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「はあ? 魔女……?」

 オレの口から、らしくない間の抜けた声が漏れた。魔女という単語が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 魔女って、あれだろ。ファンタジーの代表的存在。人間が作り上げた架空の存在。現実にいるはずのない存在だ。

 そんな存在が、なぜか今、オレの目の前にいる――。

 ……なんて。ふっと鼻から息が出た。なにを信じようとしているんだ、オレは。魔女だなんてウソに決まっているじゃないか。

「おい、まほ子。落ちこぼれが抜けてるぞ」

「落ちこぼれだなんて、ノワールさん、いじわるですう……!」

 真白は沈んだ声を出す。たとえネコと会話をしていようが、真白が魔女だなんて信じるか。絶対に信じるものか……!

「確かに私は、まだ魔女っこですが……。あっ、魔女っこというのは、一人前でない修行中の魔女のことを言うんですよ」

 この女は、さっきからなにを言っているんだ。真白の声は、オレの頭の中からするすると流れ落ちる。

 だが、オレは大事なことを思い出した。そうだ。真白が魔女だろうが、落ちこぼれの魔女っこだろうが、どうでもいい。

「黒沢くん、どうかしましたか?」

 立ち上がって扉の方に歩き出すオレに、真白は背中越しに声をかける。

「オレは、ファンタジーが大嫌いなんだ」

「大嫌い? どうしてですか?」

「そんな非現実なものに現を抜かすなんて時間の無駄だろ」

「非現実って、なにが非現実なんですか?」

「なにがって、魔女がだよ」

「魔女は非現実ではありませんよ?」

 真白は、間髪入れずにそう返す。

 だめだ、頭が痛くなってきた……。真白にとっては現実かもしれないが、オレにとっては非現実なんだ。あくまでオレは一般人、ただの人だ。

 こういう訳の分からない連中とは、関わらないのが一番だ。

 再び歩き出すオレに、

「待ってください」

と、また声がかかる。

「なんだよ?」

「黒沢くん、お腹、空いていませんか?」

「はあ……? お腹だって?」

「そうです、お腹です。お腹、空いていませんか?」

 真白は、突然なにを言い出すんだ。思わず素っ頓狂な声が出てしまった。らしくもない。

「黒沢くん、寝ている間、お腹が鳴っていました。だから朝ご飯を食べていないのかなーと思いまして」

「朝食なら食べた」

「えっ、そうなんですか。本当ですか?」

「なんだよ。疑ってるのか?」

「だったら、どうしてお腹が鳴るんですか? なにを食べたんですか?」

「なにって、エナジーゼリーだよ」

「エナジーゼリーですか。他には?」

「他って、それだけだ」

「それだけって、エナジーゼリーだけですか? それはいけません!」

 真白は眉をつり上げて叫ぶ。身を、顔を、ぐいとオレのそれに近付けて。

「はあ? いけないって……」

「朝ご飯は元気の源です! ちゃんと食べないとダメですよ!」

「待っててください!」そう言うと真白は奥へと入って行った。

 なんなんだ、一体……。大体、オレの腹が空いていようが、真白には関係ないことだ。

 数分と経たない内に、

「お待たせしました」

 真白は手にトレーを持って戻って来た。

 オレの前に、ずいと、そのトレーが出される。お皿の上には……。

「なんだ、これ?」

「フレンチトーストです」

 フレンチトースト――。名前だけは聞いたことがある。食べたことは一度もない。

 室内に、ふわりとバターの香ばしい匂いが漂い出す。二枚重ねられたパンの間には、イチゴのジャムがたっぷりと塗られていた。

「ささっ、黒沢くん。どうぞ召し上がってください」

「いや、オレは……」

「ダメですよ。お腹、空いているんですよね。一口だけでも、だまされたと思って食べてみてください。ね?」

 断っているのに真白は、「食べてください」と、しつこく何度も言ってくる。あまつさえ無理矢理オレの手にフォークを握らせようとする始末だ。

「分かった、分かったから」

 一口だけ……。食べれば、この女も納得するだろう。

 オレは自分に言い聞かせるとフォークを手に取る。パンに突き刺すと、ふにゃりとした感触がフォーク越しに伝わってきた。

 ナイフを使って一口サイズに切り分け、口へと運ぶ。その間、真白は、じーっとオレのことを見つめてくる。

 な、なんだよ。ただ食べるだけだろ。そんなに見られていたら緊張するじゃないか。

 オレはどうにか気をまぎらわせて、ぱくんと口に入れた。

「お……」

 おいしいっ……!

 こんな朝ご飯らしい、ちゃんとした朝食を食べたのなんて。一体いつ以来だろう。覚えてない。

 ちらりと横目で真白を見ると、彼女は、にこにこと笑っている。なんなんだよ、この女は。本当に変なヤツだ。

 真白から視線を落とすと、一口分しか食べられていないフレンチトーストが目に入った。残すのも、もったいないよな……? オレは皿の残りにも手をつける。

 パン全体がバターの層で覆われており、パンとパンの間にたっぷりと塗られているイチゴジャムと絡み合って、甘じょっぱい味が口の中いっぱいに広がる。

 皿の中身が空になり顔を上げると、壁にかかっている時計が目に入った。もう八時十分なのか……って、は……?

「八時……!??」

 なんで、ウソだろっ……!!?

「遅刻じゃねーかっ!??」

 跳ねるように体がその場に飛び上がった。八時十五分までに教室に入らなければ遅刻になってしまう。今からどんなに頑張って走っても、学校まで五分では着けない。

「真白、お前もなにをのんびりしてるんだ!?」

「へ?」

「『へ?』じゃねえよ! お前だって、このままだと遅刻だぞ」

 遅刻という単語を出しても、真白は全く動じていない。それどころか、それがどうした、と言いたげな顔をしている。

 だめだ……。非常識な人間に、常識なんて通用しないのだ。

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