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う……、なんだ……? 頭がズキズキする。痛い……。
ゆっくりと目蓋を開かせていくと、
「あっ、目を覚ましました!」
「へっ……!?」
鼻先に大きな目があった。ふわふわとウェーブがかった長い髪の毛の先が、オレの頬をくすぐっていた。
ええと、コイツは確か、先日、ウチのクラスに転校してきた真白だ。どうして転校生がオレの目の前にいるんだ?
上半身を起こし上げようとしたら、
「つうぅ……!」
「いたっ!?」
真白と額同士がぶつかった。
「いたた……。よかったですー、
真白は赤くなった額を指先でさすりながら、へらりと笑う。
このへらへら笑っている女は、
オレは、この女が苦手だ。いや、今まで……と言っても真白が転校してきてからまだ数日しか経っていない上に、全く関わったことはないのだが、オレの本能が強く訴えていた。この女には近付くな、と。
転校初日、真っ黒なワンピースに身を包んだ女生徒――、教壇の脇に立った真白は、元気よく自己紹介をした後、ぺこりと深く頭を下げた。その拍子にだ。彼女が背負っていたランドセルのフタがぱかりと開き、ばさばさと中身が全て床に散らばった。
「はわわっ!? 失敗しちゃいましたー!」
くすくすと笑い声が響く中、真白は、へらへらと笑いながら落とした教科書を拾い集めていた。
鈍臭いヤツ。それが、オレが真白に抱いた第一印象だ。
その上、真白は頭が悪く、授業中に指されてもなかなか答えられないし、かといって運動ができる訳でもないようだ。この間の体育の授業でサッカーをしたのだが、思い切りボールを踏んづけて頭から派手に転んでいた。
鈍臭くて、頭が悪くて、運動神経も切れている残念なドジ女。そんな女が、なぜか今、オレの目の前にいる。
つい真白のことをじーっと見てしまっていると、真白は、こてんと首を傾げさせた。
「あれ……。えっと、同じクラスの黒崎くんですよね……?」
「黒崎じゃなくて黒沢だけど」
「はうっ!? し、失礼しました! 黒沢くんですね、黒沢くんと。ごめんなさい。私、ものを覚えるのが苦手でして。クラスの人たちの名前も、まだ全員覚え切れていないんです」
真白は小さくなりながらも、へらへらと笑う。別にオレの名前なんて覚えなくて結構だ。どうせ関わることなんて、もうないのだから。
「黒沢くんとお話をするのは、今日が初めてですよね。私、同じクラスの真白まほ子です」
「いや、知ってるけど……」
「はわわっ、ご存じでしたか。さすがです、黒沢くん! クラスの子たちが言っていました。黒沢くんは、とっても頭がいいって」
頭がいいだあ? だったら、その言葉には続きがあるはずだ。頭はいいけど、性格は超絶ひねくれていて最悪だって。
それよりも真白にすっかり気を取られてしまっていたが、ここは、どこだ? ソファに寝かされていたオレは座ったまま辺りを見回すが、見覚えのない景色ばかりが広がっていた。
室内は洋風の内装で、アンティーク調のテーブルとイスが数脚置かれている。至るところに花が飾られていて、まるでカフェのような景観だ。
「真白、ここは……」
最後まで言い切る前だ。「まったく……」と、たっぷりの空気が込められた低い声が響いた。
「ホウキ一つ自由に扱えないとは、本当にお前は落ちこぼれだな」
オレの思考は一瞬停止した。ええと、今の男の声は、どこから聞こえてきたんだ? テレビだろうか。
テレビを探すが見当たらない。その上、真白が、
「はうー、ごめんなさーい!」
と、その声に対して謝り出した。
真白の視線の先にいたのは、一匹のネコだ。全身が真っ黒の毛をした黒ネコだ。琥珀色の瞳が、ぎらりとナイフのように鋭く光っている。
真白は黒ネコに向かって、ぺこぺこと何度も頭を下げて謝っている。
あはは……。オレとしたことが、なにを考えているんだ。黒ネコが人の言葉を話すだなんて。そんな訳ないじゃないか。
ふいと真白たちから視線をそらすと、
「おい、そこのクソガキ」
黒ネコは、今度はオレに向かって話しかけてきた。
「看病してやったのに、礼の一つも言わんとは。これだから最近のガキは……」
ネコは、じとりと鋭い目付きでオレを見つめる。ネコが話しかけてくるなんて、ははっ……、こんなの夢だ。オレは、まだ寝てるんだ。ああ、そうだ。これは夢に違いない。
夢なら覚めないと。必死に目を覚まさせようとしていると、ツンツンと背中を突かれた。今度は、なんだよ。振り返ると、
「――っ!??」
喉奥から声にならない悲鳴が出た。ホウキが……、竹ボウキが宙に浮いている……!?
くらくらと意識が遠退いていったが、
「ああっ! バレってば、また……」
真白の悲鳴混じりの声が、遮断されかかっていたオレの脳内を強く揺さ振った。真白は浮いている竹ボウキに向かって話しかけている。
「バレ、ダメですよ、いたずらしたら。ただでさえ黒沢くんにぶつかって、気を失わせているんですからね」
真白はホウキに注意するが、
「お前のしつけが悪いからだろ」
とネコに叱られる。なんとも生意気なネコだ。
……って、ちょっと待て。オレにぶつかって気絶させたって、まさか、あの時――。オレの顔面にぶつかってきたのは、このホウキか!?
いや、いや、いや。今はオレを気絶させた犯人のことなんて、どうでもいい。それよりも、だ。
「ネコがしゃべって、ホウキがひとりでに動いている……」
その上、真白はそんな異常な状況の中、さぞ当たり前といった調子で、ネコやホウキと口を利いている。
「おい、真白。お前、一体……」
真白に視線を合わせると、
「そう言えば、まだ言っていませんでしたっけ」
彼女は、にこりと屈託のない笑みを浮かべさせて、
「私、魔女なんです」
はっきりと、そう言った。
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