レシピ4:目覚めのガレット·ブルトンヌ

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 今日の五・六時間目は、家庭科の調理実習だ。なんでもチョコチップクッキーを作るらしい。

 ったく。なんでわざわざ菓子作りなんてしないとならないんだ。菓子作りなんて面倒なだけだ。大体、菓子なんか作れても、たいして役に立たないのに。

「ダメですよ、黒沢くん。サボらないで手伝ってください」

 真白がオレの手から参考書を奪い取った。真白のヤツ、自分の好きな菓子作りだからって、やけにはりきってやがる。

「まほ子ちゃん、上手だね!」

「すごーい!」

 みんなに褒められ、真白はヘラヘラしている。まさかコイツがこんなに賞賛を浴びる日がくるなんて。人生で、そう何度もないだろう。

 本当、ただ菓子作りが得意な女生徒で終わればよいのだが、その正体は……。

「うわあっ!? クッキーが踊り出したぞ!」

「はわわっ!? また失敗しちゃいましたーっ!」

 そう、真白は魔女だ。それも立派な魔女――、お邪魔な魔女っこだ。

 真白に菓子作りの才能の、十分の一でも魔法を使える腕があればよかったのだが……。残念なことに、からきしだ。

 オレの口から勝手にため息が出てきた。

「うーん……。アタシのクッキーだけ、きれいに焼けなかった。形はいびつだし、ところどころ、こげちゃってるし。どうしてだろう? みんなと同じように作ったのに……」

 ふと横から、オレの心境と同類な声が聞こえてきた。声の出所は、ショートカットの女生徒――、川原かわはらだ。

 川原は、焼き上がったばかりのクッキーとにらめっこをしている。そんな川原の背後に一つの影が近寄った。

「なんだよ、それ。きったねー形だな。本当にクッキーか? 陽芽子ひめこのヤツ、不器用にもほどがあるだろ」

「なんですってえー……!!」

 川原の顔が鬼のように真っ赤になる。大森おおもりが川原のことをからかうのはいつものことだが、高学年にもなって授業中に騒ぐな。幼稚なヤツらだ。

「ちょっと、そら! 待ちなさーい!!」

 ネズミとネコの追いかけっこのように、川原が逃げ回る大森を追いかける。

 ちょこまかと逃げ回っていた大森だが、その内、彼の体は、

「はわわっ!?」

 鈍臭い真白と激突した。

「あっ、まほ子ちゃん!? ごめんね、大丈夫?」

「はい、大丈夫れすー……」

 真白は、目をくらくらと回しながらも返事をする。

「まほ子ちゃん、本当にごめんね。ほら、空も。まほ子ちゃんに謝りなよ!」

「言われなくても分かってるって。ごめん、真白。大丈夫か?」

「はい。私、とっても頑丈なんです!」

「本当に悪かったよ。あれ……。そのクッキー、真白が焼いたのか?」

「そうですよ」

「へえ、きれいに焼けてるなあ。おいしそう!」

「よかったら、お一つどうぞ」

「えっ、いいのか? いっただきまーす! ……うん、うまい! 真白の焼いたクッキーは、陽芽子のとは大違いだな。とても同じお菓子とは思えないや。まあ、仕方ないか。陽芽子はゴリラだもんな。ゴリラにクッキーは作れないもんな」

 けらけらと笑い出す大森。横にいた川原の拳が、ぷるぷると震え出し、そして。

「誰がゴリラですって!? 絶対に許さないんだからーっ!!」

 本人は全身で否定しているものの、ゴリラに似た雄叫びが教室中に響き渡った。

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