたいな。夕飯の買い出しも行かなきゃ」
しかし外はまだまだ暑そうだ。
この土地の生まれではないマキラには、暑い時間に出歩くと相当体力を使ってしまう。
「……もう少し夜になってからが、いいかしら。何年経っても、暑いのは慣れないわね」
その時、ドアがノックされた。
「失礼、占い師のマキラ殿はいらっしゃいますか?」
野太い男の声だ。
慌ててベールをかぶって、口元もフェイスベールをつける。
逃亡生活をしてきたマキラは、机の裏に隠してある短剣を持ちドアを開けずに対応する。
「本日の鑑定はもう終わっています。申し訳ありませんが、お引き取りください」
「私の鑑定依頼ではありません。私は王家の使者です。貴女に特別な依頼があってお話に参りました」
「……王家……?」
今、この首都で王家と名乗るのは覇王だけだろう。
「女性がお一人とのこと、警戒されるのは当然のことでしょう。ですが貴女にとって悪い話ではありません。王家の紋章をお見せ致します。どうか話だけでも……」
「……どういったご要件なんです……? まだ扉は開けられません」
「わかりました。貴女は文字をお読みになられますか」
「えぇ」
世界統一前は、教育も行き届いていなかったので字が読めない者も多かった。
「それでは扉の前に今回の依頼の件を書いた書面を置いておきます。明日にまた伺いますので、目を通して頂けますか」
「えっ……え、えぇ。それなら……あの貴方のお名前は……?」
「私は覇王の側近であります、ハルドゥーンと申します。しかし今は、エリザ姫の護衛をしております……」
「ハルドゥーン将軍……!?」
覇王の側近であるハルドゥーンといえば、その名を世界に轟かせた勇猛果敢な将軍だ。
虎将軍とも呼ばれ、子供の胴ほどもあるムキムキな腕で槍を操る。
覇王物語に興味のないマキラでも知っている名だ。
髭面の強面将軍として有名だった彼が、扉の外に!?
そして、そんな彼が今はエリザという姫の護衛をしている……どういうことだろうか。
「貴女様にまで名前を知っていただけて光栄です」
「わ、私はただの一般人のしがない占い師ですから!」
「とんでもない。貴女の腕は城にまで知れ渡るほどでございます。それでは突然の申し出で失礼しますが、書面に目を通し御協力頂けきたい」
「は、はい……わかりました。読ませて頂きます」
「感謝いたします」
扉の向こうの彼の、憂いが一瞬だけマキラに見えた。
自分に対する殺意などは、ない。
それでも彼が去っていくまでは、マキラの心臓は落ち着かなかった。
「はぁ……一体なんだって言うの?」
少しだけ扉を開けると、確かに赤土の地面に手紙が置いてあった。
首都のすみっこだが、少し行けば人通りのある道路が見える。
わかってはいたがハルドゥーンの姿はどこにもない。
マキラはすぐに書面を読む。
「……姫の住んでる宮殿へ来い……? 理由は、エリザ姫の……うんたらこんたら書いてるけど、つまり姫様の恋愛相談しろってこと?」
恋愛相談……脱力してしまった。
しかし、エリザという名前は……どこかで聞いたことがある。
「……覇王の婚約者なんだっけ……?」
確か『エイード』と最後まで敵対していた悪名高き『ホマス帝国』の姫だ。
ホマス帝国は軍事が盛んで、とんでもない兵力と魔力で次々に近隣諸国を滅ぼしていった。
「あぁ、じゃあつまり……私の国を滅ぼした帝国のお姫様ってことか……」
一気に脳裏に浮かぶ、残酷で辛く、あまりに苦しい過去。
封印して、封印して、思い出さないようにしている心の傷が、めくり上がって血が吹き出そうになる。
「はぁ~……、おことわり……おことわりよ。絶対に無理だわ」
ビリビリとマキラは書面をやぶいて、ゴミ箱へ捨てた。
心がグチャグチャに乱れる前に、深呼吸をする。
元王女という立場で、憎しみの炎に溺れて焼かれても、明日を生きる力にはならない。
惑わされるだけ無駄だと、マキラは知っている。
「さ! 買い物行こうっと! 今日は奮発してお魚のカレーにしようかな?」
褐色肌の者が多いこの国。
マキラは体質的に肌が白く、日焼けができない。
褐色肌になれる日焼け止め入りのファンデーションとスプレーは、マキラのお気に入りだ。
綺麗にお化粧をし直して、街に買い物へ行った。
綺麗な薄紫色の髪も、実は銀髪を染めているのだ。
誰も知らない、彼女の秘密。
「落ち込む前に、パッと思考を変えるのが大事ね! 断って、それで終わりにしましょう!」
占い師は、自分の運命を見ることはできない――。
しかし、この書面を破り捨てただけでは、運命の歯車を止めることはできなかった。
何故なら、扉越しにお断りしたハルドゥーンが、毎日尋ねてくるようになってしまったのだ。
「一体、なんなの!?」
このあと更に、マキラは追い詰められる事になってしまう――。
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