3
「黒沢くんっ……!」
目蓋を開けると、真白の顔が目の前にあった。だから、いつも近いんだよ。
オレは声に出すより先に、ぐいと真白の肩を押した。
「よかったです、黒沢くんが帰って来てくれて! 本当に、本当に、よかったですーっ!!」
真白は、わんわんと大声を上げて抱きついてくる。ええいっ、うるさい! やっぱり、あの世界にとどまっていればよかった。
少しばかり後悔していると、
「一度ならず二度までも私の魔法を解くなんて」
そんな声が頭上から降ってきた。顔を上げると、エムリスが冷ややかな顔でオレたちを見下ろしていた。
「あなた、どうして戻って来たの? あの世界は、あなたが望んでいた世界じゃない。それに今もまだ望んでいるんでしょう?」
ゆらりとエムリスが近寄って来る。また魔法をかける気か?
彼女はオレの前で立ち止まると、オレの顔に手をかざす。が、その手をオレは、思いっ切り振り払ってやる。
「そんな……。私の魔法が効かないなんて……!」
エムリスは、初めて顔を崩した。人間らしい血の通った顔だ。
「お前には悪いが思い出したんだよ、大切なことを。生憎だが、オレはファンタジーが大嫌いなんだ! 魔法だなんだ、やりたいなら、よそでやれ。オレまでファンタジーに巻き込むなっ!!」
腹の底から叫んでやる。だがエムリスは、オレの前からいなくならない。
「いいえ、人間の欲に果てなんてない。魔女は、ずっと人間どもの願いを叶えてきたんだから。そう、願うということは、呪うということ。それでも人間どもは、私たち魔女にすがってきた。自分の欲望を叶えるために。たとえ誰かの身を、あまつさえ、その身を削ることになろうとしても」
「確かにエムリスちゃんの言う通りです」
真白の声が、エムリスのそれに重なった。
エムリスは、ゆっくりと真白の方へ視線を向けた。
「願いとは呪いのようなもの――、魔術と呪術は似たもの同士です。ですが私は思うんです。そんな魔法を少しでも人々の幸福のために使えたらって。魔法は使い方によっては、呪いではなくなると思うんです」
真白は、ふっと微笑を浮かばせ、凛とした調子で後を続ける。
「人は、時に弱さを見せます。そんな時、人は欲というものに囚われてしまうんだと思います。でも、それも生きているからです。生きているからこそ欲が生まれるんです。ですが人にはそんな欲に、そんな弱さに打ち勝つ力があります。そう、黒沢くんのように。
だからエムリスちゃん。黒沢くんに、その魔法は必要ありません」
真白が告げると、エムリスは、ふいと顔を背けた。そんな彼女の背中に向け、真白は、なおも口を開く。
「あの、エムリスちゃん。なにか食べていきませんか?」
「食べる……?」
「ここ、カフェなんです。カフェ・プランタンというんです。せっかく来てくれたんですから、なにか召し上がっていってください」
真白は、ふわりと微笑む。この、脳内お花畑女め……。
こんな得体の知れないヤツを自分から長居させるなんて、なにを考えているんだ? いや、なにも考えていないのだろう。
エムリスは一寸考え込む仕草を見せたが、
「分かったわ。そこまで言うなら、おいしいものを食べさせてくれるんでしょうね」
エムリスもエムリスだ。まさか本当に食べていくつもりなのか?
エムリスは澄ました顔で、真白が案内したイスに座った。
「エムリスちゃん。なにか食べたいものは、ありますか?」
「あなたにまかせるわ」
「分かりました」
真白は、「待っててください」と言うと、キッチンに向かった。
「おい、ノワール。いいのかよ、あんな得体の知れない女を長居させて」
「なに。あの程度の魔女、オレからしたら、たいしたことはない。まほ子よりは、よっぽど優秀なだけだ」
ノワールは、「よっぽど」を強調させて言う。
まあ、エムリスがなにかしようとしてもノワールがいる。コイツが阻止してくれるだろう。
真白はエプロンを付けると、腕組みをした。
「さて、なにを作りましょうか。エムリスちゃんは、どんなお菓子がお好みなんでしょう」
「あの女に好きなものなんてあるのか?」
オレには全く想像できない。なにを食べても、あの無愛想面は変わらない気がする。氷をガリガリかじっているイメージだ。
「そうですねえ……。あっ、そうだ。アレを作りましょう」
真白は、なにか思い付いたのだろう。そう言うと早速冷蔵庫を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます