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「えっ、お菓子作り……?」

「はい。解毒魔法をかけたお菓子を作ります」

「お菓子なんかで魔法が解けるの?」

 川原は疑心に満ちた瞳で真白を見つめる。気持ちはよく分かる。魔女の常識は、人間には理解得難いものだ。

「陽芽子ちゃん、空くんが好きなお菓子は分かりますか?」

「好きなお菓子? 空はなんでも食べるよ。嫌いなものなんてないから。あっ、でも……」

「でも?」

「昔、空の誕生日にクッキーを作ってあげたんだよね。あの時は、ほとんどお母さんに手伝ってもらったから、うまくできて。アイツ、喜んで食べてくれたっけ……」

「クッキーですか。いいですね。それじゃあ、ガレット・ブルトンヌを作りましょうか」

「がれっとぶるとんぬ……?」

 大森が首を傾げさせる。オレも知らないお菓子だ。

「ガレット・ブルトンヌは丸い形をした、厚焼きのクッキーです。フランスの北西部にあるブルターニュ地方の伝統菓子です。丸い形は太陽を現していて、表面にフォークで十字の格子の模様を入れるのですが、それは太陽の光線を意味しているんですよ」

 真白のヤツ、ポンコツ魔女っこで頭も悪いクセに、お菓子のことだけは詳しいんだよな。コイツの頭の中にはお花畑が広がっていると思っていたが、撤回だ。真白の頭の中には花じゃない、砂糖がゴロゴロと詰まっていたんだ。

「それでは、早速作りましょう! 陽芽子ちゃんも手伝ってください」

「えっ、アタシも? ムリ、ムリ、ムリ! アタシ、とっても不器用だもん。まほ子ちゃんだって知ってるでしょう。お菓子なんて作れないよ!」

「大丈夫ですよ。一緒に作りましょう、陽芽子ちゃん」

 真白は、川原の前に一枚の葉っぱを出す。見た目は、ただの葉っぱだ。前にオレが熱を出した時、額に貼られていた葉っぱに似ているが、微妙に形が異なる。

「なあに、この葉っぱ?」

「これは魔法草です。この魔法草は、魔力を鈍らせる効果があります。今回は、この魔法草をお菓子に混ぜて使います。ただし薬草の効力を最大限に発揮させるためには、気持ちを込めなくてはなりません」

「気持ちを……?」

「はい。気持ちです。陽芽子ちゃんの、空くんを思う気持ちです」

「で、でも失敗しちゃったら……?」

 川原は目を伏せる。

「失敗したら、また作りましょう」

「また……?」

「はい。また作ればいいんです。成功するまで、何度でも」

 真白は、ふわりと微笑む。川原の瞳が一回り大きくなった。

「昨日、陽芽子ちゃんにお出ししたタルト・タタンですが、タルト・タタンは失敗から生まれたケーキなんですよ」

「えっ、失敗!? あんなにおいしかったケーキが?」

「はい。フランスのタタン姉妹という人たちがアップルパイを作っていたのですが、リンゴを煮詰め過ぎてしまいます。だけどタタン姉妹は煮詰まったリンゴの上にタルト生地をのせ、フライパンごとオーブンで焼いてみました。そう、そうして生まれ変わったのが、タルト・タタンなのです」

「タルト・タタンは、失敗から生まれたケーキ……」

「そうです。私だって何度もお菓子作りを、料理を失敗しています。でも最初はみんな、そうだと思うんです。勉強やスポーツ、魔法だって、最初から上手にできる人は少ないと思います。みんな、何度も失敗して、できるようになっていくと思うんです」

 さすが、いつも失敗ばかりしている真白の言葉だ。説得力がある。

 川原は一寸考え込むが、

「う、うん……。アタシ、やってみる!」

 強く返事をした。

「それでは、ガレット・ブルトンヌを作りましょう。黒沢くんも手伝ってください」

「はあ? なんでオレまで」

「大森くんのためです。それに、みんなで作ると楽しいですよ」

 真白はオレの腕をつかむと、ずるずるとキッチンに引きずって行く。真白のヤツ、なんでこんなに力が強いんだ。オレは、あっけなくも連れて行かれてしまう。

「まず常温に戻したバターとお砂糖を混ぜ合わせます。陽芽子ちゃん、お願いします」

「えっ、アタシが?」

「はい。心を込めて混ぜてくださいね」

 真白が川原に泡立て器を渡す。川原は受け取ると、ゆっくりと丁寧にかき混ぜていく。その顔は真剣だった。

「陽芽子ちゃん、その調子です。次に卵黄とラム酒を加えてよく混ぜ、ふるっておいた粉類を加えます。粉っぽさがなくなるまで混ぜたら魔法草を加え、一度、冷蔵庫で生地を休ませます」

「休ませるって、どのくらい?」

「一時間くらいですかね」

 真白は生地をラップに包むと冷蔵庫に入れる。

 一時間も休ませないとならないなんて。これだから菓子作りは面倒なんだ。

「なあ、真白。魔法で手っ取り早く生地を冷やせないのか?」

「確かに魔法を使って時間を早めさせたり、生地を冷やしたりすることはできます。でも今回は、生地の中に魔法草を混ぜています。魔法草は他の魔法の干渉を受けてしまうと効力を失ってしまうんです」

 つまりは魔法が使えないのか。おとなしく待つしかないようだ。

 使い終えた道具を片付けたり、次の作業で使う道具を用意していたら、一時間が経っていた。

 冷えた生地を丁度よい厚さに伸ばしていき、丸形の型で抜いていく。

「表面に卵黄を塗り、フォークを使って模様を描きます。基本的には縦と横の線の十字模様ですが、波型や格子模様など好きに描いてください」

「えっと、こうかな……?」

「陽芽子ちゃん、フォークは寝かせ気味にした方が描きやすいですよ。フォークを立てると、生地をえぐりやすくなってしまいますから。最後にゲランドのお塩を少量振りかけます」

「えっ、塩を? お菓子なのに塩なんてかけるの?」

「はい。対比効果と言って、お塩を加えることで甘さがより引き立つんですよ」

「へえ、そうなんだ」

 川原は感心しながらも、ぱらぱらと指先を使って生地に塩を振りかけていく。 

 最後に生地一枚、一枚にセルクルをはめ、オーブンで二十分ほど焼けば完成だと真白は言う。

 ガレット・ブルトンヌが焼けるまで、真白が淹れた紅茶を飲みながら待つが、その間、川原は、ずっとオーブンを見つめていた。うまく焼けるか、気が気じゃないのだろう。見ているこっちまで、なんだかそわそわしてくる。

 ピピピ……とタイマーの音が響き渡ると、川原がイスから飛び上がった。

 そわそわしている川原をよそに、真白がオーブンの中から鉄板を取り出す。

「できあがりましたー!」

 真白のそんな声に合わせ、香ばしい匂いが室内に漂い出す。

 川原は、まじまじと鉄板の上に並んでいる、光沢を放っている円盤を眺める。

「陽芽子ちゃん、全部、きれいに焼けましたよ」

「すごい……。本当にできちゃった……。アタシでもお菓子が作れたんだ……!」

 川原の瞳が輝く。鉄板の上に並んでいる、ガレット・ブルトンヌと同じように。

 おそらく真白が声をかけなければ、川原は、いつまでもそれを見つめ続けていたことだろう。

「陽芽子ちゃん、早速大森くんに食べていただきましょう」

 川原はようやく我に返ると、二つ返事で店を飛び出した。

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