3

 今日は朝から散々だった。日課である朝自習もできなかった。どうして邪魔ばかりするんだ。オレは、ただ……。

 一秒でも早く帰って遅れを取り戻さないと。

 大股で歩いていると、

「黒沢くん、待ってくださーい!」

 後ろからオレを呼ぶ声が聞こえてきた。真白の声だ。

 オレは無視して歩き続けたが、真白が鈍臭い走り方で追いかけて来た。

「黒沢くん、お家がお隣なんですから一緒に帰りましょうよー」

「断る」

「そんなこと言わずに、一緒に帰りましょうよー」

 拒絶しているのに真白はオレの隣に並び、勝手に付いて来る。本当に人の話を聞かないヤツだ。

 大体、どうしてこの女は、オレなんかと関わろうとするんだ。クラスメイトは誰一人、余程の用がない限りは話しかけてこないというのに。この女だけ、どうして……。

「あっ! 見てください、黒沢くん。ネコさんです。かわいいですねー」

 小学五年生にもなって、野良ネコにはしゃぐなんて。本当に変なヤツ……。

 この女の頭の中には、脳味噌の代わりに満開のお花畑が詰まっているんじゃないのか?

「黒沢くん、歩くの早いですね」

「だったら一人でゆっくり帰ったらいいだろ」

「そんなこと言わないでくださいよー」

「いい加減にしろよ! オレは、お前と違って忙しいんだ!」

「忙しい? 忙しいとは、この後、なにかご予定があるんですか?」

「ああ、そうだ。家に帰ったら、寝る時間までオレは勉強しないとならないんだ。だから邪魔するな」

「ふわあっ……! そんなにたくさん勉強するんですか? それは大変ですね。宿題をためちゃったんですか?」

「違う! お前と一緒にするな。宿題じゃない、受験勉強だ」

「受験ですか? 黒沢くん、中学受験をするんですか。すごいですね。でも私たち、まだ五年生ですよ」

「オレが話しているのは、中学受験のことじゃない。大学受験の話だ」

「大学ですか? まだ小学生なのに、もう大学受験のお勉強なんてしているんですか?」

「早くなんてない。将来のことを考えたら、今から勉強するのは当たり前だ」

「もう将来のことを考えているなんて。さすが黒沢くんです、すごいです……!」

 本当に単純な女だ。コイツといると調子がくるう。

 早歩きで引き離そうとしているのに、真白は、しぶとくついて来る。

「黒沢くんは、夢を叶えるために頑張っているんですね。私も夢を叶えるために頑張らないとです」

「夢だって?」

「はい。私の夢は、一人前の魔女になることです――」

 オレの瞳をまっすぐに見つめて告げる真白。その瞬間、さあっ……とオレたちの間に一筋の風が流れ込んだ。

「……夢、変えた方がいいと思うぞ」

「ふええっ!? どーしてそういうことを言うんですか!?」

「本当のことだろ。残念ながら人には向き、不向きがあるんだ。魔女なんて、お前には全く向いてない。現実を受け入れろよ」

「頑張れば、なんだってできます! 私は、一人前の魔女になるんです! 百パーセント不可能なことなんてないんですっ!!」

 確かにこの女は、さっき不可能を可能にした。だが、あんなの偶然だ。たまたま運がよかっただけだ。

「とにかくオレは忙しいんだ。分かったら、これ以上ついてくるな!」

「で、でも私のせいで黒沢くん、濡れてしまって。このままだと風邪を引いてしまいます」

「どうせ、もう帰るだけだ」

 家までだって、そう遠くもない。これ以上、ポンコツ魔女と一緒にいられるか。

 真白を無視して歩いていたが、数歩進んだところでオレの足は止まった。どさどさと頭上からネコが降ってきたからだ。

「はわわっ!?? 黒沢くんの服を乾かそうと思ったのに、また失敗しちゃいましたーっ!」

 わざわざ言わなくとも分かる。後生だから、これ以上、余計なことはするな……!

 そう言いたかったのに、なぜか言葉が出てこなかった。あとが続かなかった。

 急に頭がくらくらして、オレの意識は、なぜかそこで途絶え……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る