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「へえ。ここ、まほ子ちゃんのお家なんだ。すてきなカフェだね。なんだか外国にいる気分だよ」
テーブルに着いた川原は、きょろきょろと店内を見回す。落ち着きのないヤツだ。
そんな川原にトレーを持った真白が近寄って行く。
「陽芽子ちゃん、ごめんなさい。ケガはしていませんか?」
「平気、平気! 少し転んだだけだし、それに、ほら、アタシって頑丈だからさ」
「本当にごめんなさい。よかったら食べてください。バレがいたずらをしてしまったおわびです」
真白は、川原とオレの前に皿を出す。
「わあっ、おいしそう……! これ、なんて名前のお菓子なの?」
「タルト・タタンですよ。今日、カフェはお休みなんですが、おやつに食べようと作っていたんです。陽芽子ちゃん、紅茶は飲めますか?」
「うん、平気だよ」
「アッサムの茶葉を使ったロイヤルミルクティーです。タルト・タタンとよく合うんですよ」
タルト・タタンという名前の通り、タルト生地の上にキャラメル色のソテーされた、黄金のようなリンゴがたくさんのっている。わきには真っ白な生クリームがそえてあった。
川原は、「いただきまーす!」と大声で言うと、早速フォークを手に持った。
「うーん……! とってもおいしーい!!」
川原は、頬を落としながらタルト・タタンを食べる。
「えへへっ。陽芽子ちゃんに喜んでもらえて、よかったですー」
「まほ子ちゃんは、すごいね。こんなむずかしそうなお菓子も作れるなんて」
「本当ですか? ありがとうございます。すごいと言えば、陽芽子ちゃんもすごいですよ。私、運動って、とっても苦手で。だから運動が得意な陽芽子ちゃんがうらやましいです」
「そんな。うらやましいだなんて……」
川原は照れ笑いを浮かべさせる。だが、その顔もすぐに曇った。
「ねえ、まほ子ちゃん。まほ子ちゃんって、魔女なんだよね?」
「はい、そうですよ。でも正しく言えば、魔女っこです」
「魔女っこ? えーと、魔女とどう違うの?」
「まだ一人前の魔女ではない魔女のことを魔女っこと言うんです」
「へえ、そうなんだ。ね、ねえ、まほ子ちゃん。たとえばの話なんだけどさ、自分のことを好きにさせる魔法とかってあるの……?」
川原の質問に、真白は、きょとんと目を丸くさせた。
目をぱちくりとさせた後、「あるにはあります」と真白は言った。
「えっ、本当!?」
川原が目を輝かせたのも束の間。真白は、「ですが」と声を上げる。
「そういった魔法は上級で、とってもむずかしいんです。なので私には、まだ扱えません」
「そうなんだ……」
川原は、残念と言った顔をする。分かりやすいヤツ。
真白は川原の反応には気付いていないようだ。「それに……」と淡々と続ける。
「それに?」
「人の心を変える魔法は、私は好きではありません。そういった魔法には、必ず副作用とでもいうのでしょうか。大きな影響があります」
「そっか、そうだよね。魔法で人の気持ちを変えるなんて、そんなの、よくないよね……。だったらさ、おしとやかになれる魔法とか、アイドルみたいにかわいい顔になれる魔法とかは? ないの?」
「そういった魔法もありますが、やっぱり、とってもむずかしいです」
「それじゃあ、まほ子ちゃんは、どんな魔法なら使えるの?」
「私は、お花を出す魔法が得意です! お店に飾ってる花たちは、私が魔法で出したんですよ」
「へ、へえ。そうなんだ、すごいね……」
川原の頬が引きつっている。彼女は口には出さないが、こう思っていることだろう。たいして役に立たない魔法だ、と。
「陽芽子ちゃん、魔法に興味があるみたいですが、どうかしたんですか?」
「えっ!? う、ううん。なんでもないよ。ごめんね、変なこと訊いて。ただ、そういう魔法があるのかなって思っただけだから。気にしないで」
川原は皿の残りを食べ終えると、そそくさと帰って行った。川原がいなくなった後も真白は、こてんと首を傾げさせている。
鈍いって、ある意味幸せなのかもしれない……。
こういう時ばかりは、真白のことが少しうらやましく思えた。
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