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「うーん。今日はお客さん、少ないですね……」
真白が、ふうと乾いた息を吐き出す。真白の言う通り、店はガラガラに空いている。
窓の外を眺めると、空は分厚い雲で覆われていた。今にも雨が降り出しそうだ。
こういった飲食店の客入りは、天気に左右される傾向がある。天気がいい日と悪い日とでは、いい日の方が圧倒的に来客が多い。雨の日は、外に出たがらないからだろう。
そんなことを考えている間にも、ポツポツと窓を叩く音が響き出した。次第に雨音は強くなっていき、風も吹いてきたのか、ガタガタと軋んだ音が鳴り出す。
「風が強くなってきました。看板をしまった方がよさそうですね」
真白は立ち上がり、表に出していた立て看板をしまいに外に出ようとする。が、すぐにその足は止まった。ガラン、ガランと扉に付いている鐘が鳴ったからだ。慌ただしい音だ。
続いて、
「どうしよう、まほ子ちゃん!」
川原が飛び込むように入って来て、真白の姿を捉えるなり彼女に飛びついた。
「陽芽子ちゃん? どうかしたんですか?」
「私のせいだ……。私のせいで、空が、空がっ……!」
川原は真白にしがみつく。その両肩は、ひどく震えている。
「大森くんがどうかしたんですか? 陽芽子ちゃん、まずは落ち着きましょう」
真白がなだめると、川原は小さくうなずいた。
真白が案内した席に座ると、川原は少し落ち着いたのか、口を小さく開いた。
「自分のことを好きになる魔法、ですか……」
川原はハンカチで目を押さえながら、こくんとうなずく。ひっく、ひっくと、しゃくり声が店内に響く。
「まほ子ちゃんから聞いていたのに、アタシ、アタシ……!」
川原が泣きながら語るものだから聞き取りづらかったが、要約すると、こういうことだ。
川原は、とある魔女に魔法をかけてもらった。それは、大森が自分のことを好きになる魔法だと言う。その魔法はよく効き、大森は彼女の願い通り、川原のことを好きになってくれた。だが以前、真白が話した通り、副作用が現れてしまったそうだ。
「空がおかしくなっちゃった……。空が、大好きなサッカーをやらなくなった。アイツ、一度も練習をサボったことがなかったのに、魔法をかけてから、ちっともサッカークラブに行かなくなっちゃった……!」
「大森がサッカーを好きでなくなったことが、真白の言っていた魔法の副作用なのか?」
「おそらくそうでしょう」
真白は、小さくうなずいた。
「アタシが好きなのは、アタシのことを好きな空じゃなかった。アタシは、サッカーを一生懸命頑張る空が好きだったんだ……」
「そんなことにも気付けなかったなんて――」川原は、ますます嗚咽を上げる。
「それにしても。真白以外にも魔女がいたのか」
「私以外にも魔女はいますよ。魔女狩りによって、大分数は減ってしまいましたが」
非現実な存在が真白の他にもいるなんて。考えるだけで頭が痛くなってきた。
「陽芽子ちゃん、その魔女さんのこと、分かりますか?」
「ううん、それが分からないの。魔法を解いてもらおうとその魔女を探したんだけど、どうしても見つからないの。魔女の屋敷への道もよく覚えてなくて。頑張って思い出そうとしたんだけど、その時の記憶が、なぜか、ぼんやりしちゃって……」
「そうですか。その魔女さんを見つけることは、むずかしそうですね」
「魔法を解くには、その魔女を見つけないとならないのか?」
「魔法というものは、魔法をかけた本人が一番解きやすいんです。どんな魔法か、魔法をかけた本人が一番よく分かっていますからね」
「それじゃあ、その魔女を見つけない限り、魔法は解けないの……!?」
「解けないことはありません。ただ、むずかしいだけです。大丈夫ですよ、陽芽子ちゃん。私におまかせください!」
真白は、どんと胸を強く叩いた。その自信は、一体どこから湧いてくるのだろうか。このポジティブな性格は、大層見習いたいものだ。
真白は、大森にどんな魔法がかけられているか知る必要があると言った。そこで川原に、大森をカフェ・プランタンに連れて来てもらった。
真白とノワールは、イスに腰かけた大森をじろじろと眺める。
「どうですか、ノワールさん」
「術者は相当の魔力の持ち主だな。かなり強力な魔法がかけられている」
「そうですか……」
真白にしては、めずらしく深刻な顔だ。
大森は、真白が出した質問に受け答えはするし、一見自身の意志で動いているようだ。が、どこか生気を感じられない。まるで魂を抜かれた人形のようだ。
真白は大森に最後の質問をする。
「大森くん。陽芽子ちゃんのこと、どう思っていますか?」
「どう思ってるって、そんなの、大好きに決まってるだろ」
大森は一寸の迷いもなく答える。やはり大森は、魔法をかけられている。今までの大森からは、とても考えられない発言だ。
「まほ子ちゃん、どう? 空にかけられた魔法は解けるの?」
「そうですね。上級魔法は成功したとしても、効力が長続きしにくいんです」
「それじゃあ、魔法はすぐ解けるの!?」
川原は目を輝かせたが、
「いえ。それが空くんに魔法をかけた魔女さんは、上級魔女さんの可能性が高いです。そうだとしたら魔法は解けにくいと思います。解毒魔法を使わない限りは、もしかしたら永遠に……」
「そんなあっ……!」
すぐに落胆した声を出し直した。
「大丈夫ですよ、陽芽子ちゃん。空くんの状態を見て、どんな魔法がかけられているのか分かりましたから」
「ほっ、本当!?」
「はい。ですから安心してください。大森くんにかけられた魔法は、絶対に解きますから」
真白は川原の手を取ると、なぜか台所へと連れ込んだ。
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